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第21話 悪鬼との戦いの始まり

 魔界。それは無数の魔物が跋扈し、闇に覆われた領域である。そこには悪鬼たちの本拠地、魔王の城がそびえ立っていた。その城は日本の古式ゆかしい城郭を模したもので、西洋風のファンタジー世界であるハルヴァスでは異質な存在感を放っていた。石垣に囲まれた天守閣は、どこか懐かしさと威厳を漂わせ、魔界の荒々しい風景に不思議と調和している。

 その城の奥深く、広間ではタマズサがゴブゾウと向かい合い、魔王軍の戦力について確認を進めていた。タマズサは鋭い目つきで書類を眺め、時折眉を寄せながら耳を傾ける。一方のゴブゾウは、小柄ながらも知識豊富な参謀として、タマズサに的確な報告を続けていた。


「なるほど。歩兵、騎兵、弓兵、鉄砲隊、大砲部隊、暗殺部隊……しかしドラゴンライダー、魔術部隊まで揃えているとは驚いた」

「ハルヴァスは西洋を基にしたファンタジー世界ですからね。現段階では多くの部隊が次々と動き出し、基地を多く設立していますので」


 ゴブゾウの説明は淀みなく、タマズサはそれを聞きながら頷いた。彼女は西洋文化については詳しくない部分もあったが、ゴブゾウの助けを借りて少しずつ理解を深めていた。彼はまるで生き字引のように、ハルヴァスの地形や文化、戦術に至るまでを丁寧に教えてくれる。今やタマズサがこの世界の全てを把握するのも、時間の問題に思えた。


「そうか。ハルヴァスの侵略に関しては問題なく進んでいる以上、全てを制覇するのも時間の問題だな」


 タマズサは満足げに呟き、侵略の成功を確信していた。

 だがその時、広間の扉が勢いよく開き、インプの兵士が息を切らせて飛び込んできた。小さな翼を震わせ、額には冷や汗が滝のように流れ落ちている。その慌てぶりから、ただ事ではないと誰もが悟った。


「申し上げます! 悪鬼の戦闘員であるスピーキーが、新たな八犬士の一人である藍原倫子によって殺されてしまいました!」

「何⁉」


 突然の報告に、タマズサとゴブゾウは目を丸くした。本来の八犬士は別世界で戦い続けており、ハルヴァスに足を踏み入れる余裕はないはずだった。それなのに新たな八犬士が現れたという事実は、タマズサにとって完全に想定外の出来事だった。


「バカな!  奴等は別世界で任務に赴いている筈だ!」

「ですが、フセヒメによって新たな八犬士が誕生したとの事です! メンバーについて分かっているのは、闇の珠を持つ東零夜。水の珠を持つ藍原倫子。雷の珠を持つ有原日和。光の球を持つアイリンの四人です!」


 インプの言葉に、タマズサは怒りで体を震わせ、拳を強く握り潰した。フセヒメ――その名を聞くだけで彼女の血が煮えたぎる。あの女が自身の野望を阻むために、新たな八犬士を用意していたとは。怒りが抑えきれず、彼女の声は震えながらも鋭さを増した。


「もう良い! 下がれ!」


 タマズサの命令に、インプは一礼して慌てて退出した。彼女は勢いよく立ち上がり、ゴブゾウを睨みつけた。瞳には怒りの炎が宿り、その気迫にゴブゾウさえ一瞬怯んだ。


「ゴブゾウ。すぐに基地を設立しようとする者達に伝達せよ! 憎き八犬士を倒す事ができたら褒美を取らせる。負けたら死んで償ってもらうと!」

「はっ!」


 ゴブゾウは真剣な表情で応じ、足早に広間を後にした。残されたタマズサは、窓辺に歩み寄り、外の荒涼とした魔界の風景を見つめた。彼女は深く息を吸い込み、怒りを抑えきれぬまま大声で叫んだ。


「覚えてろフセヒメ! 新たな八犬士が来ようとも、妾の野望を終わらせる理由にはいかぬからな!」


 その声が響き渡ると同時に、魔界の空に雷鳴が轟き、新たな戦いの火蓋が切られた。


 ※


 一方、ハルヴァスの街クローバールでは、零夜たちがCランクに昇格した翌日、ギルド内に異様な緊張感が漂っていた。冒険者たちはざわつき、メリアの緊急召集に誰もが真剣な表情で集まっていた。メリアは壇上に立ち、全員を見渡しながら重々しく口を開いた。


「今回の件については他でもありません。昨日倫子さんが悪鬼の戦闘員『スピーキー』を倒した事で、悪鬼は八犬士の戦士達を倒そうと動き出しました。彼等は本格的に動き出している以上、八犬士達を倒す為にクローバールの街へ襲い掛かる事も考えられます」


 その言葉に、冒険者たちは息を呑み、冷や汗を流した。もし悪鬼がこの街に攻め込めば、ひとたまりもない。街は瞬く間に壊滅し、住民たちは逃げ場を失うだろう。


「しかし悪鬼の基地がある場所については、次々と明らかになっています。ウインドウに視線を合わせてください」


 メリアの合図で、全員がギルドに設置された魔法のウインドウに目を向けた。そこにはハルヴァスの全体マップが映し出され、次々と黒い点が浮かび上がる。それらは悪鬼の基地を示しており、合計31個。本拠地の魔界は別格として、ここには表示されていなかった。


「こんなに多くあるのか……」

「しかしどれがどれだか分からないぞ……」


 冒険者たちはマップを眺めながら困惑の声を漏らした。点の位置は分かっても、それが何を意味するのかは不明だ。無闇に突撃すれば、強敵に遭遇する危険もある。


「では、表示を変えてみたいと思います」


 メリアが手を振ると、マップの黒い点がアルファベットとドクロマークに変化した。AからZまでの文字が並び、ドクロマークは特に危険な基地を示している。


「悪鬼の基地はAからZのブロック、四天王と四天王候補一人の基地で構成されています。Hブロック基地以降はS級冒険者でも倒せるレベルとなっていますが、Gブロックより上についてはかなり危険なのでお勧めできません」

「となると、頼りになるのは八犬士の戦士達という事だな」


 メリアの説明に、冒険者たちは頷いた。Hブロック以下ならS級冒険者でも対処可能だが、Gブロック以上は手に負えない。八犬士である零夜たちに頼るしかないのだ。


「その通りです。他の街のギルドでも、この事に関しては伝えられております。そして、零夜さん達は皆さんの前に移動してください」


 メリアの言葉に、零夜、倫子、日和、そしてアイリンが前に進み出た。日和の腕には、小型フェンリルのヤツフサが抱かれている。灰色の毛並みと鋭い瞳を持つヤツフサは、不機嫌そうな顔で小さく唸っていた。

 一方、アイリンは猫の獣人らしい尖った耳と尻尾を揺らし、腕を組んで不満げに呟く。


「ったく、面倒くさいわね。こんな大事な役目、私じゃなくてもいいでしょ?」


 そのツンデレな態度に、周囲は苦笑いを浮かべたが、彼女の実力は誰もが認めるところだ。


「零夜さん。悪鬼が本格的に動き出した以上、あなた達の力が必要不可欠です。地球とハルヴァスの2つの世界を救う為にも、必ず悪鬼を倒してください!」


 メリアの真剣な依頼に、零夜たちはそれぞれ決意を固めた。


「必ず奴等を倒し、二つの世界の平和を守り切ります!」

「後楽園で殺された皆の仇を討たないと!」

「私も覚悟を決めて突き進みます!」

「ベティとメディを救う為、精一杯頑張るわ! まぁ、仕方ないから頑張ってあげるけど、感謝してよね!」


 零夜の力強い言葉に続き、倫子、日和、そしてアイリンがそれぞれの思いを口にした。特にアイリンは、最後につんとした表情で付け加えた。

 その言葉にメリアは微笑み、深々と頭を下げた。


「ありがとうございます! 私達は皆で力を合わせ、必ず悪鬼の野望を終わらせます。ハルヴァスと地球の平和を守り切る為にも!」

「「「おう!」」」


 冒険者たちが拳を掲げて応え、ギルド内に響き渡る歓声が戦いの開始を告げた。零夜たちとタマズサ率いる悪鬼との決戦が、いよいよ始まる。

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