「落ち着きました?」
「うん……」
「なんとか……」
基地の壊滅から数分後、倫子と日和はようやく泣き止んでいた。赤く腫れた目と頬に残る涙の跡が、後楽園での復讐の激しさを物語っている。二人が大泣きしたのも無理はないだろう——あまりにも多くのものを失い、取り戻した代償が重すぎたのだ。
ちなみにモンスターたちはそれぞれのバングルの中に帰還し、静寂が辺りを包んでいた。
「奴隷については安全な場所に避難させたし、残る問題はあの荷物ね。どうにかして運ばないと」
アイリンが鋭い猫耳をピクンと立て、視線を向けた先には、Gブロック基地の瓦礫の中から掘り出された財宝と食料が山積みにされていた。
悪鬼は幾多の村を襲い、略奪した財宝と食料を積み上げながら滅ぼしてきた。その爪痕は深く、犠牲者の数は数え切れない。救出した奴隷のほとんどが、そんな村々の生き残りだった。
「とりあえずはモンスターの力を借りて、それらを運ぶしかないみたいね」
「そうね。じゃあ……」
ベルが母親のような優しさと落ち着きで提案し、倫子が同意しながら言葉を続けようとしたその瞬間——
「ふーん……まさかGブロック基地のバンドーを倒すなんてね……」
「ん? その声……」
アイリンが猫耳をピクピク動かし、鋭い爪を無意識に立てながら声の方向を振り返る。そこには、悪鬼に囚われていたはずのベティとメディが立っていた。
ベティは赤いポニーテールを揺らし、魔女の帽子と魔術師のマントを羽織り、体のラインを強調する赤いボディコンスカートをまとっている。メディは白いロングヘアに僧侶の服と帽子を身に着け、穏やかそうな外見とは裏腹に冷たい空気を漂わせていた。
その姿を見たアイリンは、猫の毛が逆立つような衝撃に耐えきれず、瞳に涙を浮かべながら叫んだ。ようやく会えた事をずっと待ち望んでいたのだろう。
「ベティ……メディ……!」
アイリンが駆け寄ろうとした瞬間、ベティが杖を構え、冷酷な笑みを浮かべて光弾を放つ構えを見せる。それを察した零夜が危機感を覚え、素早く動く。ヤツフサも低く唸りながらアイリンの元へ飛び出した。
「危ない!」
「キャッ!」
零夜がアイリンを掴み、地面に押し倒すと同時に、ベティの杖から放たれた光弾が二人の頭上をかすめ、後方で爆発を起こして消えた。一瞬の遅れがあれば、アイリンは確実に直撃を受けていただろう。ヤツフサが鋭い牙を剥き、敵意をむき出しにベティを睨みつける。
「わ、悪い……」
「ううん、ありがとう……けど、助けてもらって嬉しい理由じゃないからね!」
零夜が申し訳なさそうに謝ると、アイリンは顔を真っ赤にして立ち上がり、ツンデレ全開でそっぽを向く。猫の尻尾がピンと立ち、気持ちとは裏腹に震えているのが見て取れた。素直になるのはまだ難しいようだ。
「それよりも……何故アイリンに攻撃を仕掛けた? 共に戦った仲間じゃないのか?」
「ベティ、どうしてこんな事を……?」
零夜がアイリンを抱き寄せ、真剣な眼差しでベティとメディを睨む。ヤツフサも低く唸りながら臨戦態勢を整える。共に戦った仲間が突然攻撃を仕掛けるのは異常事態だ。
アイリンは涙を堪えきれず、泣きそうな顔で二人を見つめるが、ベティとメディは冷酷な笑みを崩さない。その証拠に心の中ではどす黒い物が渦巻いているのだ。
「私たちはあなたの仲間じゃない……真の姿を見せてあげるわ!」
ベティが不気味な笑みを浮かべ、メディと共に服を脱ぎ捨てる。零夜たちは思わず目を閉じるが、再び目を開けたとき、二人の新たな姿が現れていた。
ベティは赤いへそ出しチューブトップとミニスカート、メディは黒いスポーツブラと青いデニムショートパンツ。挑発的な姿に誰もが息を呑むが、特に零夜は恥ずかしさのあまり、下を向きながら視線を合わせずにいたのだ。
「これが本来の姿……まさかあなたたち、悪鬼の戦士なの!?」
「そう。私とメディは悪鬼Aブロック基地の隊長として活動しているわ。二人一組でね」
「私とベティはかつて落ちこぼれでございましたが、タマズサ様との出会いによって今に至りました。彼女を裏切るなど、私には考えられません」
倫子が驚愕しながら問うと、ベティが堂々と答え、メディが敬語で補足した。タマズサへの忠誠は揺るぎなく、恩義を仇で返すことなどありえないのだ。
「嘘でしょ……まさかあなたたち……悪鬼の戦士なの……!?」
アイリンが涙を流し、信じられない表情で二人を見つめる。猫の爪が震え、かつての仲間が敵だと知った衝撃に頭が追いつかない。
「そうよ。私たちは別の地域のギルドでS級に上がれず、パーティーから追放されてギルドも退職した。そこでタマズサ様と出会い、今の私たちが生まれたの」
「一週間で実力が上がり、クローバールでS級ランクに到達いたしました。その時にアイリン様やゴドム様と出会い、S級パーティーが誕生したのです——全て計画通りでございました」
ベティが過去を明かし、メディが丁寧に補足すると、零夜たちは納得しながらも怒りを抑えきれなかった。アイリンのS級パーティー誕生の裏には、そんな冷酷な策略があったのだ。
「じゃあ、あなたたちが捕虜になっていたのは?」
「あれは演技よ。危険なパーティーを解散させるために仕組んだ罠。まずは正直うざかったゴドムを始末して、次はお前が標的だったの」
「突如現れた悪鬼のモンスターも私たちが出現させたものでございます。アイリンがいらっしゃったら作戦が台無しになりますし、正直、仲間などとは一度も思っておりませんでした」
ベティとメディの告白に、零夜たちは言葉を失う。パーティー解散の元凶が二人であり、アイリンやゴドムを仲間ではなく危険人物として排除する策略だったのだ。あまりの衝撃的な展開で、誰も思考が追いついていなかった。
「そんな……! 今まで一緒に過ごしたのは何の為に……!」
アイリンがショックのあまり泣き崩れ、零夜が彼女を強く抱き締める。猫耳が折れ、尻尾が力なく垂れ下がる。裏切りの衝撃は深く、心に大きな傷を刻んだ。
「お前……アイリンの事を仲間と思っていなかったのかよ……本当に……巫山戯るなァァァァァ!!」
零夜が怒りを爆発させ、ヤツフサが吠えながら飛びかかろうとする。倫子と日和も怒りの表情で戦闘態勢に入り、ベルが母親のような眼差しでアイリンを庇いつつ、格闘技の構えを取る。アイリンを裏切った罪はとても重く、泣かせてしまった怒りが心の中で渦巻いている。だが、ベティとメディは余裕の笑みを浮かべ、踵を返して立ち去ろうとしていた。
「あなたたちとの決着はまだ先よ。Aブロック基地で待ってるわ」
「その前にFブロック以上の基地を倒せるかどうかでございますね。まあ、せいぜい足掻いてみてくださいませ」
ベティが邪悪な笑みを浮かべ、メディが丁寧に締めくくると、足元に魔法陣を展開して転移する。Aブロック基地へ帰還した二人を残し、呆然とする零夜たちだけがその場に取り残された。
(アイリン……お前は一人じゃない。俺たちが側にいる。だから、今は思いっきり気の済むまで泣いてくれ……でも、ここで終わるわけにはいかないんだ!)
零夜は心の中で真剣に呟き、泣きじゃくるアイリンの頭を優しく撫でながらも、ベティとメディが消えた場所へと向ける。倫子、日和、ベルもアイリンを囲みつつ、次の戦いへの覚悟を固めた。
復讐が終わりを迎えたはずだったが、アイリンの新たな因縁が絡み合い、八犬士たちの戦いは予想外の新章へと突入しようとしていた——その先に何が待つのか、誰も知らないままに。