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第37話 一つの因縁の終わり

 零夜たちはアイアンダークゴーレムの弱体化と大ダメージを与えることに成功し、その凶悪な巨体を片膝をつかせて追い詰めていた。漆黒の鋼鉄に覆われた怪物は、咆哮を上げながらもその場に蹲り、荒々しい息をついている。今このまま攻め込めば、勝利を確実にする決定的な瞬間が訪れるだろう。戦場の空には太陽が輝き、希望の光が彼らを照らしていた。

 アイリンは左手首のバングルに嵌め込まれたオーブに、炎の素材であるマッチを浸透させた。すると両手首のバングルが一瞬にして赤熱し、炎を纏ったガントレットへと変形する。これこそが炎属性の武器「バーニングナックル」だ。彼女の猫のような瞳が鋭く光り、口元に皮肉げな笑みが浮かんだ。その笑みには勝利への確信が宿っていた。


「散々好き勝手した以上、一気に攻めさせてもらうわ! 炎龍連撃打えんりゅうれんげきだ!」


 アイリンは俊敏な動きで跳び上がり、炎を纏った拳を連続で叩き込んだ。轟音とともに火花が散り、アイアンダークゴーレムの鋼鉄の身体が赤く熱を帯びていく。怪物は苦悶の咆哮を上げ、熱で歪んだ装甲が軋む音が戦場に響き渡った。炎の勢いが風を巻き起こし、仲間たちにさらなる闘志を呼び起こす。


「日和、準備はいい?」

「任せて! アクアキャノン!」


 アイリンの合図で日和がウィンクしたと同時に、彼女の相棒であるアクアイーグルの銃口から、清冽な水流を魔法弾として放った。水流は鋭い刃のようにアイアンダークゴーレムを切り裂き、熱された装甲が冷やされる衝撃でひび割れを生み出す。防御力が極限まで落ち、鋼鉄の巨体に弱点が露わになり始めていた。水しぶきが虹を描き、戦場に一瞬の美しさを添えている。それを見た零夜たちは見事だと心から思っているが、直ぐに気を引き締めて敵に視線を移していた。


「鉄ならこいつだな! 火薬玉連発!」


 零夜は腰の袋から火薬玉を次々と取り出し、素早く投げつけた。連続する爆発音とともに弱った装甲が吹き飛び、空洞となった内部が剥き出しになる。アイアンダークゴーレムはよろめき、動きが鈍くなった。その隙を倫子が見逃すはずもなかった。彼女の目が輝き、勝利への一歩を確信しようとしている。


「チャンスは見逃さない! ここはこの武器を使って終わらせる!」


 倫子が両手を広げると、空から巨大なハンマーが召喚され、彼女の手元に収まった。重厚な見た目に反し、彼女の腕力に合わせて設計されたその武器は、振り下ろすたびに大地を震わせるほどの威力を持つ。倫子がハンマーを構えると、すぐそばでベルが動き出した。ベルは優しげな笑みを浮かべつつも、戦士としての威圧感を放ちながらハンマーを握った。


「私も行くわ! 二人揃ってハンマー攻撃で倒しましょう!」

「ええ! 二人ならやれるかもね!」


 ベルが倫子に呼びかけると、彼女も力強く頷き返した。二人は息を合わせて跳躍し、全身の力を込めてハンマーを振り下ろす。後楽園の皆の分、ベルの家族の仇を取る為だけでなく、二つの因縁を確実に終わらせる為にも、チャンスは今しかないと決意しているのだ。


「「ダブルハンマークラッシュ!」」

「グボァッ!」


 轟音とともに、二つのハンマーがアイアンダークゴーレムの頭部に直撃した。鋼鉄の頭蓋が砕け散り、衝撃波が周囲の地面を抉る。巨体は大きく揺らぎ、膝を折って前のめりに倒れ込む。零夜たちは息を呑みながら見守っていたが、起き上がる可能性もあるので警戒心を高めているのだ。


「今の一撃は効いたけど、どうなったのかしら……」

「さあ……」

「またパワーアップして強くなるんじゃ……」


 恐る恐る見守る一同の前で、アイアンダークゴーレムの身体が崩れ落ちて塵と化した。そこにはボロボロのバンドーが倒れていて、彼の小太りの体には汗と脂がにじみ出ている。さらに禿げ上がった頭が陽光に鈍く光っていて、身体全体は傷だらけとなっている。まだ息はしていたが、その目には敗北の色が濃く浮かんでいる。自ら負けを自覚しているのだろう。


「バンドーが……ボロボロになっている……」

「こ、このわしが……何故……こんな事に……」


 バンドーは悔しげに呻きながら、丸々と太った傷だらけの身体を必死に起こそうとするが、ダメージが深すぎて動けない。そこへ零夜が忍び寄り、忍者刀の切っ先を彼の喉元に突きつけた。零夜の目は怒りに燃え、殺意すら感じさせる鋭さがあった。


「お前が俺達の世界に侵攻し、後楽園の観客達を殺した。それが最大の敗因だ!」

「そうか……わしは……愚かな事をしてしまった……申し訳ございません……タマ……ズサ……様……」


 零夜から敗因を告げられたバンドーは、最期に悔悟の言葉を漏らし、光の粒となって消滅した。その跡には金貨が山と積まれ、風にそよぐ音が爽やかな勝利の余韻を運んできた。


「これで俺達の因縁は終わったか……仇は取ったぜ、皆!」


 零夜は空を見上げ、雲一つない青空に復讐の終わりを感じた。穏やかな風が彼の頬を撫で、死者たちへの供養が果たされた安堵が胸に広がる。倫子と日和は涙を堪えきれず、ヒックヒックと泣きながら彼に駆け寄った。


「「零夜君!」」


 二人は零夜に抱きつき、抑えていた感情を全て吐き出すように大泣きした。復讐の終わりがもたらした解放感はあまりにも大きく、涙が止まらない。零夜は優しく二人を抱きしめ、温もりを分かち合った。仲間たちの絆が、この勝利をより輝かしいものにしていた。


「暫くはそのままにしておこう。我々が邪魔する理由にはいかないからな」

「そうね。私達が邪魔したらまずいし、落ち着くまで待機しないと」


 ヤツフサとベルが静かに見守る中、戦場には穏やかな時間が流れ始めた。するとゴーレムが光り輝き、新たな姿へと変わり始める。石から鋼鉄へと変わったその姿は、力強さと優しさを兼ね備えていた。


「おい、ゴーレムがアイアンゴーレムに進化したぞ!」

「マジか! 凄い身体しているじゃねーか!」

「いや、大した事じゃ……」


 アイアンゴーレムは照れ臭そうに頭をかきつつ、ゴブリンたちに褒められる。それをアイリンは微笑ましく見つめていた。すると彼女は背を向けた瞬間、俯きながら拳を強く握りしめた。ベティとメディを見つけられなかった悔しさが、彼女の心に重くのしかかっているのだろう。


(二人共、今何処にいるの……? 早く会いたいよ……)


 アイリンの猫耳が小さく揺れ、瞳には涙が浮かんでいた。募る「会いたい」という想いはあまりに強く、彼女が涙をこぼしてしまうのも、もはや時間の問題だった。

だが、この時の彼女はまだ知らなかった。この先に待ち受ける予想外の悲劇が、彼女の運命を大きく揺さぶることを……。


 ※


「なんだと!? Gブロック基地が壊滅した!?」


 悪鬼の本拠地の中庭は、薄暗い霧と血の臭いに包まれていた。そこに立つゴブゾウは、部下の報告に驚愕を隠せない。鋭い目つきで周囲を見渡し、緊迫感がその場を支配する。


「はい! あの四人の八犬士は見事な策略で、バンドー様を倒したとの事。更に後楽園の恨みが力になっていましたので」

「なるほど。奴が後楽園に向かわなければ、その結末は変わっていただろうな……」


 ゴブゾウは納得しつつも、己の敗北感を抑えきれなかった。女神フセヒメが魔王タマズサを倒すため新たに集めた八犬士。そのうち四人がわずか三週間でGブロックを壊滅させた事実は、彼にとって衝撃だった。


「そうなる為にも各隊長に警戒しろと伝えた。恐らく奴等はAからFブロックにも向かおうとしているだろう」

「分かりました。引き続き任務に戻ります!」


 ゴブゾウは先手を打った自分を評価しつつ、零夜たちの次の動きを予測する。他の基地の敵はバンドーを超える強さを持ち、彼らを苦しめるだろう。部下が一礼して去ると、ゴブゾウは空を見上げた。


(新たなる八犬士か……いずれ戦う時が来るだろう。だが、今はまだその時ではない)


 彼は心の中でそう呟き、タマズサの部屋へと歩を進める。八犬士たちの勝利は、彼に新たな覚悟を植え付けていた。

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