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第34話 バンドーの恐怖

 零夜たちとバンドーの戦いが火蓋を切った瞬間、戦場となる部屋は一気に灼熱の嵐と化した。衝撃波が壁を震わせ、床に微細な亀裂を走らせながら、戦いは開始早々壮絶な様相を呈していた。零夜たちはバンドーが振り回す長い鞭の攻撃を紙一重でかわしつつ、鋭い反撃を繰り出す。小太りな体躯からは想像もつかない力強い鞭の軌跡が空を裂き、戦場の緊張感がさらに高まった。

 零夜は腰に差した忍者刀の柄に嵌め込まれたオーブに小さな豆電球を押し込む。瞬間、刀身が眩い黄色に輝き、バチバチと電流が迸った。これが彼の切り札、雷属性の武器「雷光刀(らいこうとう)」だ。刀身からほとばしる雷光が部屋を照らし、雷鳴が轟き、部屋の空気を切り裂いた。


「そのまま一気に攻める! 雷光斬撃(らいこうざんげき)!」

「ぐおっ!」


 零夜が跳躍し、雷と光を纏った斬撃をバンドーに叩き込む。雷鳴と共に炸裂する一撃は、天空から落ちる雷霆が大地を両断するかのような威力だ。光属性が弱点のバンドーに直撃し、小太りな体が脂汗を滴らせながら大きくよろめく。つまり効果抜群だ。


「これで決まったか……!」


 零夜は一瞬そう思ったが、そう簡単に終わる相手ではなかった。


「ふっ……中々やりおるな」

「な!? 平然と立っているだと!?」


 驚くべきことに、致命傷を負ったはずのバンドーが何事もなかったかのように立ち上がる。脂ぎった顔に浮かぶ不敵な笑み、ツルッパゲの頭が薄暗い光を反射し、禍々しい雰囲気を放つ。さらに、彼の身体に刻まれた傷がみるみる癒えていく。まるで時間が巻き戻ったかのように、ダメージが一瞬で消え去った。

 この光景を見た零夜は冷や汗を流しながら、信じられない表情をしてしまう。まさかこの様な想定外の事態となるとは思わなかったのだろう。


「傷が自動的に回復するなんて……もしかすると何か裏があるんじゃ……」

「その可能性もあり得るかもね。何処かに仕掛けがある筈よ」


 日和が目を丸くして驚愕する一方、アイリンは鋭い爪を光らせ、しなやかな動きでバンドーを睨む。ツンデレな口調とは裏腹に、真剣な表情で尻尾がピンと立っていた。彼女の鋭い勘が告げていた――バンドーを不自然に強化するアイテムが、この戦場に隠されているに違いない、と。


「それよりもまずはあの鞭をどうにかしないと! お願い、リザードマン!」

「心得た!」


 倫子が腕のバングルからスピリットを放出し、リザードマンを召喚する。緑色の鱗に覆われた屈強な戦士が轟音と共に現れ、鋭い槍を構えて戦場に躍り出た。バンドーはその姿を見てニヤリと笑い、小太りな体を揺らしながら鞭を振り上げる。


「貴様が来ても、このわしには勝てない! そこだ!」

「おっと! こんな攻撃はお見通しだ!」


 鞭が空を切り裂く轟音が響き、部屋全体が震える中、リザードマンは驚異的な敏捷性で攻撃を回避。鱗が擦れ合う音と共に、風のように鞭の間をすり抜ける。その動きは優雅でありながら致命的で、霧の中で舞う死神のようだった。


「ベル! あの鞭を斬り裂いて!」

「任せて! 疾風斬(しっぷうざん)!」


 倫子の号令に、ベルが雄叫びを上げて突進する。お母さん的存在らしい包容力とは裏腹に、驚異的な速さで跳び上がる。振り下ろされたロングアックスが鞭を直撃し、鋭い刃が鞭をズタズタに切り裂いた。破片が床に散乱し、光の粒となって消滅する。


「わしの鞭が……こんな斬撃で破壊されるとは……」


 バンドーが震える手で床を見つめる。元貴族のプライドが砕かれ、脂汗が額から滴り落ち、ツルッパゲの頭が不気味に光っていた。すると零夜が駆け出しながら跳躍し、空中で身体を回転させながら攻撃を仕掛けてきた。


「こいつを喰らえ! 風神旋風脚(ふうじんせんぷうきゃく)!」

「ぐほっ!」


 回転する零夜の蹴りがバンドーの側頭部に炸裂。衝撃波が部屋を揺らし、小太りな体が吹き飛び、床を転がりながら壁に激突。ピクピクと痙攣する姿は、まるで倒れた巨豚が最後の息を吐くようだった。


「なんとかダメージを与えたが、奴はまだ起きるだろう。強化する物が分からない限りは、この戦いは終わりそうにないからな」

「確かにそうね。油断せずに気を引き締めないと!」


 ヤツフサが低い唸り声を上げ、鋭い牙を剥きながら戦況を見極める。毛並みが逆立ち、小柄ながらも獰猛な気配が漂う。倫子たちも頷き合い、緊張感を保つ。バンドーの強化アイテムが未発見のままでは、彼を完全に倒すことは不可能だ。


「倒れている内に調べておいた方が……あっ、起きるわ!」

「嘘だろ!? まだ戦えるのか!?」

(化け物としか思えないな)


 アイリンが猫耳をピクッと動かし、驚愕の声を上げると、バンドーが勢いよく跳ね起きた。跳躍して着地する姿は不死身の怪物そのもの。小太りな体が地面を揺らしつつ、真剣な表情でギロリと睨みつけていく。その姿に零夜たちが目を剥く中、ヤツフサは心の中で冷ややかに呟いた。

 Gブロック隊長としての意地か、それとも何か別の力か――いずれにせよ、長期戦の覚悟が必要だった。


「よくもやってくれたな……このわしを追い詰めた以上、更にギアを上げるとしよう。次はコイツを喰らえ!」

「な!?」


 バンドーが両手を広げると、床から無数の黒い紐が蛇の如く這い出し、邪悪な意志を持つかのように蠢く。

 その紐は日和に襲いかかるが、零夜が瞬時に彼女を庇って雷光刀で斬り裂く。斬り裂かれた紐は光の粒に変わり、そのまま溶けて消えてしまった。


「零夜君、ありがとう!」

「いえいえ。しかしこの黒い紐は油断できません。回避しながら攻めるしか方法は無いです!」

「なるほど……って、しまった! キャッ!」


 零夜の指示が飛んだ瞬間、黒い紐がアイリンの両足首を絡め取った。彼女はそのまま引っ張られ、逆さ宙吊りにされてしまう。しなやかな体が無様に揺れる姿は、哀れとしか思えない。


「アイリン!」

「ちょっと! 何するのよ! 離しなさい!」


 日和が叫ぶ中、アイリンはツンデレらしく顔を真っ赤にしてジタバタ。鋭い爪で抵抗するが、紐の締め付けは強力で切り裂けない。そこにバンドーが近づき、ニヤニヤしながら手をクネクネさせる。恐らく下卑な考えをしているに違いない。


「さて、お約束の身体触りと行こうか。まずは服を脱がせるから覚悟しておくように」

「ひっ!」


 アイリンが恐怖で涙目になり、猫耳がぺたんと下がる。いつものツンデレが消えてしまい、屈辱と羞恥の恐怖にガタガタと震えてしまう。今の彼女は只のか弱き子猫としか思えないだろう。


「そうはさせない!」


 日和が急いでアイリンの救出に向かって飛び出すが、黒い紐が再び襲いかかり、彼女も宙吊りにされてしまった。同時に身体も紐で締め付けられてしまう。


「うあ……!」

「日和! キャッ!」

「ベル!」


 ベルが救援に動くが、同様に捕まって宙づりにされる。胸が大きいのでユサユサと揺れる姿が強調され、戦場の緊迫感に不釣り合いな光景が生まれた。それを見た倫子が急いでベルたちを助けに向かうが、なぜか紐は彼女には襲いかからなかった。


(私が通ると穴から紐が出てきてない……一体どういう事なん?)


 倫子が疑問を抱く中、バンドーがアイリンのチャイナ服に手を伸ばす。悪徳貴族らしい下卑た笑みを浮かべ、欲望に満ちた動きを見せる。


「さあ、服を脱ぎましょうか」

「止めて! 服は脱がさないで!」


 不敵に笑うバンドーに対し、アイリンが涙目で叫ぶ。このまま脱がされてしまえば、とんでもない事になるのは確定だろう。

 このまま脱がされるとアイリンが心から思ったその瞬間、倫子が駆け出しながら動いた。


「そうはさせるか! はっ!」

「うぐ……」


 倫子が跳躍し、渾身の蹴りをバンドーの側頭部に叩き込む。重い一撃が彼の脳を揺らし、呻きながらよろめく。だがバンドーはすぐに体勢を整え、アイリンを諦めて日和に標的を移す。それを見た倫子が彼の顔を掴み、強引にこちらを向かせた。


「ちょっと待て。なんでウチだけ紐が出ないのかな? おかしいでしょ?」


 額に青筋を浮かべ、笑ってない笑顔で睨む倫子。それにも関わらずバンドーは真顔で答えた。


「いや……アンタ三十代以上だし、顔がブスだから」

「「「!?」」」

「「「?」」」


 その言葉に零夜、日和、リザードマンが絶句し、恐怖の表情を浮かべる。アイリンとベル、ヤツフサは首を傾げる中、零夜がポツリと呟く。


「あいつ、倫子さんに対して禁句を……」


 すると倫子の背中から漆黒の怒りのオーラが噴出し、戦闘力が限界を超えた。禁句を言われた怒りは凄まじく、近づくだけで死を覚悟するほどの殺気を放つ。

 倫子は強く気高く美しくの三拍子揃っているが、彼女にブスと言えば激怒してしまう。禁句を言った張本人には気の毒だが、自業自得としか言えない。


「誰がブスじゃ!!」

「ゲボら!!」

(やっぱりか……)


 当然倫子の怒りの拳がバンドーの顔面を直撃し、彼は当然仰向けに倒されてしまう。倫子はバンドーの指輪を奪い取り、床に叩きつけて粉砕した。指輪が砕け散る音が部屋に響き渡り、その破片がキラキラと輝いている。


「わしの指輪が! 魔力増幅の指輪が!」

「指輪? という事は……」


 バンドーの叫びに零夜が気付き、アイリンたちに視線を移す。黒い紐が光の粒となって消滅し、彼女たちは勢いよく落下してしまう。


「「「きゃああああ!!」」」

「そうはさせるか!」


 零夜が雷光刀をスピリットに変化させ、素早い動きでアイリンたちをキャッチしながら救出した。もし一瞬でも遅れていたら、落下の衝撃で重傷を負っていただろう。


「ありがとう、零夜君! また助けられちゃったね」

「ありがとね。これは借りとして受け取っておくわ」

「感謝しているわ。よしよし」


 日和、アイリン、ベルが零夜に感謝を述べるが、日和は満面の笑み、アイリンは当然ツンデレの対応、ベルは母親らしく零夜を抱き締めながら彼の頭を撫でていた。お礼の内容は人それぞれだが、感謝している気持ちは同じと言えるのだ。

 倫子たちも集まった直後、全員がバンドーに視線を移す。指輪が破壊された今が反撃の好機だ。


「さあ、仕掛けも分かった以上、ここからは俺達の反撃だ。好き勝手した罪、覚悟しろよ?」


 零夜がバンドーを真剣な眼差しで睨み、反撃の幕が上がった。部屋の明かりが全体を照らし出し、最後の決戦が始まる予感が漂っていた。

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