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第39話 アイリンの誓い

「さて、アイリンの涙も収まったし、財宝と食料をどうやってクローバールに運ぶかね」

「こうなるとアイアンゴーレムに頼んで運ぶしか無いみたいね……」


 アイリンの涙がようやく収まった後、日和たちは再び財宝と食料の運搬について考え始めた。アイリンはまだ鼻をすすりながら、耳をピクピク動かしていた。しかし涙は出ていないので、ツンとした表情で黙り込んでいる。彼女の気持ちを察しつつも、現時点ではゴーレムに頼る案しか浮かばない状況だ。

 すると、ヤツフサが毛深い尻尾を軽く振って零夜たちの前に進み出た。鋭い目つきで全員を一瞥すると、低く落ち着いた声で口を開く。


「その件だが、俺は転移術が使える。一度行った場所なら即座に移動できる」


 その言葉を聞いた瞬間、零夜たちは思わず盛大にずっこけてしまった。ベルは母親らしい穏やかな態度を保ちつつも、大きな手で口を押さえ、驚きを隠しきれなかった。小型フェンリルであるヤツフサがこんな便利な術を持っているとは予想外で、誰も想像せずにずっこけてしまうのも当然である。


「それなら早く言いなさいよ!」

「わざわざゴーレムを出す必要なかったじゃない……」


 アイリンは尻尾をピンと立て、お尻をスリスリと擦りながら涙目でヤツフサを睨みつける。そのツンデレらしい態度に、倫子は苦笑いを浮かべつつ冷や汗をかいた。確かに今回はヤツフサが黙っていたのが悪いが、彼に頼りすぎるのも考えものだ。


 ※


 その後、零夜たちは財宝と食料を荷台車に積み込み、ヤツフサの転移術でクローバールのギルド前へと帰還した。小型フェンリルの背中に乗せた荷物が光に包まれ、次の瞬間には全員がギルド前に立っている。ギルドの中に入ると、メリアと救出された奴隷たちが彼らの帰りを待っていた。誰もが零夜たちの事を心から心配していて、大人しく待たずにはいられなかったのだろう。


「お帰りなさい! 無事で何よりです!」


 メリアは全員が無事に帰ってきたことに安堵し、零夜たちも笑顔で応える。アイリンは少し照れくさそうに耳を伏せつつも、任務を果たした達成感に満足していた。


「Gブロック基地についてですが、壊滅に成功しました!」

「そうですか。では、今回のクエストはクリアとします!」


 零夜たちの報告を受けたメリアはカウンターに移動し、パソコンのキーボードを素早く叩いてクエスト完了の手続きを済ませた。すると報奨金が入った袋が零夜の手の上に現れ、彼らは目をパチクリさせて驚く。この様なシステムがあるとは予想外と感じているだろう。


「いきなり報奨金が手元に!?」

「はい! 今後はクエストをクリアすると、このように賞金が自動的に手元に渡ります!」


 メリアの説明に零夜たちが納得する中、彼女はさらなる朗報を告げた。悪鬼の基地討伐成功により、ギルドでのランクが上がるというのだ。


「それだけでなく、零夜さんと日和さんのランクも上がりました。CランクからBランクに昇格です!」

「Sランクまであと2回。それまでに頑張らないと!」


 零夜、倫子、日和のランクはBに昇格したが、Sランクまではあと2回。日和は早くSランクに到達するため、全力で頑張ることを決意した。零夜も真剣な表情で頷き、倫子は穏やかに微笑む。彼らの冒険はこれからであり、更なる進化が求められるだろう。


「奴隷たちについてですが、彼女たちは就職先が決まり次第、ギルドで保護することになりました」

「そうですか。それを聞いて安心しました」


 メリアが奴隷たちの現状を伝え、零夜たちは安堵の笑顔を浮かべた。Gブロック基地から脱出した奴隷たちは、同じギルドメンバーによって保護され、クローバールのギルドでメリアの手厚い管理下に置かれていた。彼女たちは大喜びで、もう飢える心配がないと安心しているだろう。


「あとはベルさんも冒険者に復帰ですね。これからよろしくお願いします!」

「こちらこそ!」


 ミノタウロスのベルは、母親らしい包容力溢れる笑顔で頷く。S級からの再スタートを切り、亡くなった家族の想いを胸に新たな一歩を踏み出す決意を固めていた。


「そして一番驚いたのは……ベティさんとメディさんが悪鬼の者だったなんて……私たちもショックを隠しきれませんでした……」


 メリアはベティとメディが悪鬼の者だったことに信じられない表情を見せ、声を震わせた。共に過ごした仲間が敵だったとは誰もが予想外で、ギルドメンバー全員が驚愕していた。

 モールはこの事態を重く受け止め、彼女たちのギルド名簿を抹消することを決定。悪鬼の者と判明した以上、容赦なく処分する覚悟を決めたのだ。


「一番ショックを受けたのは私よ……あの時ベティとメディをよく見ておけば、ゴドムは死なずに済んだ……後悔してもしきれないわ……」


 アイリンは悲しさに涙を流し、猫耳をぺたんと伏せた。日和が優しく彼女を抱き寄せ、頭をそっと撫でると、アイリンは少しだけ落ち着いた。本来なら喉を撫でればもっと喜ぶのだが、人前でそんなことをすればツンデレモードで怒られるため、日和は控える事を決意したのだ。


「そのゴドムってどんな人なのですか?」

「こちらです」


 零夜が尋ねると、メリアは壁にかけられたウインドウの画面を切り替えた。そこにはヘアバンドを付けた若い男性剣士が映し出される。年齢はアイリンと同じくらいで、凛々しい顔立ちだった。


「彼は元勇者パーティーの一人で、剣術も見事な実力を持っていました。しかし……ベティとメディが仕掛けた悪鬼のゴブリンたちによって、全身を切り刻まれて亡くなってしまったのです」

「あの元勇者パーティーのメンバーでも太刀打ちできないなんて……」

「ベティとメディが仕掛けたとなると、私たちしか倒せないみたいね……」


 メリアの説明に零夜たちは驚きを隠せず、悪鬼の恐ろしさを改めて実感した。Gブロック基地以上の悪鬼を倒せるのは、八犬士とサポーターのヤツフサ、ベルの九人と一匹、そして倫子のモンスターたちだけ。それ以外の者が挑めば返り討ちに遭い、残酷な結末を迎えるだろう。

 するとアイリンが日和から離れ、両手で涙をゴシゴシ拭き取って前を向く。猫の尻尾がピンと立ち、零夜たちに視線を移す。その様子だと吹っ切れた感じが強いだろう。


「もう大丈夫なの?」

「まだ割り切れない気持ちはあるけど……私には零夜たちがいるし、寂しくもないから大丈夫! ベティとメディは……私たちの手で倒しに行くわ!」


 日和が心配そうに声をかけると、アイリンは決意の表情で宣言した。いつもならツンツンした態度が垣間見えるが、今は素直な気持ちを吐露している。この様子だからこそ、アイリンが少しずつ成長している証拠だろう。


「どうやら心配はなさそうだな。俺たちの復讐は終わったが、全ての元凶であるタマズサを倒すと決意している。ここまで来た以上、最後まで諦めずに立ち向かうのみだ!」


 後楽園の復讐を終えた零夜も決意を固め、元凶であるタマズサを倒すことを心から決意。倫子、日和、アイリン、ベルも同意して頷き、決意の表情で前を向く。五人の団結が深い絆の証である以上、誰にも止めることは不可能であるのだ。


「それなら心配無用ですね。でもあまり無理はしないでくださいね。怪我されたら困りますから」

「分かってますよ……」


 メリアの笑顔での忠告に、零夜は少し俯きながら答えた。無理をするなというのは分かっているが、そうなれば強くなれないので複雑な気持ちになるのも仕方がない。

 倫子たちはこの様子を微笑みながら笑っていて、ヤツフサもメリアに同意しながらウンウンと頷く。


(アイリンについては問題ないが、ベティとメディは強力な敵だ。果たして彼らがどう対処するかだな)


 ヤツフサは心の中でそう思いながら、今後の戦いを予測していた。後楽園の因縁は終わったが、次の因縁であるベティとメディを倒すために動き出そうとしている。零夜たちの戦いは新たなステップを踏み出そうとしていたのだった。

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