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第40話 新しい我が家

 零夜たちがGブロック基地を破壊したニュースは、瞬く間にハルヴァスだけでなく地球にまで伝わり始めた。ハルヴァスの街角では酒場で杯を掲げる冒険者たちが、地球ではSNSで興奮した投稿が飛び交い、特に後楽園の生き残りの被害者たちは大いに盛り上がっていた。


「まさかあのサラリーマンの男がやってくれるとはな!」

「倫子さんと日和ちゃんも凄かったぞ!」

「俺はアイリンちゃん推し! ツンデレが可愛くて良いよな!」

「早く残りの八犬士たちも集めて、この世界にも来て欲しいぜ!」


 零夜たちへの期待の声は日に日に大きくなり、「この世界に来て欲しい」という願いはまるで熱狂的なファンの叫びのようだ。もし彼らが地球に戻れば、空港で出迎える群衆に埋もれて身動きが取れなくなるほどの歓迎を受けるだろう。


 ※


 零夜たちが家に戻ると、ベルはバングルから吸い込んだ家を召喚し、目の前にある家の隣にドカンと配置した。そして彼女は「特殊建築」というスキルを発動させ、魔法陣を地面に描きながら呪文を唱え始めた。


「じゃあ、始めるわね。フュージョンリフォーム!」


 ベルの魔術が発動すると、二つの家がまるで磁石に引き寄せられるように光に包まれ、融合を開始した。家の幅がグングン広がり、外壁がガタガタ震えながら一体化。内部では壁が動き、階段が伸び、まるで生き物のように変化していく。ベルは手際よく内装を設計し、木材や家具を魔法で浮かせて配置。誰もが「うわっ!」と声を漏らすほどの居心地の良い空間を作り上げていった。


「ベルって何でもできるのね……」

「頼りになる存在だし、私たちにはできない事をやってくれますね……」

「それに比べて私たちは……」

「落ち込むなよ……」


 この光景を見ていた倫子、日和、アイリンは目を丸くして驚きを隠せなかったが、同時に自分たちの出番がないことに気づき、膝を抱えてしょんぼり。アイリンは猫耳をぺたんと倒し、倫子と日和は遠い目をしてしまう。

 零夜はそんな三人を見て、少し困ったような笑みを浮かべながら慰めるが、どこか気まずそうだった。


 ※


 数分後、光が収まると外観はアイリンの家と同じになっていた。しかし内部はまるで別世界。広いキッチンにはピカピカの鍋が吊るされ、リビングにはふかふかのソファが鎮座。食糧保存庫には肉や果物が山積みで、2階には各自の個性的な部屋が並び、地下室にはトレーニングルームまで完備されていた。

 壁には魔法の照明が灯り、まるでファンタジー映画のセットのようだ。ここまで見事にリフォームされるとは、驚きを通り越して笑いがこみ上げるほどである。


「凄い……ここまで改造するなんて……」


 アイリンは自分たちが暮らしていた家が見違えるほど変わったことに目を輝かせ、新しい家の様子に興味津々。猫耳がピクピク動き、尻尾がパタパタ揺れる様子は、まるで新しいおもちゃを見つけた子猫のようだ。


「あっ、魚の缶詰!」

「それウチの!」


 アイリンがキッチンの棚を開けると、魚の缶詰が中には入っていた。それを見た彼女が目を輝かせて叫んだ瞬間、倫子が慌てて取り返す一幕もあった。


「でしょ? これから先、新たな八犬士が住むことになるから、彼女たちの空き部屋も用意したわ。部屋の内容については、彼女たちの話を聞いてからリフォームするからね」


 母親のように優しく微笑むベルに、アイリンたちは納得の表情を浮かべると、早速自分たちの部屋へと向かい始めた。


「私の部屋に猫じゃらし置いてよね!」

「アイドル衣装や音楽コンポも用意しないと!」

「美容関連の物も用意しないと!」

「俺もプロレスポスター貼らないとな」


 零夜たちは荷物を整理するだけでなく、必要なものがないか確認する作業も行っているが、みんな楽しそうに動き回っていた。


「で、俺の部屋は……」

「あそこよ」


 ヤツフサが自分の部屋を尋ねると、ベルが指差した先には小さな犬用の扉がポツンと用意されていた。その先にヤツフサの部屋があるのだが、彼は複雑な表情を浮かべる。扉のサイズは彼の体にぴったりで、中を覗くとふかふかのクッションと骨のおもちゃが置かれていた。


「ハァ……小型フェンリルだから仕方がないな……」


 ヤツフサはため息をつきながらトボトボと小さな扉を通って部屋に入っていった。尻尾が扉に引っかかり一瞬立ち止まる姿に、アイリンたちが吹き出しそうになるのを我慢する場面も。


「扉は大きくするからね……」


 ベルはその様子を母親のような苦笑いで見送り、ヤツフサに優しくフォローした。正直すまないと心から思いながら……。


 ※


 夕食を終えた零夜たちは、皆でお風呂に入っていた。このお風呂は温泉で、男湯と女湯に分かれている。湯気立ち上る浴槽は天然の岩で囲まれ、ほのかに硫黄の香りが漂う贅沢な空間だ。


「ふう……ここの温泉は気持ちいいわね。疲れが取れてくるわ」


 倫子は背伸びをしながらお湯に浸かり、戦いの疲れを癒していた。この温泉は疲労回復だけでなく、さまざまな治療効果を持つ薬湯でもあり、肩こりや切り傷さえ瞬く間に治ってしまう。まさに地球の温泉とは大違いだ。


「ええ。ここに温泉があった時は驚いたけど、今では改造して誰でも入りやすい様に広くしているわ」

「そうなんだ。その証拠に皆が入っているしね」

「熱すぎないのがいいよね」

「極楽です〜」


 ベルの説明に日和が頷くと、周囲に視線を移した。アイリンは尻尾を湯船でチャプチャプさせ、ライラは目を閉じてうっとり。彼女たちもこの温泉を気に入ったようだ。


「そう言えば零夜さんは男湯ですね。彼もまたゆっくりしているのでしょうか?」

「そうかもね。今日は戦いの疲れをゆっくり癒やしましょう」

「そうそう。ここで女子会も良いかもね!」


 ベルとライラは楽しそうに談笑を始めたが、アイリンはなぜかベルをジト目で睨んだ。理由はベルの豊満な胸が湯船に浮かび上がり、自分の小ささにコンプレックスを感じたからだ。


(うう……デカい胸が憎い……)


 アイリンは心の中で巨乳を恨み、倫子と日和は苦笑いするしかなかった。湯船の中で小さく波立つアイリンの不満が、なんだか微笑ましい一幕だった。


 ※


「なるほど。零夜はプロレスラーになるのが夢なのか」


 男湯では、ミノタウロスのジョージが温泉に浸かりながら零夜たちと談笑していた。ジョージはミノタウロスの男性の本名で、立派な角を湯気の中で揺らしつつリラックスしている。

 参加者は零夜、ジョージ、ヤツフサ、そしてルーカス、ジャイロ、エルバスのリザードマン三匹だ。リザードマンたちは尻尾を湯船に浸け、「シャーッ」と気持ちよさそうに息を吐く。他の仲間は倫子のワンダーエデンの中で大人しくしている。


「ああ。まさかあの襲撃で俺の運命が変わったけどな。それに後悔はしていないし、新たな目標を見つけたんだ」

「目標? タマズサを倒す他に何かあるのか?」


 零夜が新たな目標を口にしたことで、ルーカスたちは興味津々の表情を浮かべた。タマズサを倒す以外に何かあるなんて、誰もが気になって当然だろう。


「俺はこの世界でプロレスラーとなり、ハルヴァスの皆にプロレスを知ってもらいたい。倫子さん達もプロレスを広めようと同じ考えを持っているからな」


 零夜はプロレスラーになる夢を諦めておらず、この世界でその夢を実現しようと決意していた。当初はDBWという団体に入るつもりだったが、襲撃の影響で活動休止。そこでハルヴァスにプロレスを広めることを考え、今に至っている。湯船の中で拳を握りながら熱く語る姿に、仲間たちの目がキラキラ輝き始めた。


「なるほど。それは良い考えだな」

「俺もプロレスラーになりたいと心から思っているし、折角だからリングを建てて練習しようぜ!」

「俺もプロレスには興味ある。そこで更に強くなるのもありかもな」

「やるからには盛り上げていかないとな!」

「おいおい。静かにしろよ」


 ジョージたちも零夜の考えに賛同し、自分たちもプロレスに挑戦しようと決意した。強くなるだけでなく、プロレスという職業自体に興味が湧いてきたのだ。湯船が興奮で波立ち、ヤツフサが呟いても誰も聞いていない。


「それなら明日からでもリングを建てて、プロレスの練習を始めないとな! 強くなるには基礎練から始め、技の取得はそれからだ! 精一杯頑張るぞ!」

「「「おう!」」」


 零夜の宣言にジョージたちは拳を上げて応えた。温泉の湯気が彼らの熱気をさらに煽り、まるで決戦前夜のような雰囲気。明日からはギルドの仕事に加え、プロレスの特訓も始まるため大忙しだ。しかし、目的のためなら最後まで諦めないのが彼らの強みでもある。


(やれやれ。これからが忙しくなりそうだな)


 その様子を見ていたヤツフサは心の中でそう思い、窓の外を見上げた。外では満月が彼らの家だけでなく、辺り一面を優しく照らしていた。月光が温泉の湯気に反射し、幻想的な光景が広がる中、ヤツフサの小さな尻尾が湯船で小さく揺れていた。

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