日和とコルマの戦いが火蓋を切った瞬間、戦場は一変した。空気がビリビリと張り詰め、銃声と超能力がぶつかり合う轟音が響き渡る。零夜たちは息を殺し、崩れかけた廃墟の影に身を潜めてその死闘を見守る。心臓の鼓動が耳にまで響き、誰もが固唾を呑んでいた。
先手を取ったのは日和。汗で濡れた手で二丁拳銃を握り、鋭い眼光が敵を捉える。その銃は、デザートイーグルをベースにした特殊魔導銃――一撃で全てを終わらせるほどの破壊力を秘めた、彼女の命綱だ。
「バレットストライク!」
無属性の魔法弾が雷鳴のような轟音を立ててコルマに殺到する。だが、彼はまるで幽霊のように宙を滑り、影のように素早く動き回って回避する。その動きは人間離れしており、まるで獲物を嘲笑うかのようだ。反撃の隙を見逃さず、コルマは両手に禍々しい闇の波動弾を瞬時に生成。黒いオーラが不気味にうねり、戦場に不穏な空気を撒き散らす。
「ダークボール!」
闇の波動弾が唸りを上げて日和に迫る。彼女は冷や汗を流しながらも、しなやかな動きで次々と躱し、死の匂いがかすめるたびに歯を食いしばる。すかさずバングルからアイテムを取り出し、震える指先で魔導銃のオーブにセットしようとする。
それはワイバーンの鱗――かつて汗を流して倒したワイバーンから得た、彼女の覚悟の結晶だ。
(零夜君はスライムの粘液で武器を変化させた……私だって!)
心の中で叫びながら、日和はワイバーンの鱗をオーブに押し込む。すると、二つの魔導銃が異様な光を放ちながら変形を開始。ワイバーンの鱗と骨を模した、紫がかった銃身へと進化を遂げる。ガバメントを基調としたその魔導銃からは、圧倒的なオーラが溢れ出し、命を賭けた一撃を放つための武器だと一目で分かる。
「変化した……この武器は一体……」
日和は息を荒げ、目をパチクリさせながら新生した武器を見つめる。素材をオーブに融合させて変化させることはできたが、その威力も名称も未知数だ。驚きと不安が交錯する中、ヤツフサが鋭い牙を覗かせ、灰色の毛並みを風になびかせながら緊迫した声で駆け寄ってくる。
「ワイバーンガバメント。ドラゴンやワイバーンには効果抜群であり、強烈な威力を誇る。攻撃するなら今しかない!」
「分かったわ。攻めるなら……今が好機!」
日和はワイバーンガバメントを回転させ、汗ばむ両手に力を込めて構える。宙に浮かぶコルマに狙いを定め、息を止めて一瞬の隙を狙う。今度こそ外せば終わり――その覚悟が彼女の目を鋭く光らせた。
「何度やっても同じだ! ダークボール!」
コルマは哄笑と共に闇の波動弾を次々と生成し、日和へと投げつける。黒い弾丸が空気を切り裂き、死の予感を運んでくる。だが彼女は微動だにせず、ニヤリと笑みを浮かべ、引き金を引く覚悟を決めた。
「今がチャンス! ワイバーンキャノン!」
「何!?」
ワイバーンガバメントから放たれた紫色の魔法弾が連射され、轟音と共に戦場を切り裂く。その威力はすさまじく、飛来するダークボールを次々と貫通し、粉々に砕いてしまう。鬼に金棒を超えた、まさに最強の武器――その破壊力は想像を絶する領域に達していた。
「馬鹿な! ダークボールが!」
「余所見は禁物なんだから!」
「しまっ……ぐわああああ!!」
コルマが驚愕に目を見開いた瞬間、紫色の魔法弾が彼を直撃。爆発が轟き、土煙が舞い上がる中、彼は大ダメージを負って地面に墜落する。重苦しい沈黙が戦場を包み、緊迫感が一層増す。あれだけの傷を負えば、起き上がるのも時間の問題であり、倒されるのも同様だ。
「よし! 後はトドメを刺さないと!」
日和がトドメを刺そうと動き出したその瞬間、コルマが血走った目で地面を叩き、咆哮を上げて立ち上がる。異常な回復力で再び立ち塞がるその姿に、零夜たち全員が息を呑む。
「嘘でしょ!? まだ戦えるなんて!」
「あれだけダメージを受けたのに、そこまでやるなんて……」
「悪鬼は任務を果たす為にも、この程度では倒れない。その頑丈さと諦めの悪さはプロレスラーレベルだからな」
ヤツフサが低い唸り声を上げ、小型フェンリルの鋭い目を光らせて解説する。予想外の事態に日和たちが恐怖に震える中、コルマは猛スピードで彼女にタックルを仕掛けた。
「おらっ!」
「キャッ!」
強烈なタックルが日和を弾き飛ばし、ワイバーンガバメントが手から落ちる。だが、武器は粒子化してバングルに戻り、敵に奪われる危機は辛うじて回避された。
「言い忘れたが、八犬士達の武器は自身の手から落としてしまうと粒子化してしまい、持ち主のバングルの中に戻る仕組みとなっている」
「それを早く言いなさいよ! 敵に奪われなかっただけでも良いけどさ!」
アイリンが尻尾をピクピク震わせ、紫色の瞳を細めてヤツフサに鋭くツッコむ。ツンデレらしい苛立ちが、戦場の緊張感に一瞬のユーモラスな緩みをもたらす。
「まだまだ行くぞ!」
「うあっ!」
コルマはすかさず日和の胴をクラッチし、力任せに抱き締める。そのまま締め上げるベアハッグが炸裂し、彼女の身体が軋む音が響く。背骨と肋骨が圧迫され、死がすぐそこに迫る。
「うあああああ!」
日和は悲鳴を上げ、必死に抵抗するが、コルマの腕はまるで鉄の枷のように緩まない。このままでは骨が砕け、命が尽きるのも時間の問題だ。
「大変です! 日和さんがピンチとなっています!」
「すぐに彼女を助けないと! 誰も死なせてたまるか!」
ライラが恐怖に声を震わせ、零夜が駆け出そうとするが、日和の異変に気付き足を止める。 何か違和感を感じていたのだろう。
「何故足を止めたのです?」
「あれが原因だ。日和さんの能力が覚醒しようとしている」
零夜が指差す先で、日和のバングルの珠が激しく輝き、彼女の身体からバチバチと電流が迸る。締め付けられるたびに電流が強まり、コルマにも伝播していく。
「がっ!」
コルマは電流に耐えきれずベアハッグを解除。日和は解放されるが、ダメージで膝をついていた。もし、自身の身体に電流が流れていなかったら、やられて死んでしまった可能性があり得るだろう。
(身体から発せられた電流のお陰で助かった……けど、この電流は何かに使える……そうだ!)
痛みに耐えながら電流を感じた日和は、新たな作戦を閃く。自身に新たな能力が開花したとなると、その機会を逃す理由にはいかないのだ。
「おのれ! 返り討ちにしてくれる!」
コルマが再びタックルを仕掛けるが、日和は電流を纏ったハイキックで迎え撃つ。側頭部に命中し、コルマがよろめく。
「がっ……!」
「まだまだ!」
日和は素早くコルマの背後に回り、両腋に腕を差し込んで羽交い締め。フルネルソンバスターで地面に叩きつける。
「あがっ!」
背中に激痛を負ったコルマは片膝をつくが、日和は止まらない。電流を纏った踵落としを繰り出そうとしていて、力の限り叫ぶ。後楽園の戦いで死んだ人たちの仇を取る為、プロレスをぶち壊した責任を取る為にも。
「皆の怒りを思い知れ! Spark Finally!」
「ぎゃあああああ!!」
日和の電流踵落としが炸裂し、コルマは光の粒となって消滅。地面に金貨とバッジが落ちる。後楽園を襲撃した輩を一人倒す事に成功し、日和は息を整えながらコルマの消滅した場所を見つめていた。
「やった……倒せた……」
よろめきながら勝利を実感する日和に、アイリンが猫のような素早さで駆け寄る。そのまま両手から淡い光を放ち始め、日和に対して回復魔術を施す。彼女が倒れたら戦力ダウンするだけでなく、余計なお世話を掛けたくないのがアイリンの本音なのだ。
「お疲れ様。無事に倒す事ができたわね」
「うん。無事に勝てたけど、なんで私の身体から電流が流れたのかな……」
アイリンの笑みに日和は笑顔で応えるが、自身の身体から何故電流が流れたのか気になってしまう。ピンチの時に発動する事が出来たが、どうやって発動出来るようになったのかは未だに不明である。
困りながら考え込む日和に、ヤツフサがトコトコと近づき、低く唸る。 その様子だと何か知っているのだろう。
「戦闘の最中にバングルの珠が光り輝いていた。それこそ八犬士の能力が一部覚醒した証しだ」
「じゃあ、電流が流れる様になったのは其の為だったのか……けど、完全にはまだ遠いみたいね……」
日和はバングルを見つめ、完全覚醒への遠さを悟る。
今回の件で一部覚醒したのは良いが、今のままではタマズサどころか、彼女の強力な部下にやられる可能性がある。それを阻止するには様々な経験を積むしか無いみたいだ。
「少なくとも完全になるには遠いけど、焦らずしっかり頑張らないとね!」
「はい!」
倫子の笑みに日和が応え、零夜たちも安堵の微笑みを浮かべる。だが、襲撃者はあと四人。休息も束の間、次の戦いがすぐそこに迫っている――。