零夜とリキマルの戦いは開始早々、凄まじい火花を散らし、互いに一歩も引かない壮絶な死闘へと突入していた。地面が震え、空気が唸りを上げる中、倫子たちは安全な距離に退避し、息を呑んでその戦いの行方を凝視している。
「零夜君があのパワータイプにどう立ち向かうかだけど、格闘となると不利かも知れないみたい……」
「えっ? どういう事?」
倫子の声は緊迫感に震え、真剣な眼差しで戦場を見据える。隣に立つ日和、アイリン、ヤツフサも頷き、戦いの重さを共有していた。一方、ベルは首をかしげ、大きな瞳で倫子たちに問いかける。彼女は零夜の事をあまり知らないので、そうなるのも無理はない。
「リキマルはパワータイプであり、そのモチーフは相撲だ。張り手だけでなく、ぶちかましや投げ飛ばしを得意とする。対して零夜はスピードが武器だから、この戦いは苦戦必至と言えるだろう」
日和の腕に抱かれたヤツフサが、鋭い眼光で戦場を睨みつけ、冷徹な分析を口にする。その言葉に倫子たちは息を詰め、零夜とリキマルの一挙手一投足に心を奪われた。地面が轟き、風が唸る中、二人の戦士がぶつかり合う音が響き渡る。 お互い引かない気持ちが強いのが丸分かりだ。
「お前の戦い方……ソラキチ・マツダを元にしているな」
「その通りだ。俺はパワータイプだから、彼の動きを取り入れているのさ!」
零夜は鋭い視線でリキマルの動きを捉え、四股を踏む巨漢の動作を観察する。リキマルはニヤリと笑い、右足を地面に叩きつける強烈な四股で周囲を震撼させた。衝撃波が大地を切り裂き、土煙が舞い上がるその様は、まるで怪物が目覚めたかのようだった。
ソラキチ・マツダ——日本人初のプロレスラーであり、元力士として単身アメリカに渡り、数々の強敵を打ち破った伝説の男。その必殺技「ぶちかまし」は、巨体すら軽々と吹き飛ばすほどの破壊力を持つ。
「さあ、茶番はここまでだ。一気に攻める!」
リキマルが猛然と突進を開始した瞬間、空気が爆発するような轟音が響き渡る。その速度は暴走するサイのごとく、地面を抉りながら零夜へと迫る。零夜は背筋に冷たい危機感が走るのを感じ、素早いサイドステップで回避。だが、リキマルの巨体が放つ圧力に、空気が歪むほどの殺気が漂っていた。
リキマルは即座に方向転換し、再び零夜に襲いかかる。巨体とは思えない機敏さに零夜は舌を巻くが、忍者の敏捷さで翻弄し続け、リキマルは勢いを失って一瞬動きを止めた。
「クソ……俺は牛じゃねーぞ!」
連続で攻撃を躱され、リキマルの額に青筋が浮かび、湯気立つほどの怒りが爆発する。牛扱いに我慢ならなかったのだろう。そのまま零夜へ突進するが、またしても軽やかに回避され、零夜は反撃の隙を見逃さない。背後を取るべく一気に加速し、リキマルの死角へと飛び込んだ。
「そこだ!」
「ぐほっ!」
零夜のドロップキックがリキマルの背中に炸裂し、巨体が勢いよく地面を転がる。忍者のスピードを極限まで活かした一撃は、加速するほど威力を増し、衝撃波が周囲の土を吹き飛ばした。零夜の脚力と技術が融合したその攻撃は、まるで雷鳴のように轟いた。
(あの時はただ見ているしかなかったが、今の俺は違う! これ以上奴らの好き勝手にさせない……目の前のリキマルを倒して先に進むんだ!)
零夜が心の中で先に進む決意を固めた瞬間、リキマルが跳ね起き、目を血走らせてタックルを仕掛けてくる。その速度はこれまで以上に速く、獲物を仕留める猛獣のような眼光が零夜を捉えていたのだ。
「お返しの一打だ! ぶちかましタックル!」
「ぐはっ!」
リキマルの全力タックルが零夜を直撃し、彼の身体は吹き飛ばされて地面を激しく転がる。相撲仕込みのぶちかましは圧倒的で、八犬士の零夜ですら即座に立ち上がるのは困難だった。土煙が舞い上がり、衝撃の余波が倫子たちにまで届く。
「零夜君!」
(今のタックルは致命的だった。もう一撃喰らえば、確実に死ぬ……)
倫子が悲鳴を上げながら絶叫する中、ヤツフサは鋭い牙を覗かせ、真剣な表情で状況を分析する。心の中では焦りを見せていて、冷や汗まで流しているのも無理はない。
リキマルのパワータックルは一般人なら即死、プロレスラーでも後退を余儀なくされる威力だ。零夜の忍者としての訓練があっても、このダメージは致命傷に近い。
(くそ……直撃を喰らってしまったか……けど、俺はここで諦めるわけにはいかない……ベルの家族の仇を取るためにも……絶対に立ち上がる!)
零夜は激痛に耐えながらも、驚異的な意志で立ち上がる。汗にまみれたその姿に、仲間たちは目を瞠った。地面に膝をついたまま、震える手で土を掴み、戦闘態勢を整える零夜の背中からは、燃えるような闘志が溢れていた。
後楽園の皆、ベルの家族の仇を取る為にも、ここで負ける理由にはいかないのだ。
「零夜君、大丈夫なん?」
「このぐらいはなんとか……やられた分は倍にして返すのみです!」
倫子の心配そうな声に、零夜は痛みを押し殺して笑顔を見せ、拳を打ち合わせる。本人は痩せ我慢をしているが、ここで止まればベルを更に悲しませてしまう。
そしてリキマルを睨みつけ、反撃の機会を伺いながら一歩踏み出した。その眼光はまるで獲物を狩る忍者のように鋭く輝き、絶対に勝つという信念も強くなっている。
「抵抗しても無駄だ! どすこい突っ張り!」
リキマルが止めを刺すべく、強烈な平手打ちを繰り出す。風を切り裂くその一撃は、まるで鉄槌のように空気を震わせた。だが、零夜は瞬時にその右手首を掴み、攻撃を封じた。
「何!? 俺のどすこい突っ張りが止められた……!」
「相撲タイプであるアンタの弱点は、お見通しなんだよ!」
「ごはっ!」
零夜は驚きを隠せずにいるリキマルの顎を捉え、掌底アッパーを叩き込む。強烈な一撃にリキマルは耐えきれず、上空へ吹き飛んだ。
「今だ!」
零夜は跳躍し、リキマルの胴体を背後から抱え込んで拘束。逆さまに急降下し、地面へと叩きつける。その動きは流れるように美しく、まるで嵐のような勢いだった。
「ベルの家族の仇だ!
「ぐはっ!」
リキマルの頭が地面に激突し、脳震盪で大ダメージを負う。衝撃で大地が陥没して土煙が渦を巻く中、零夜が離れたと同時に、リキマルは仰向けに倒れてしまった。
やがてリキマルは光の粒子となって消滅。残された金貨とバッジを拾い上げ、零夜はベルに視線を向ける。
「もう大丈夫。仇は取ったから!」
「零夜!」
零夜が笑顔を見せた瞬間、ベルは涙を堪えきれず駆け寄る。ミノタウロスの首に下がるカウベルが激しく鳴り響き、彼女は零夜に抱きついた。豊満な胸が零夜に押し当たり、仲間たちは思わず目を丸くしてしまう。
「ありがとう……家族の仇を取ってくれて……」
「もう大丈夫だ。よしよし」
ベルは大粒の涙を流しながら零夜にしがみつき、彼は優しくその頭を撫でた。彼女の震える肩と零夜の穏やかな表情が、戦いの後の静寂の中で鮮烈なコントラストを描き出す。
家族の仇を取ってくれた事はとても嬉しく、抱き締めずにはいられなかっただろう。
「むーっ!」
「まあまあ……このぐらいは大目に見ましょう」
「ふんっ、べつに感動なんかしてないんだから!」
倫子が頬を膨らませて嫉妬する中、日和が苦笑いで宥める。倫子の嫉妬は相変わらずであり、日和が苦労しているのがよく分かるだろう。
一方、アイリンは鋭い目で二人を睨み、ツンデレ口調でそっぽを向いた。猫耳がピクピク動き、不満を隠しきれていない様子が愛らしい。
「これで残るはあと三人だな。しかし、何れにしても油断はできないだろう」
「どれも強敵ばかりだけど……零夜の恋愛展開もどうなるかね……」
ヤツフサが冷静に呟き、アイリンはベルに抱かれた零夜を見てため息をつく。彼の恋愛鈍感さは、今後の波乱を予感させるものだった。
※
それから数分後、ベルはようやく泣き止み、零夜から離れて全員に視線を移す。その瞳は真っ直ぐで、決意を宿しているように見えた。
「私、決意した。今後はあなた達八犬士たちの力になるわ」
「「「ええっ!?」」」
ベルの決意表明を聞いた零夜たちは、予想外の言葉に驚愕する。まさか彼女が自ら仲間になるとは誰も予想していなかったが、その決意はダイヤモンドよりも硬いみたいだ。
「仲間になってくれるの!?」
「ええ。家族の仇を取ってもらったし、私も助けられてばかりではいられないからね。今後はあなたたちを精一杯サポートするから!」
ベルはニッコリと微笑みながら、零夜たちを支える意思を強くアピールする。その笑顔はあまりにも眩しく、断る理由など見当たらない。
零夜は笑顔を見せたと同時に、ベルに向けて手を差し出す。勿論最初から仲間にするつもりであり、戦力を増やした方が今後の戦いにおいて有利になるだろう。
「それなら大歓迎だ! 宜しくな、ベル!」
「こちらこそ!」
零夜とベルはガッチリ握手を交わし、お互い笑顔で頷き合う。倫子たちも彼女の周りに集まり、笑顔で仲間として迎え入れた。戦いの後の温かな絆が、そこに確かに生まれていた。
(ベルは頼りになる存在と言えるが、彼女にはサポートの役割を色々教える必要があるだろう。これからが大変だな……)
日和に抱かれているヤツフサは心の中で思いながら、ベルと八犬士たちのこれからを静かに見守っていた。戦いはまだ終わりではないが、新たな仲間と共に未来を切り開く希望が、そこに確かに芽生えていたのだった。