「ハッ……ハッ……」
とある街「ペンデュラス」。そこは西洋ファンタジーの街並みが広がり、領主であるペンデュラス伯爵家によって治められている。
その街中にある路地裏では、一人の狼の獣人である女性、エヴァが物陰に隠れながら息を整えていた。彼女の鋭い耳がピクリと動き、危機感を隠せない様子だ。ボロボロの服を纏い、全身にあちこち傷が目立つ。裸足で地面を踏みしめるその足は、痛みに耐えているのが明らかだった。
するとどこからか声が響き渡り、エヴァはビクッと身を縮めて隠れてしまう。
「奴は見つけたか?」
「駄目です! 全然見つかりません!」
「くそっ! このままだとアリウス様に叱られるぞ!」
声の主である兵士二人は、急いで別の場所へと走り出す。二人がいなくなった直後、エヴァはその場から飛び出し、全力で走り始めた。狼の獣人らしい敏捷さでペンデュラスを脱出すると、逃げることを考えながら走り続けていた。
(早く逃げなきゃ……散々酷い目に遭った以上、この街にはもう居られない……)
エヴァは心からそう思いながら、なりふり構わず懸命に走り出す。そのまま彼女はどこかへ消え、兵士たちはついに彼女を見つけることができなかった。
※
その翌日、零夜、倫子、日和、アイリン、ベル、そしてヤツフサの五人と一匹は、グリーンスライド平原でのモンスター討伐に向かっていた。Bランクのクエストではあるが、油断は禁物だ。
「今回のクエストについてだが、Sランクに向けて重要な任務となる。たとえそれが困難だとしても、我々はクリアしなくてはならない」
「ええ。Gブロック基地を倒し、俺達の復讐は終わりを告げた。しかし、諸悪の根源、ベティとメディを叩き潰すまでは戦いは終わりません」
ヤツフサが鋭い声で指示を出すと、零夜は真剣な表情で気を引き締めた。倫子たちもまた、真剣に頷く。
Gブロック基地にいるバンドーを倒したことで、零夜たち三人の復讐は果たされた。しかし、アイリンの仲間だったベティとメディは敵に回り、彼女たちも倒さねばならない。さらに諸悪の根源であるタマズサを倒すまでは、戦いは終わらない。
「何れにしても戦いは激しくなるからね……私たちも強くならないとまずいかも……」
「確かにそうかも知れませんが……ん?」
「どうしたの、零夜?」
零夜が言い切ろうとしたその時、どこからか足音が聞こえてきた。討伐対象のモンスターが近づいてきたようで、零夜たちはすぐに身構える。
前方から大きなサーベルタイガーのモンスターが姿を現し、仲間のサーベルタイガーを引き連れて襲い掛かってきた。普通のサーベルタイガーは約十匹ほどだ。
「あれはサーベルファング。サーベルタイガーのモンスターで、素早い動きを特徴としているわ。その大きいのが進化系であるキングサーベルファングよ」
「サーベルタイガーについては聞いた事があるが、まさかこの世界に実在しているとは……」
アイリンが少し不機嫌そうに説明すると、零夜は真剣にサーベルファングを見つめた。鋭い爪を光らせ、耳をピクリと動かす彼女のツンデレな態度が垣間見える。サーベルタイガーは大昔に絶滅したはずだが、この世界で生きているのは想定外だった。
するとサーベルファングが一斉に駆け出し、零夜たちに襲い掛かってきた。彼らは一斉に回避し、すぐに戦闘態勢に入る。
「いきなり襲い掛かるのなら、まずはサーベルファングを減らしておかないと! マジカルハート!」
倫子が両手でハートの形を作ると、そこからハートの光線が発射され、次々とサーベルファングに直撃。サーベルファングはスピリットとなり、彼女のバングルに吸い込まれた。
「一丁上がり! ボスに関しては思う存分やらないとね! 皆、出て来い!」
さらに倫子はアイアンゴーレムとジョージを召喚。彼女は双剣を手に構え、彼らと共にキングサーベルファングに立ち向かう。
「攻めに行くわよ!
「僕も頑張らないと!
「アックスブレイカー!」
倫子の双剣斬撃、アイアンゴーレムの強烈なパンチ、ジョージの斧攻撃が炸裂。キングサーベルファングは大ダメージを受け、体力が大きく削られた。
「今がチャンスだ!
「シャドーショット!」
「キャットナックル!」
「アックスブレイク!」
さらに追い討ちをかけるように、零夜の忍者刀による斬撃、日和の闇の弾丸、アイリンの猫らしい鋭い爪での強烈なパンチ、そしてベルが放つ斧の斬撃が炸裂。キングサーベルファングは耐えきれず横に倒れ、大量の金貨と素材に変わった。
「ふう。これでこの任務は完了みたいですね」
「そうね。皆、お疲れ様!」
倫子はジョージたちをバングルに戻し、素材と金貨を回収する。彼女のオーバーオールの胸ポケット「マジカルポケット」にすべて収納するのだ。
マジカルポケットは無限に物を収納でき、持ち運びに便利だ。ベルも同じくオーバーオールを着ており、母親らしい優しさで仲間を見守りながらポケットを愛用している。
「さてと、後はギルドに報告……ん? 誰か来るみたい」
アイリンが帰ろうとしたその時、鋭い猫の感覚で気配を察知する。少し苛立った声で呟き、前方に視線を移すと、逃げていたはずの狼の獣人エヴァが姿を現した。
ボロボロの服を纏い、フラフラと歩く彼女は、明らかに何も食べていない様子だった。
「あの女性、ボロボロじゃない! しかもフラフラに歩いているわ!」
「大変! 零夜君、にぎり飯を出して!」
「はい!」
倫子の指示に零夜が応じ、懐から大量のにぎり飯を取り出す。エヴァはそれを見た途端、狼の本能で目の色を変え、ダッシュで駆け寄ってバクリと食べ始めた。
「美味しい! こんな食べ物始めて!」
エヴァは涙を流しながら喜び、次々とにぎり飯をガツガツと食べる。空腹が極まっていた彼女にとって、久々の食事に感動するのも無理はない。
「はい、お茶」
「ありがとう」
ベルが差し出したお茶をエヴァがゴクゴクと飲み、ため息をついて落ち着きを取り戻す。彼女は零夜たちに視線を移し、一礼した。
「ありがとう。お腹減っていたのでどうなるかと思ったけど、お陰で助かったわ!」
「気にするなよ。困っている人は放っておけないからな」
エヴァの礼に零夜が笑顔で応える中、彼女は彼らのバングルに目を留める。どうやら同じものを自分も持っていることに、何か感じるものがあったようだ。
「どうしたの?」
「そのバングル……私も付けているんだけど……」
「「「えっ!?」」」
エヴァが零夜たちと同じバングルを付けていることに、彼らは驚きを隠せなかった。彼女の右手首には、水色の珠が埋め込まれたバングルが輝いている。
「それは風の珠! まさかお前が持っていたとは……」
「ええ。私の名はエヴァ。シルバーウルフ族の最後の生き残りで、風の珠を持つ者よ」
ヤツフサが驚きの声を上げると、エヴァは零夜たちに自己紹介をしたのだった。