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第19話 倫子とゴーレム

 零夜達はロックマウンテンの険しい道を歩き続け、ゴーレムが潜む中腹を目指していた。岩肌が剥き出しの斜面を登り、足元の石が崩れるたびに緊張が走る。道中、ゴブリン、ファルコス、オークといったモンスターが次々と襲いかかってきたが、一行は息の合った連携でこれらを撃破していった。

 特にオークとの戦いは印象的だった。炎攻撃を浴びせた瞬間、オークが悲鳴を上げて倒れ、そのまま豚の丸焼きのような姿に変化したのだ。香ばしい匂いが漂い、一瞬、食欲をそそられるほどだったが、倫子が「食べるわけにはいかんよ!」と慌てて制止したことで、全員が苦笑いを浮かべた。


「取り敢えずはモンスターを倒しましたけど、現在の仲間の数はどうなっているのですか?」

「調べてみるね」  


 日和が気になったことを倫子に尋ねると、彼女はバングルを軽く叩き、宙にウインドウを召喚した。光の粒子が集まり、透明な画面に仲間のモンスター数が映し出される。  


・スライム:10

・ファルコス:10

・ツノラビ:10

・ゴブリン:10

・リザードマン:3

・ウルフ:2

・ワイバーン:3  


「今のところは七種類いるわね。後は融合や進化させるのも手となっているわ」

「えっ? 融合と進化もできるのん?」  


 アイリンがウインドウを覗き込み、鋭い猫目で数字を追った。彼女の声にはツンとした響きがありつつも、モンスターの進化に興味津々な様子が隠せない。尻尾がピクピクと動き、内心の好奇心が漏れ出ていた。倫子は驚きを隠せず、首を傾げてアイリンを見つめる。


「ええ。ゴブリンは進化すればゴブリンナイト、ゴブリンファイターなどに進化。ツノラビはツノラビナイト、リザードマンもナイトやファイターに進化できるから。あと、融合するにはあなたのレベルも上げていかないとね」

「じゃあ、どちらもレベルを上げていかないと駄目なのか……」  


 アイリンの説明を聞いた倫子は、真剣な表情で自身のモンスター達の未来を考え込んだ。彼女のレベルは現在13で、仲間モンスター達もそれに準じている。進化させれば戦力は飛躍的に向上するが、そのためには地道なレベル上げが必要だ。特に、強敵タマズサを倒すためには、どんな困難も乗り越えなければならない。倫子は拳を握り、決意を新たにした。


「そうみたいだな。そろそろ目的地に辿り着くぞ!」  


 ヤツフサが低い唸り声のような声で呟き、前方を指し示した。小型フェンリルである彼は、灰色の毛並みを風に揺らし、鋭い目で一行を導く。普段は愛らしいサイズだが、その瞳には頼もしさが宿っている。目の前には古びた看板が立っており、「中腹まで五百メートル」と彫られている。ゴーレムとの対面がすぐそこに迫っていた。


「目的地までもう少しね。私達の場合は倒していたけど、倫子の場合はどうするの?」  


 アイリンが倫子に視線を向け、耳をピクリと動かしながら質問した。彼女の口調は少し棘があるが、仲間思いの一面が垣間見える。今回のクエストは「ゴーレム討伐」とされているが、討伐せず仲間にしてもクリア扱いとなる。アイリン達は過去にゴーレムを倒してクリアした経験があるが、倫子の選択は彼女自身の意志に委ねられている。


「ウチはゴーレムも仲間にする。ゴーレムは頼りになる存在だし、戦いだけでなくどんな時でも役に立ってくれる。たとえどの様な困難が待ち構えていようとも、ウチなら絶対にやれると信じているから!」  


 倫子は目を輝かせ、力強く宣言した。彼女の決意に、零夜達も静かに頷く。倫子は面倒見が良く、心優しい性格で、仲間モンスター達からも慕われている。ただし、零夜を振り回す癖があるのが玉に瑕で、彼は内心「またか」と苦笑いしていた。


「なら、異論はないわね。すぐにゴーレムの元へ向かいましょう!」  


 アイリンが尻尾を立てて合図を出し、一行は一斉に中腹へと進み始めた。しかしその背後で、何者かが岩陰から彼らを監視していた。影がニヤリと笑い、静かに後を追い始める。


 ※


 中腹に到着した一行の前に、ゴーレムが姿を現した。彼は岩の塊のような巨体で座り、空を見上げていた。他のゴーレムとは異なり、争いを好まない穏やかな気質を持ち、その瞳には優しさが漂っている。人の気配を感じたゴーレムが視線を移すと、零夜達が現れた。


「誰だろう……?」  


 ゴーレムが呟いた瞬間、倫子が単独で近づいてきた。彼女の歩みには敵意がなく、ニッコリと微笑みながら声をかける。


「あなたがゴーレムね。私は藍原倫子。あなたとは争う気は無いから」  


 倫子は左手を胸に当て、穏やかに自己紹介した。ゴーレムは彼女の態度に敵意がないことを感じ、巨大な体をしゃがませて応じる。


「君は……僕を討伐しに来たんじゃないのか?」

「ううん。争う気も無いし、むしろ仲間になって欲しいの」  


 倫子は首を振って否定し、真っ直ぐな瞳で訴えた。ゴーレムはその言葉に心を動かされ、これまでの経験を語り始めた。


「僕はこれまで様々な人に会ったけど、殆どが討伐しに来た人や悪用する人ばかりだった。僕はそんな奴等を次々と投げ飛ばしてしまい、大怪我を負わせたり死なせたりした事もあった。そんな僕でも……大丈夫かい?」


 ゴーレムは正直に過去を明かした。彼の手にかかった冒険者や悪党は数知れず、その結果、危険視されて誰も近づかなくなった。倫子は納得した表情で頷き、彼の岩のような腕にそっと手を置いた。ゴーレムは驚いて目を丸くする。


「大丈夫。あれは襲い掛かったり、悪用する人達が悪いし、あなたは悪くないんよ。ウチが保証するから大丈夫!」  


 倫子は満面の笑みで励ました。その純粋な優しさに、ゴーレムは涙を浮かべた。誰もが恐れる自分に、初めて温かい手を差し伸べてくれたのだ。彼は倫子を信じ、パートナーになることを決意する。


「ありがとう。僕の事を気にかけてくれたのは、君が初めてだよ」  


 ゴーレムは涙を拭い、巨大な手で倫子を掴んで肩に乗せた。これはパートナーとして認めた証だった。倫子は正式にゴーレムの仲間となったのだ。


「ひょっとしてこの行動……ウチを認めてくれるの?」

「そう。僕は倫子の力になるよ。これからも宜しくね」

「うん!」  


 ゴーレムの笑顔に倫子も笑顔で応え、零夜達も安堵の表情を浮かべた。ゴーレムを仲間に加えたことで、クエストクリアと昇級が確定した。あとはどのランクに上がるかが、ギルドの評価次第だ。


「さて……狙いは……そこ!」

「倫子さん!?」  


 その時、倫子が突然真剣な顔で叫び、手元にナイフを召喚。勢いよく真下の岩陰に向けて投げつけた。零夜達は驚きを隠せなかった。


「チッ!」  


 岩陰から飛び出したローブ姿の男が、バックステップでナイフを回避した。もし反応が遅れていたら、直撃していただろう。


「あなたは何者なの!?」  


 倫子はゴーレムの肩から飛び降り、男を睨みつけた。男はニヤリと笑い、ローブを脱ぎ捨てる。現れたのはヒューマン族の男だが、袖無しのボンテージハイレグ姿に警官帽子という異様な格好だった。変態以外の何者でもない。


「俺の名は悪鬼の戦闘員、スピーキー! お前達八犬士がこの世界に来る事を知り、こっそりと後を付けてきたのさ!」

「敵の気配はアンタと分かったんやけど……その服装、どうにかならんのん?」  


 倫子は赤面して顔を押さえ、震える声で尋ねた。日和とアイリンも同様に顔を染め、アイリンは尻尾を膨らませて「近寄らないで!」と叫びそうだった。


「これは俺の趣味なんだよ! 文句あるか!」

「文句どころかアンタは変態だろーが!」  


 スピーキーが堂々と宣言すると、零夜が盛大にツッコミを入れた。こんな変態が現れれば、ツッコまずにはいられない。むしろ警察に連行されてもおかしくない。


「まあいい。ここから先は俺とアンタの一騎打ちだ。逃げようとしてもそうはいかないからな」  


 スピーキーは腕を鳴らし、倫子を睨んで戦闘態勢を取った。悪鬼の戦士である彼との戦いは避けられないが、まさかの変態を相手にするのは嫌な気持ちになる。しかし背に腹は代えられないのだ。


「……ウチは絶対に逃げへん。アンタを……殺したる」  


 倫子は冷静に呟き、格闘の構えを取った。たとえ誰が相手でも容赦しない。彼女とスピーキーの一騎打ちが、今まさに幕を開けたのだった。

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