零夜、倫子、日和、アイリン、そしてヤツフサの四人と一匹は、Gブロック基地のあるバイダル平原を目指して歩みを進めていた。バイダル平原はモンスターが出没する危険地帯として知られ、フルーダス平原のモンスターよりも手強い相手が揃っている。風が草を揺らし、遠くで何かの咆哮が響く中、一行は慎重に足を運んでいた。
倫子が歩きながらアイリンに尋ねる。その様子は真剣な表情となっているのは勿論、この先にいるモンスターについて知りたい気持ちが強いのだろう。
「アイリン、バイダル平原にいるモンスターってどんなのがいるの?」
倫子の質問にアイリンは手をパチンと叩き、思い出したように口を開いた。少し得意げな表情で倫子に目を向ける。彼女はハルヴァスの地形を隈なく知っているので、そのぐらいは問題ないだろう。
「そうね……スライム、インプ、ミノタウロス、リトルペガサスあたりが主なところよ。あとは、モンスター娘も出るみたいね」
「モンスター娘? なんやそれ?」
「俺も初耳だが……」
倫子が首をかしげると、日和と零夜も怪訝そうにアイリンを見つめた。ヤツフサも小さく呟きながら、尻尾を軽く振る。モンスター娘という言葉は初耳で、一行は興味と困惑を隠せないのも無理はない。それにアイリンが呆れながら、ため息をついてしまう。
「ふん、知らないの? モンスター娘っていうのは、モンスターが擬人化した姿のことよ。いろんな種族がいて、それぞれ特徴があるの。捕まえるにはモンガルハントっていう特別なスキルが必要だけどね」
「なるほど……」
アイリンが鼻を鳴らしながら説明すると、倫子は感心したように頷き、零夜は顎に手を当てて納得した様子を見せた。日和は静かに耳を傾けていて、ヤツフサも頷きながら応えていく。
アイリンの説明に誰もが納得するが、ここにいる皆はモンガルハントのスキルを持っていない。オールラウンダーである倫子さえ、このスキルを持つにはレベルを上げる必要があるのだ。
「モンガルハントのスキルは誰も持っていないし、早くそのスキルを手に入れないとね」
「私達のステータスはレベルが15に上がったけど、モンガルハントのスキルが無いのが……」
「話はそこまでです! 全員、戦闘準備を!」
「話の途中だけど、仕方がないよね……」
倫子の言葉に日和が頷きかけたその瞬間、草むらの向こうから複数の気配が迫ってきた。零夜が素早く忍者刀を両手に構え、声を張り上げて指示を出す。日和は苦笑しながら拳銃を手にし、倫子はリングブレードを握り締める。アイリンは爪を鋭く光らせ、ヤツフサは低く唸りながら身構えた。
そこに現れたのは、スライムとインプの群れだった。その数、およそ三百。スライムは粘液を飛ばして攻撃し、インプは素早い動きで撹乱してくる。
「そうはさせるか!
「最初から攻めればこっちの物! ダンス・ブレイド!」
「援護は任せてください! スマッシュキャノン!」
「こいつは痛いわよ! キャットクロー!」
零夜は忍者の身のこなしでスライムを切り裂き、その数を減らしていく。倫子はリングブレードを手に舞い、インプを次々と仕留める。日和は冷静に援護射撃を行い、拳銃でモンスターを撃ち抜く。そしてアイリンが爪の一撃で残りを片付けた。一瞬の戦闘だったが、一行の息は見事に揃っていた。八犬士としての絆が強ければ強いほど、どんな敵でも問題なく倒す事ができるのだ。
「よくやった。取り敢えずは無事に倒す事ができたな」
「いえ。まだ油断できません。他にも敵が来る可能性があります!」
ヤツフサが勝利を確認するが、零夜は首を振って警戒を解かない。彼は冷静に敵が来る事を予感していて、更に危機感を募らせている。その直後、新たな影が現れ、空を舞いながら一行の前に降り立った。
それは剣と盾を手に持つ金髪の少女――ヴァルキリーのモンスター娘、ライラだった。上半身はギリシャ風の衣装をまとい、下半身はデニムジーンズという独特の姿が特徴的だ。
「あれは……モンスター娘の一人であるヴァルキリーよ!」
「こいつが……ヴァルキリー……」
アイリンがライラを指差して説明すると、零夜はその姿に息を呑んだ。モンスター娘はともかく、ヴァルキリーを見るのは初めてとしか言えないだろう。
するとライラは優雅に地面に着地し、静かに口を開く。その表情は冷静だが、目の前の敵には容赦はしないだろう。
「私の名はライラ。貴方たち、ここで終わりです」
ライラは剣の先を零夜たちに向け、彼女は戦いを宣言。零夜は一歩前に出て、忍者刀を構えながら応戦の構えを取る。緊迫した空気が強くなり、風も強く吹き始めていく。こうなった以上逃げることは当然許されないだろう。
「俺が相手になる。覚悟はできているか?」
「それはこちらのセリフです!」
ライラの剣が鋭く振り下ろされ、零夜は紙一重でかわす。二人の戦いは激しさを増し、刀と剣がぶつかるたびに火花が散った。モンスター娘との戦いは初めてだが、互角に戦える者がいるとは想定外としか思えない。しかし戦いに勝利しなければ、その先が見える事は不可能であるのだ。
「零夜君、負けんといてや!」
倫子は零夜の戦う姿を見ながら声援を送る。彼が最後まで諦めない覚悟を持っていることを、彼女が一番よく知っている。長年の付き合いがあるからこそ、心から信じているのだ。
「援護は私に任せて! スパイラルキャノン!」
日和が風の魔法弾を放ち、零夜を援護する。しかしライラの動きは素早く、攻撃はなかなか捉えきれない。
ヴァルキリーには背中の羽根があるので、素早い攻撃が可能である。しかしこのままでは苦戦してしまうのも時間の問題だろう。
「駄目! 援護できない!」
「今まで手強い相手と言えるが、このままでは倒れるのも時間の問題だ……」
日和は援護に失敗し、ヤツフサは冷や汗を流しながら戦況を見つめる。苦戦となっているのは明らかで、このままではやられてしまう。しかし零夜は最後まで諦めずに立ち向かっている。たとえどんな状況であろうとも、ここで負ける理由にはいかないのだ。
(まだだ……俺はこんなところで立ち止まる理由にはいかない……モンガルハントのスキルが無くても……必ず……仲間にしてみせる!)
決意を固めた瞬間、零夜の頭に新たなスキルが流れ込んできた。その内容を理解した彼は、ニヤリと笑みを浮かべる。その様子だと何かを閃いたみたいで、一発逆転のチャンスを狙っているだろう。
「何がおかしい?」
「この状況を打破できそうだぜ! 今こそモンガルハントを見せてやる!」
「「「ええっ!? まさか取得したの!?」」」
零夜の宣言に仲間たちが驚愕する中、彼は素早くライラに接近する。彼女は剣を振るって応戦するが、零夜は軽やかな動きで次々と攻撃をかわした。忍者の素早さはとても速いので、どんな剣攻撃でも華麗に回避する事が可能である。
「回避された!? キャッ!」
ライラは攻撃が躱されてしまった事に驚いた瞬間、零夜に背後から抱き締められながら捕まってしまう。同時に彼の身体から白い光が放たれ、二人はその光に包まれてしまった。
そう。その光こそモンガルハントの光であり、モンスター娘を仲間にする事ができる奇跡の光でもあるのだ。
「ライラ、俺の仲間になれ! モンガルハント!」
「うぐ……!」
光の中でライラの抵抗が弱まり、ついに剣を地面に落としてしまう。光が収まったと同時に、彼女は零夜から離れ、膝をついて一礼した。その様子だとモンガルハントのスキルによって、完全に仲間となったのだろう。
「……貴方に従いましょう、私を捕らえたその力に」
「ようこそ、ライラ」
(お見事だ。モンスター娘を上手く仲間にできたな)
ライラが服従を誓い、零夜は微笑みを返す。ヤツフサも心の中で彼を称賛しつつ、今後の成長に期待していた。しかし倫子が頬を膨らませ、ジト目で零夜を睨みつけた。今の行為を間近で見た結果、嫉妬が高まって今に至るのだ。
「零夜。モンスター娘と仲良くしすぎちゃう? あたし置いてけぼりやんか」
「うっ……倫子さん、誤解ですから!」
「ふーん」
「倫子さん、落ち着いてください!」
零夜が慌てて弁解するが、倫子はそっぽを向いてしまう。ライラを仲間にすれば嫉妬するのも当然であるが、本人が彼を好きだと言う自覚に気付いていないみたいだ。
日和が慌てながら宥めに入り、場の空気は和やかを通り越して微妙なものに変わった。まさに台無し其の物である。
「まったく……バカなんだから……ん?」
この光景を見ていたアイリンが笑っていたその時、彼女の猫耳がピクピクと動き出す。どうやら新たな敵が来たみたいで、アイリンは思わず真剣な表情で辺りを見回し始める。
すると西側の方面から、新たな戦闘員が一行の前に現れる。その顔を見た零夜たちは、すぐにその人物を認識した。
「お前はコルマ! 後楽園以来だな……」
「まさかこの世界に来るとはな……だが、ここで俺が終わらせてやるよ」
超能力を駆使しながら戦うコルマは、残酷な笑みを浮かべている。彼が両手に闇の波動弾を生成すると、日和が真剣な表情をしながら前に出てきた。
彼女は二丁拳銃を回転させながら構え直し、真剣な目でコルマを睨みつける。因縁の相手の一人がこの場に姿を現した以上、後楽園の皆の敵を取る為に動かずにはいられなかった。その証拠に心の中で悪鬼に対する憎しみと怒りが混ざり合い、目の前の敵を倒そうと集中しているのだ。
「あなたの相手は私よ。二度と悪さをさせないんだから!」
「良いだろう。掛かってきな!」
二人が勢いよく飛び出し、日和とコルマの戦いが幕を開ける。同時に後楽園の因縁決戦も幕を開けたのだった。