零夜たちは五人目の珠を持つエヴァと出会い、狼の獣人である彼女と話をしていた。エヴァの灰色の毛並みはボロボロで、鋭い爪や牙にも疲れがにじんでいる。それでもここまで逃げ延びてきたのは驚くべきことだ。
一方、アイリン、日和、ベルの三人は、エヴァの傷を回復術で癒している最中だった。
「ふん、手間かけさせないでよね」
「ほら、無理しないでね」
アイリンはぶっきらぼうに言いながらも、手際よく術を施していた。ベルは優しく声をかけ、エヴァの肩をそっと撫でる。
性格は様々であるが、エヴァを助ける事には変わりはない。二人の思いがある意味一致していると言えるだろう。
「なるほど。奴隷として扱われていて、ここまで逃げたという事か……」
零夜たちはエヴァの話に納得した表情を浮かべ、彼女は小さく頷いた。狼の瞳には涙が浮かび、長い耳がわずかに下がっている。辛い過去を背負っているのは一目瞭然だった。
「ええ……私はかつてペンデュラスにあるギルドで働いていたわ。前はS級パーティーで活躍していた筈なのに……仲間の裏切りで追放されてしまったの……」
エヴァは過去を思い出しながら、零夜たちに語り始めた。狼の尾がわずかに揺れ、転落から奴隷に至る経緯を話し出す。
※
それは二週間前のこと。エヴァはペンデュラスにあるギルドで働き、S級パーティー「オパールハーツ」に所属していた。狼の獣人である彼女は、前衛の格闘家として活躍していた。服装はチューブトップとミニスカートで、動きやすさを重視したものだ。鋭い爪と牙を生かした戦い方が特徴だったが、パンツが見えてしまうのは悩みの種だった。
しかし、ある理由をきっかけに彼女は突然クビを宣告される。
「クビ!? どういう事よ!」
エヴァは怒りを露わにし、狼の耳をピンと立てて吠えるように叫んだ。懸命に戦ってきた彼女にとって、突然の解雇は到底受け入れられるものではなかった。
すると、剣士のハインが近づき、エヴァの顎をグイッと持ち上げる。
「お前な。今の状況を分かっているのか? 俺達オパールハーツはS級ランクの戦士達として、精一杯頑張っているんだぞ。なのにお前は本来の力を発揮できておらず、ランクもA級なのが現状だ」
ハインの鋭い言葉に、エヴァは返す言葉を失った。確かに彼女は格闘術に優れ、狼の膂力も抜群だったが、S級にはあと一歩届いていない。皮肉な現実がそこにあった。
続いて、重戦士のクルーザがエヴァに近づいてくる。
「ハインの言う通りだ。後衛であるビショップのザギル、盗賊のルイザも思う存分活躍している。お前も活躍しているのは分かるが、A級止まりのお前にはこのパーティーに向いてないだろう」
クルーザの言葉も鋭く、エヴァは俯いてしまった。狼の尾が力なく垂れ下がり、ザギルとルイザも冷たい視線を向ける。彼らもA級のエヴァを不要と考えているようで、むしろ足手まといだと考えているだろう。
「そういう理由でお前はクビだ。しかし、俺が新たな仕事を見つけてきた」
「新たな仕事?」
ハインはクビを宣告する一方で、新たな提案を持ち出す。エヴァが首をかしげると、彼はすぐに説明を始めた。
「領主様のペンデュラス伯爵が、息子であるアリウスの面倒を見てくれとの依頼だ。ギルドを辞めなければ、正式にその仕事が受けられないみたいだがな」
「ペンデュラス伯爵様が?」
エヴァは目を丸くし、狼の耳がピクッと動く。ハインはその内容を詳しく説明した。
ペンデュラス伯爵の息子アリウスには、領主になるための付き添いが必要だ。しかしギルド所属者ではその仕事を受けられないため、辞める必要があるという。
「なるほど。でも、そのアリウス様と言うのはどんな人なの?」
「それは僕の事だ」
突然の声に全員が振り向くと、金髪の若い男性が兵士たちと共に現れた。彼こそアリウス・ペンデュラス、伯爵の息子だ。ギルド内がざわつき始める。
「アリウス様! 何故ここに!?」
「何時まで経っても候補者が出ないから、わざわざここに来ていたのさ。色々考えて見たけど、そこにいる君を指名する事にしたからね」
アリウスはエヴァを指差し、付き添いに指名する。ギルド内はさらに騒然とし、皆の視線が彼女に集中した。誰もが皆羨ましがるが、一部は不安な表情をしていた。
「私で……良いのですか?」
「ああ。君の活躍を見て不憫だと思っていたからね。だからこそ、指名する事にしたのさ」
アリウスの言葉に皆が納得するも、ざわめきは収まらない。A級のエヴァが指名されるなんて、まるでシンデレラストーリーのようだと囁かれていた。
エヴァはアリウスの説明に納得し、彼に一礼する。
「分かりました。この仕事、引き受けさせてもらいます」
「いい返事だ。宜しく頼むよ」
エヴァが承諾すると、ギルド内は拍手喝采に包まれた。しかし、ハインたち四人はニヤリと笑い、裏で仕組んだ企みを隠していた。
※
「そして私は伯爵家の付き添いになったけど、待っていたのは奴隷としての地獄の日々だった。殴られたり、胸を触られたり、玩具として存分に扱われてしまった。それで私は決意をしたと同時に……」
「脱出して今に至るという事か……まあ大変だったみたいね」
エヴァの話を聞いたアイリンは、猫の耳をピクピクさせながら少し冷たく返すが、目は真剣だ。話し終えたエヴァは我慢できず泣き出し、狼の喉からヒックヒックと嗚咽が漏れる。仲間からの裏切りとアリウスへの失望を思い出し、涙が止まらなかった。
それを見た零夜はエヴァに近づき、彼女をムギュッと抱き締めた。エヴァは驚いて泣き止み、狼の瞳を丸くする。
「大丈夫。今まで辛い思いをしていた気持ちは伝わった。けど、今度は俺達が側にいる!同じ珠を持つ仲間として、見過ごす理由にはいかないから!」
「零夜……」
零夜の笑顔にエヴァの目に再び涙が浮かぶ。倫子たちも駆け寄り、次々と励まし始めた。話を聞いた以上は放っておけないだけでなく、八犬士の仲間であるエヴァを見過ごす事ができないのだ。
「あなたも八犬士の一人である以上、放って置く事は出来ないからね」
「私達はハインとは違い、あなたに酷い事は絶対しないから!」
「だから心配しなくても大丈夫よ。ま、泣きたいなら勝手に泣けば?」
「私たちが側にいるからね。ほら、ゆっくり落ち着いて」
倫子と日和は笑顔で支え、アイリンはツンとしながら優しくエヴァの背に手を触れている。ベルはミノタウロスの大きな手で、母親のような温かさを見せる。
エヴァは我慢できず、大粒の涙をポロポロ流した。アリウスたちはこの様な事をしていなかったのに、零夜たちはこんなにも自身を慰めてくれる。その気持ちだけでも嬉しくて、感極まるのも無理はなかった。
「ありがとう……うわああああ!!」
エヴァは大泣きし、狼の遠吠えのような声が響く。辛い日々が解放され、涙が溢れ出すのも無理はない。
零夜たちは背中をポンポン叩いたり、頭を撫でたりしてエヴァを慰める。この様子では泣き止むのに時間がかかりそうだ。
離れた場所では、ヤツフサがふさふさの尾を振りながらこの様子を見ていた。仲間が増えた事の嬉しさだけでなく、彼女が辛い日々を過ごしていた事を共感していた。
(八犬士達は何よりも強い仲間の絆がある。それは誰にも止める事は不可能であり、途切れる事はないからな……)
ヤツフサは小さな体でそう思いながら、零夜たちに近づく。エヴァを慰めるだけでなく、八犬士たちのこれからを信じながら。
こうして五人目の八犬士エヴァが仲間に加わり、残るメンバーは三人となった。