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第31話 アイリンVSベック

 リング上では、アイリンとベックが鋭い視線を交わしていた。

 アイリンは鋭い爪と敏捷な身のこなしを誇るツンデレ娘で、心の中では闘志を燃やしながらも、表面上は冷静さを装っている。彼女の耳がピクピクと動き、緊張と興奮が入り混じった感情がその小さな仕草に表れていた。

 一方のベックはスピード自慢の悪漢で、自信に満ちた笑みを浮かべながらも、内心ではアイリンの予測不能な動きに一抹の不安を抱いている。両者ともスピードタイプゆえ、リング内を縦横無尽に駆け巡る壮絶な展開が予想され、無観客の会場にも配信を通じて伝わる熱気が漂っていた。

 アイリンは、この戦いがただの勝負ではなく、自分の誇りと仲間への想いを懸けたものだと自覚していた。ベックにとっては、己の名誉と悪漢としての意地を貫くための舞台だった。


「最初から一気に攻める!」  


 ベックが爆発的なスタートを切った瞬間、彼の心は勝利への確信で満たされていた。スピードを生かしたタックルは風を切り、アイリンに迫る。その勢いはまるで獲物を仕留める猛獣のようだった。

 しかしアイリンは、猫のような反射神経でその攻撃を冷静に見極めていた。彼女の瞳には一瞬の迷いもなく、ひらりと身を翻してギリギリで回避。尻尾がピンと立ち、挑発的な笑みを浮かべるその表情には、負けられないという強い意志が宿っていた。


「これでも喰らいなさい!」  


 負けじとアイリンが跳躍した瞬間、彼女の心は研ぎ澄まされていた。鋭い爪を光らせ、空中から放つミサイルキックは、まるで流星のように美しく、力強い軌跡を描く。彼女はこの一撃に、自分のスピードと技術への自信を込めていた。

 一方、ベックは横に飛び、攻撃をかわしながら内心で舌打ちしていた。彼の頭に警戒心が芽生え始めた以上、馬鹿にする事は出来ないだろう。

 アイリンはリングマットに軽やかに着地し、真剣な目つきでベックを睨みつける。その視線には、仲間を守る決意と、負けられないというプレッシャーが混ざり合っていた。


「俺を甘く見るなよ? こう見えても悪鬼のスピードスターと呼ばれた男だ」

「厄介な相手ね……けど、アンタなんかに負けられないんだから!」  


 ベックの言葉に、アイリンの胸に小さな苛立ちが湧き上がる。しかし同時に、彼の自信が本物であることも感じていた。

 二人はさらにギアを上げ、同時に飛び出す。リング内を疾風のように駆け回り、目にも止まらぬ攻防が始まった時、アイリンは自分の限界を超える覚悟を固めていた。爪が空を切り、ベックの拳が風を裂くが、どちらの攻撃も届かない。スリリングなシーソーゲームに、配信視聴者が息を呑みながら見守っていた。


「凄いスピード……この戦いはスタミナが鍵となりそうかもね……」  


 リング下で倫子が見守るその表情には、アイリンへの信頼と心配が入り混じっていた。彼女の心は、アイリンが勝つ姿を信じつつも、もしもの場合を想像して締め付けられるようだった。日和とベルもまた、ハラハラしながら戦いを見つめている。彼女たちはアイリンが勝利することを心から信じていたが、同時に、重大な怪我や最悪の結末への不安が頭をよぎっていた。

 一方、ヤツフサと零夜は冷静沈着。鋭い目で戦況を分析する二人の頭脳は、まるで将棋の盤面を読み解くように次の展開を予測していた。


「恐らくこの戦いはスタミナがカギとなる。いくらアイリンが素早くても、スタミナが切れたら遅くなるだろう」

「アイリンがベックよりもスタミナがあるのかが、この勝負の分かれ目となりますね」  


 ヤツフサの鋭い洞察に、零夜は真剣な表情で頷きながら、内心でアイリンを応援していた。彼女の心には、仲間としての絆と、戦いの厳しさを理解する冷静さが同居していた。今はアイリンとベックが互角の戦いを繰り広げているが、スタミナの差が勝敗を分ける瞬間が迫っていることを、二人とも感じ取っていた。


「もしアイリンが先にスタミナ切れをしてしまったら……零夜、お前が行け!」

「任せてください!」  


 ヤツフサの低い唸り声には、アイリンへの信頼と同時に、万が一に備えた決断の重さが込められていた。零夜は力強く応じ、その瞳に燃える闘志を宿していた。

 その瞬間、ベックが動きを止めた。彼の頭には焦りと一発逆転の賭けが浮かんでいた。コーナーポストへと素早く登る彼の動きに、アイリンは一瞬戸惑いながらも反射的に追う準備を整えた。


「必ず止めてみせる!」

「そうはさせるか!」  


 アイリンが猫の敏捷さでコーナーポストへ駆け寄る時、彼女の心は冷静さと熱さがせめぎ合っていた。ベックはすでに跳躍し、高々と舞い上がる。その飛距離はリング中央まで届くほどのダイナミックな一撃で、彼の全力を賭けた攻撃だった。誰もがどよめく中、アイリンは一瞬の判断を迫られていた。


「その攻撃はお見通しよ!」

「な!?」  


 アイリンはフェイントをかけ、Uターンしてコーナーポストへ戻る。その予測不能な動きは、彼女の猫らしい本能と戦術的な頭脳の結晶だった。ベックは完全に翻弄され、リングマットに腹から激突。衝撃音が会場に響き、彼の心に失敗の悔しさが広がった。


「ぐほ……腹が……」

「やらかしましたか……」  


 ベックの失態に、マキシが呆れた溜息をつく一方で、内心では彼の敗北を予感していた。

 一方、アイリンは素早く動き、ベックの背中に跨る。両膝で肩を固定し、顎を掴んで背中を反らせる――キャメルクラッチの完成。その瞬間、彼女のツンデレな性格が垣間見える冷酷さが光り、負け犬には容赦しない決意が込められていた。


「ぐわああああ!!」  


 ベックが激痛で悲鳴を上げた時、彼の心は屈辱と絶望に苛まれていた。背骨と首に強烈な負荷がかかり、戦闘不能も時間の問題だと悟っていた。アイリンはさらに力を込め、彼に「諦めなさい」と無言で訴えかけていた。


「くそ……負けてたまるか……」  


 ベックは這いずりながらロープを目指すが、その動きは弱々しく、希望が薄れていくのを感じていた。アイリンの絞め技は容赦なく、時間が経つほど締め付けが強まる。彼女の瞳には、勝利への執念が燃えていた。

 ついに彼は最後の力を振り絞り、ロープに顔を押し付けた。ロープエスケープ成立。アイリンは即座に離れ、次の攻撃に備えながら相手に視線を移していた。


「くそ……俺がここでやられてたまるかよ! うおおおおお!!」  


 ベックが咆哮を上げ、全力を込めたタックルで反撃に出た時、彼の心には最後の意地が燃えていた。しかしキャメルクラッチのダメージでスピードは鈍り、威力も半減。アイリンはその隙を見逃さなかった。


「喰らえ! 延髄蹴り!」

「ぐはっ!」  


 アイリンが加速し、華麗な跳躍から延髄蹴りを炸裂させた瞬間、彼女の心は勝利を確信していた。ベックの首に直撃し、彼の体がぐらりと揺れる。その瞳には敗北の色が浮かび、意識が遠のいていくのを感じていた。


「こ、この俺が……負けるとは……後楽園……襲撃しなければ……良かった……」  


 ベックが悔恨の言葉を呟き、前のめりに倒れた時、彼の心は後悔と虚無に支配されていた。戦闘不能となり、光の粒となって消滅。リングマットに金貨が散乱し、アイリンは勝利の余韻に浸りながらも、次の戦いへの覚悟を新たにしていた。


「残るはマキシのみよ! 零夜、後は頼むわ!」

「分かった! アイリンたちは奴隷たちの救出を頼む!」

「任せて! この基地にベティとメディがいるか確認しないと!」  


 アイリンがリングを降り、尻尾を揺らしながら奴隷救出へ急ぐ時、彼女の心には仲間への強い想いが溢れていた。基地にベティとメディが囚われている可能性を胸に、使命感が彼女を突き動かしていた。


「私もアイリンが心配だから、すぐに彼女の手伝いに向かうわ!」

「頼んだぞ!」


 ベルは力強い足音を響かせながら、迷いなくアイリンを追った。彼女の心には仲間への揺るぎない信頼と、奴隷を早く助ける気持ちが強く輝いているのだ。

 一方、倫子、日和、そしてヤツフサの二人と一匹はリング下に残り、零夜の戦いを見守ることにした。誰もが皆、零夜の勝利を心から信じているのだ。  

 零夜がリングに飛び込むと、その動きには迷いがなかった。マキシと対峙する彼の背中からは、後楽園の因縁に終止符を打つ決意が滲み出ている。しかし、心の奥底では油断が命取りになることを知る冷静さも共存していた。戦いの火蓋が切られると、空気が一瞬にして張り詰めた。


「とうとうこの時が来ましたね……ですが、甘く見ない方が良いですよ?」

「どういう事だ?」

「奥の手を使わせて貰います。禁忌発動!」  


 マキシの声が響き渡った瞬間、彼の身体に異変が起きた。禁忌の魔術が解き放たれ、細身だった体がみるみるうちに膨張していく。筋肉が異様なまでに隆起し、赤黒の装束が耐えきれずに裂け、パンツ一丁の姿が露わになった。プロレスラーらしい外見へと変貌したマキシだが、その強化がドーピングによるものだと誰もが気付いていた。

 倫子と日和は驚きを隠せず、ヤツフサは真剣な表情でマキシを睨みつける。配信視聴者からはスポーツマンシップを無視した行為へのブーイングが沸き上がり、その怒りの声がリングにまで届く。


「勝つ為なら手段を選ばない……いくら何でもこれは流石にどうかと思うな。だが、相手については強い方が面白いからな!」


 零夜の言葉には苛立ちが滲みつつも、戦いへの昂揚が抑えきれなかった。敵が強ければ強いほど燃える彼の性分が、内心の葛藤を押し退ける。


「そうですか。では、楽に死なせてあげましょう。あなたはここで終わりですので」

「やれる物ならやってみろ!」


 マキシの冷徹な声には、勝利への確信と零夜への軽蔑。零夜の叫びは挑戦そのものであり、恐怖や躊躇を振り払う決意の表れだった。

 リング上では、零夜とマキシの戦いが本格的に始まった。倫子は固唾を呑みながら、零夜の無事を祈る気持ちを抑えきれず、日和は手に汗を握り、ヤツフサは静かに戦いの行方を見据えている。後楽園の因縁が終盤へと突入し、その結末はまだ誰も予想できない。戦いの先に何が待っているのか――それは、リングの上で全てを賭けた二人にしか分からないだろう。

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