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第33話 Gブロックボスのバンドー

 零夜たちはGブロック基地の中を走りながら、奴隷たちがいる部屋へと急いだ。扉を開けると、そこにはアイリンとベルが奴隷たちの世話をしている姿があった。

 アイリンはキョロキョロと周囲を見回しながら、奴隷たちにパンと牛乳を配り終えていた。一方のベルは、大きな角と筋骨隆々の体を活かして、基地にある重い物資を運びつつ、優しく彼女たちに声をかけていた。

 奴隷は全部で三十人ほど。人間、エルフ、獣人など、様々な種族が混在している。彼女たちの疲れ切った表情が浮かび上がっていて、辛い経験をしたに違いない。


「あっ、皆! 奴隷に関しては全員救出したわ!」

「彼女たちについては全員健康で問題ないわ。病気もないみたい」

「良かった……」


 アイリンの笑顔での報告と、ベルの穏やかな補足を聞いた零夜たちは、安堵のため息をつく。もしそうでなかったら、病気や怪我の対処に追われ、二人の手には負えなかったかもしれない。アイリンは内心ホッとしていても、ツンと尖った態度で隠してしまうタイプだ。

 すると、奴隷の一人である人間の女性が、零夜たちに一礼してきた。


「ありがとうございます。私達はマキシによって襲撃を受けてしまい、囚われた直後にバンドーの奴隷とされていました」

「囚人と同じ生活なので大丈夫でしたが、夜になると私達の身体を弄ばれて……うう……」


 奴隷たちは夜の記憶を思い出したのか、ヒックヒックと泣き出してしまった。その様子からは、どれほど辛い経験だったかが伝わってくる。話には気になる点もあるが、今はバンドーを倒すことが最優先だ。


「奴隷紋とかは付いていないのか?」

「ええ。奴隷契約はしていないので、捕虜の扱いとなっています」


 女性は手の甲を見せ、奴隷紋がないことを証明した。他の奴隷たちも同様で、これならすぐに脱出が可能。零夜たちは心の中で安堵しているが、その場から移動しなければバンドーが黙っていられない。


「何れにしてもバンドーとは戦わなければならなくなるが、まずは奴隷達を連れて全員離脱した方が良いな」


 ヤツフサが鋭い眼光でそう吠えると、零夜たちは奴隷たちに視線を移した。彼女たちは武器も能力もない非戦闘員。ここで無理をさせるより、離脱が賢明と言えるだろう。


「そうですね。貴方方はここから離脱した方が良い。兵士達は既に全滅しているから、急いでこの場から逃げてくれ」

「ありがとうございます。では、失礼させて貰います」


 零夜の指示に奴隷たちは一礼し、急いで部屋を出て基地の出口へと向かい始めた。それを見送るアイリンは、耳をピクンと動かしつつ、目には涙を浮かべながら寂しそうな表情を浮かべていた。それに気づいた倫子が、心配そうに声をかける。


「その様子だと、ベティとメディは見つけられなかったみたいね」

「ええ……折角会えると思っていたのに……何処にいるのよ……ヒッ……ヒッ……」


 アイリンは我慢しきれず、猫のような高い声でヒックヒックと泣き出した。かつての仲間が悪鬼に囚われ、少しでも希望があればと信じていたのに、Gブロック基地にその姿はなかった。当然泣くのも無理はない。

 日和がそっと近づきながらアイリンを抱きしめ、背中を優しくポンポンと叩く。


「大丈夫。きっと見つかるから。ね?」

「ううーっ……」


 アイリンが泣き止むには時間がかかりそうだったが、時間は待ってくれない。バンドーがいる限り、この戦いは終わらないからだ。

 ヤツフサが低い唸り声を上げ、鋭い目で一行を見据えた。


「ともかくバンドーを倒さなければ、任務完了とは言えない。アイリンが泣き止み次第行動を実行する。」


 その指示に零夜たちは真剣な表情で頷き、真剣な表情で前を向く。敵はそう簡単に待ってくれず、次の手を使ってくる。何れにしても気を引き締めて行動する必要があるのだ。

 アイリンが涙を拭い、鼻をすすったのは数分後のことだった。


 ※


 三階のボスの部屋に辿り着いた零夜たちは、息を整えながら前を見据えた。目の前の重厚な扉の先には、Gブロックの支配者バンドーが待ち構えている。空気が張り詰めて緊迫の展開となっているが、ここで立ち止まる理由にはいかない。


「いよいよバンドーとのご対面か。今から扉を開けます!」


 零夜が一歩前に出て、扉をゆっくりと押し開ける。軋む音が響き、部屋の中が徐々に姿を現した。そこには中年の男が椅子に腰掛けていた。かつての貴族らしい豪奢な服に身を包み、豚のように丸々と太った体型。頭はてっぺんがツルツルで、脂ぎった顔に薄ら笑いを浮かべている。眼光だけは鋭く、侮れない雰囲気を漂わせていた。

 部屋には異様な緊張感が漂い、壁に吊るされた鎖や鞭が不気味に揺れている。零夜たちは内心ビビりそうになるが、今は目の前の敵に集中あるのみだ。


「よくここまで来たな。わしの邪魔をする気なのか?」

「当たり前だ。バンドー、アンタが後楽園襲撃の黒幕の様だな。どうしてこんな事をしたのか教えて貰おう!」


 零夜は鋭くバンドーを睨みつけ、倫子と日和も頷いて続く。後楽園襲撃の理由が明確でないなら、こんな惨劇を起こす必要はなかったはずだ。

 バンドーはフンと鼻を鳴らし、真剣な表情で口を開いた。いずれ伝えようと最初から決めているのだろう。


「タマズサ様からの命令だ」

「タマズサ……じゃあ、まさかあなたはその命令通りにやっていたという事なの!?」


 その答えに零夜たちは驚愕し、アイリンが猫耳をピンと立てて叫ぶ。バンドーは頷き、ゆっくりと椅子から立ち上がった。すると椅子が煙のように消え、部屋はがらんとした空間に変わる。緊迫感がさらに増す中、バンドーは説明を続ける。


「そうだ。わしはかつて貴族だった。しかし悪事を繰り返した挙句、貴族の権利を剥奪されて牢獄行きとなった。そこでタマズサ様と出会い、今に至る」


 バンドーは過去を語り始めた。それは紛れもない真実で、零夜たちは耳を傾ける。

 彼は元悪徳貴族として贅沢な暮らしを送っていたが、裏で手を汚した悪事が露見。貴族の地位を失い、牢獄に送られた。そこでタマズサと出会い、彼女に忠誠を誓うことで新たな力を得て脱獄。悪鬼の一員となり、今に至るのだ。


「タマズサ様に拾われなかったら、わしは牢獄暮らしのままだった。そして彼女に恩を返す為なら、どんな事でもやり遂げる覚悟だ。邪魔をするなら容赦せぬ!」


 バンドーが右手に鞭を握り、床をバチンと叩くと、衝撃波が部屋を震わせた。彼の忠誠心は本物で、ここで退くつもりはないらしい。目には狂気すら宿り、霧の中で異様な存在感を放っていた。


「奴は本気でタマズサに忠誠を誓っているのか……なら、俺達はお前を始末する!」

「後楽園で殺された皆の仇……必ず取るから!」

「私達は絶対に負けられない!」

「アンタは絶対に倒すわ! 行くわよ!」

「これ以上好き勝手にはさせないから!」


 零夜、倫子、日和、アイリン、ベルがそれぞれ武器を構え、一斉に戦闘態勢に入る。部屋は更に緊迫感に包まれ、近づけば火傷してしまうほどの熱気を帯びていた。

 後楽園の惨劇、奴隷たちの悲しみ、ベルの家族など多くの命を奪った報いを受けさせるため、この戦いは絶対に負けられない。

 さらにこれは八犬士としての試練でもある。失敗すれば、その名を剥奪されるかもしれない。プレッシャーが重くのしかかるが、目の前の敵に集中すれば必ず勝てるはずだ。


(この戦いはタマズサを倒す試練だけでなく、多くの悲しみによる怒りをどうぶつけるかだ。八犬士達よ、お前達の力を見せてもらうぞ!)


 ヤツフサが鋭い目で一行を見据えると同時に、零夜たちは一斉に駆け出し、バンドーへと突進する。同時にGブロック基地での最終決戦が幕を開け、両者が激しくぶつかり合う音が響き渡った。

 この戦いの先に、タマズサへの道が開かれるのか、それとも新たな試練が待っているのか――。

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