メリアの説明が終わりを迎えると同時に、クローバールのギルド内に集まった冒険者たちはそれぞれの目的に向かって動き始めた。ある者は悪鬼の基地に挑む準備を整え、ある者はさらなる強さを求めてS級冒険者を目指し修行に励む。
そんな活気に満ちた雰囲気の中、メリアは零夜たち八犬士を静かに見つめた。何か用事があるみたいだ。
「では、零夜さん達はギルドマスターに会いに向かいましょう。彼は2階にいますので」
「あっ、はい」
メリアの指示に対し、零夜は少し緊張した声で応える。彼女に導かれ、零夜、倫子、日和、アイリンは階段を上り、ギルドマスターの部屋へと向かった。背後では、小型フェンリルのヤツフサがトコトコとついてくる。灰色の毛並みに鋭い牙が覗くヤツフサは、小柄ながらも頼もしい存在感を放っていた。
一行がギルドに到着した以上、八犬士としての役割を果たすためには、まずマスターとの対面が不可欠。階段を上りながら、メリアが穏やかな口調で説明を始める。
「このギルドのマスターは面倒見がとても良く、ハルヴァスギルド協会の理事を務めています。そのお陰でいつも忙しく、ギルドに不在の時が多いのです」
「なるほど……それでメリア達がマスター代行として頑張っているのですね」
零夜の推測にメリアは苦笑いを浮かべて頷く。内心では仕事ばかりでうんざりする気持ちもあるが、役目を最後まで貫き通す意志が心の底からあるのだ。
ギルドマスターの仕事は多岐にわたり、冒険者の管理から協会との交渉まで多忙を極める。メリアはその穴を埋めるため、受付嬢と代行の二役をこなしているのだ。彼女の疲れた顔に隠された努力を、零夜たちは感じ取っていた。
やがて一行は2階の突き当たりにある重厚な木製の扉の前に到着した。メリアが軽くノックし、明るい声で呼びかける。
「マスター、八犬士の皆様を連れてきました!」
「うむ。入ってくれ」
低い声が扉の向こうから響き、メリアが扉を開けた。部屋の中には、一匹のフロッグヒューマンが立っていた。緑がかった肌に大きな目、ずんぐりとした体躯ながらも威厳を感じさせる姿だ。彼がクローバールのギルドマスター、モールだった。
「そなた達が異世界から来た八犬士か。わしはモール。クローバールのギルドマスターじゃよ」
「初めまして。東零夜です」
「藍原倫子です」
「有原日和です」
「ヤツフサだ。八犬士達のサポートを担当している」
零夜、倫子、日和が順に自己紹介し、最後にヤツフサが低い唸り声のような声で名乗った。モールは穏やかな笑みを浮かべ、彼らをじっと見つめた。
そして、アイリンが一歩前に出て、モールに視線を向けた。彼女の猫耳がピクピクと動き、尻尾がわずかに揺れる。その表情は悲しみに満ち、同時に後悔の色を帯びていた。仲間を失った気持ちがとても強いのが原因であるのだろう。
「マスター、私が不在の時はご迷惑をおかけしました。ゴドムは死んでしまい、ベティとメディは悪鬼に連れ去られ、私は仲間を見捨てて逃げてしまいました……本当に……ごめんなさい……」
アイリンの声は震え、瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
彼女はかつての戦いで仲間を見捨てた罪悪感に苛まれていた。あの時、八犬士としての力を発揮できていれば、ゴドムは死なず、ベティとメディも連れ去られずに済んだかもしれない。しかし、現実は彼女に逃走という苦渋の選択を強いたのだ。今思い出すと後悔してもしきれず、泣いてしまうのも無理もないだろう。
モールは静かにアイリンの話を聞き終えると、優しく彼女の頭に手を置いた。
「悪鬼の襲撃に関しては仕方があるまい。ゴドムは死んで、ベティとメディは囚われの身となってしまった。しかし、お主は無事に帰ってきた。それだけでも本当に良かった」
「マスター……! うわーん!!」
モールの温かい言葉にアイリンは堪えきれず、彼に抱きついて大泣きした。長い間抑え込んでいた感情が溢れ出し、彼女の肩が震える。仲間を失った責任感から解放されたからこそ、本心である素直な気持ちが出てきたのだ。
「良かったな、アイリン」
零夜、倫子、日和が優しい笑顔で彼女を見つめた。だがその視線に気づいたアイリンは、ハッとして泣き止むと、急に顔を真っ赤にしてモールから離れてしまう。
仲間に今の姿を見られてしまった事がとても恥ずかしく、ツンデレらしい態度で零夜たちを睨みつけた。
「何見てるのよ!」
「あっ、顔真っ赤」
「うるさい!」
アイリンが叫ぶと、零夜たちは思わず笑い声を上げた。メリアも手を口に当てて微笑み、モールは目を細めて穏やかに笑った。
アイリンの素直になれない性格は、まさにツンデレそのもの。その癖を直すにはまだ時間がかかりそうだ。
「やはりアイリンはこの方が似合うのう。どうせならツンデレを元にした作品でも……」
「マスター?」
モールが冗談めかして呟くと、アイリンは低い声で睨みつけ、腕を鳴らした。自分のことをネタにするのは極めて遺憾であり、下手したら殺してしまうケースもあり得る。
その気迫に、零夜たちは笑いを引っ込めて一歩後退する。モールは慌てて手を振った。
「冗談じゃ。さて、零夜達じゃったな。アイリンを助けてくれた事に感謝する」
「困っている人は放っておけませんし、アイリンは俺達の大切な仲間ですから」
零夜が代表して笑顔で応える。アイリンはすでに仲間であり、彼女を見捨てる選択肢などあり得なかった。それを聞いたアイリンは尻尾をブンブンと振っていて、本心では喜んでいるのだろう。
「それなら安心じゃな。次は悪鬼のアジトについてじゃ。お主達はG以上の強敵ブロックを担当する事になるが、何れにしても強敵である。今回お主達が向かうのは……一番下のGブロック基地じゃ」
「強敵ブロックの中でも最弱と言えますね」
モールの説明に、零夜たちは真剣な表情で頷く。相手が一番下でも油断は禁物であり、真剣に戦う必要がある。
すると彼らの前に魔法のウインドウが現れ、Gブロック基地の情報が映し出される。
「Gブロック基地のボスはバンドー。かつては伯爵貴族じゃったが、不正がバレて貴族としての地位を奪われてしまった。牢獄に囚われていたところをタマズサによって買収され、今に至るという事じゃ」
モールが淡々と語りながら、零夜たちに説明する。
バンドーはかつて悪徳貴族として富と権力をほしいままにしていたが、不正が明るみに出て没落。タマズサに拾われた後は彼女への忠義を貫き、Gブロック基地の隊長として君臨している。
「そして戦闘員と戦力はこうなっている」
モールがウインドウを操作すると、戦闘員のプロフィールが次々と表示された。それを見た零夜、倫子、日和は驚愕の声を上げた。
「あれは……! 後楽園の時に襲撃した五人だ!」
「知り合いか?」
「彼等とは因縁がありますからね……スピーキーは倒しましたし、襲撃に関わってないので」
画面に映し出されたのは、零夜たちと因縁深い五人の戦闘員だった。リーダーのマキシ、パワータイプのリキマル、テクニシャンのマーク、スピードタイプのベック、超能力使いのコルマ。かつて後楽園を襲撃したメンバーであり、スピーキーを除く全員がGブロック基地に潜んでいる。この因縁を清算しなければ、彼らの戦いは終わらない。
「となると、仇討ちができるかどうかの戦いじゃな。相手は手強いかも知れぬが、わしはお主達を信じておる」
「私達もできる限りはサポートします。貴方方を信じている以上、全力で取り組みますので」
モールとメリアは八犬士の勝利を信じ、彼らに全幅の信頼を寄せていた。ハルヴァスと地球の平和を取り戻せるのは、彼らしかいないのだ。
「分かりました。必ず奴等を倒してみせます!」
「これ以上は放っておけないし、たとえ誰が相手でも容赦しないから!」
「私も精一杯頑張ります!」
「ベティとメディがこの基地に囚われているかも知れないし、私も全力で立ち向かうわ!」
「俺も彼等を精一杯サポートする。タマズサを放って置く理由にはいかないからな」
零夜、倫子、日和、アイリンがそれぞれ決意を口にし、ヤツフサも鋭い目つきでサポートを誓った。アイリンは最後につんとした表情で付け加えたが、その瞳には確かな覚悟が宿っていた。
モールは満足そうに頷き、彼らの力に全幅の信頼を置いている。この様子だと心配する必要はないだろう。
「なら、大丈夫じゃな。お主達が必ず悪鬼を倒す事を信じておるぞ」
「そして無事に帰る事を待っています! お気を付けて!」
「では、行って参ります!」
モールとメリアの激励を受け、零夜たちは笑顔で応え、Gブロック基地へと向かった。
ベティとメディの救出、ハルヴァスと地球の平和、そしてタマズサの野望を打ち砕くため、彼らの戦いが始まる。