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第43話 バーガーショップ繁盛作戦

 零夜たちはギルドに帰還し、これまでの出来事をメリアに報告した。話を聞き終えたメリアは納得した様子で、静かにエヴァに近づく。彼女の瞳には優しさと決意が宿っていて、安心できると感じるのだ。


「事情は分かりました。でしたら、ここで働くのが一番安全です。八犬士の皆さんだけでなく、私達もあなたをサポートします。あなたが奴隷になる事は二度と無いので大丈夫ですよ」

「じゃあ、お願いするわ」


 エヴァはメリアの言葉に頷き、ギルド登録の手続きを進めることにした。シルバーウルフの獣人である彼女は、鋭い目つきと落ち着いた態度で周囲を見渡しつつも、心のどこかで安堵を感じていた。これで彼女も正式にギルドの一員となり、零夜たちと同じチームで活動することに。一度は過酷な過去に囚われていたエヴァにとって、仲間と共に過ごせる日々は、静かながらも温かい希望を与えてくれそうだった。


「では、エヴァさんは前のギルドでAランクでしたので、その様に設定しておきますね」


 メリアがそう告げると、エヴァのギルドランクはAに設定され、登録が完了した。次はギルドクエストに向かう予定だが、その前に腹ごしらえが必要だ。


「お昼はどうする?」

「新しく出来たハンバーガーショップへ向かいましょう! そこでクエストを決めるのもありだと思うわ」

「良いかもね! じゃあ、そこに行こうか!」


 アイリンが少し気取った口調で提案すると、ベルたちが賛同する。アイリンはツンと尖った態度を見せつつも、仲間との時間を楽しみにしている様子が垣間見えた。

 一行は意気揚々とハンバーガーショップ「ブレイクバーガー」へ向かう。ギルドの向かい側に位置するその店は、意外な近さに驚くのも無理はない。


「……すぐじゃん」

「意外と近いのが特徴だけどね」


 倫子たちが呆気に取られる中、アイリンは苦笑しながら店内に皆を導いた。なぜハンバーガーショップがギルドの目の前にあるのか、その理由は誰もが気になりつつも、敢えて口にしない暗黙の了解があった。


 ※


 店内に入ると、そこは驚くほど閑散としていた。客は一人もおらず、ガランとした空間に風が吹き抜ける。人気がないのは明らかだが、ここまでとは予想外である。


「どうなっているの!?」

「新しく出来たばかりなのに……」


 アイリンが目を丸くし、ベルが困惑した声で呟く。母親らしい落ち着きを持つベルでさえ、この状況には戸惑いを隠せなかった。すると、店の奥から小太りの男が現れる。店長らしきその男は、重いため息をつきながら事情を説明した。


「お客さんか。実は……隣のハンバーガー屋に客を取られたんだよ……」

「隣?」


 零夜たちが店長の指差す方向を見ると、そこには「リッチバーガー」という別のハンバーガーショップが。こちらも新店だが、客で溢れて行列ができるほどの盛況ぶりだ。いわゆる天地の差が丸分かりと言えるだろう。


「あのハンバーガー屋、凄い人気みたいね……」

「何が原因なのでしょうか?」


 倫子と日和が首をかしげる中、リッチバーガーの店長らしき男が姿を現す。ハンサムで三十代ほどの彼は余裕の笑みを浮かべていて、ブレイクバーガーの店長を見下した態度で見ていた。


「これはこれは。ブレイクバーガーの負け犬店長であるカニタロウ君。相変わらず普通のバーガーを作っているね」

「煩い、サルノスケ! こっちはシンプルさが持ち味だ! お前なんかのトッピングばかりの奴に、絶対負けてたまるか!」


 サルノスケとカニタロウが火花を散らす中、零夜たちは呆然と見守る。エヴァは冷静に、アイリンは少し苛立った様子で、ベルは母親のように仲裁しようかと迷い、ヤツフサは首をかしげていた。この対立はまるで「さるかに合戦」の再現のようだ。


「こうなったら売り上げ勝負だ。負けたら店を畳んでこの街から去る事だ」

「良いだろう! こっちにはこの6人と一匹を助っ人に加えるからな!」

「「「な!?」」」


 カニタロウが突然零夜たちを助っ人に指名し、サルノスケへの宣戦布告に応じる。巻き込まれた一行が驚くのも当然であり、いくら何でも予想外過ぎるとしか言えない。


「待ってください! 俺達はただお昼を食べに来ていたのに!」

「すまないが頼む! 店の存続が掛かっているんだ!」

「そんな無茶苦茶な!」


 カニタロウの必死な懇願に零夜たちは困惑してしまうのも無理無く、慌てるのも当然である。お昼を食べに来たのにこんな展開になるのは想定外で、本当なら巻き込まれたくない気持ちが強いだろう。

 そこへメリアがギルドの扉から姿を現す。話を聞いていたらしい彼女は、慌てている零夜たちに対して穏やかに提案した。


「話は聞かせて貰いました。この依頼をクエストとしますので、成功できたら賞金と昇級試験が受けられます!」

「そうなると受けるしか無いな。受諾します!」

「感謝するよ!」


 メリアの話を聞いた零夜たちはクエストを受諾し、カニタロウの店を救う決意を固める。賞金と昇級クエストを受けられると聞いた以上は、放って置く事さえできないのは当然である。

 カニタロウは感激し、零夜の手を握って深々と頭を下げた。一方、サルノスケは余裕の笑みを崩さない。秘策があるらしいその態度は、不気味な自信に満ちていた。


「ふっ! そんな素人共に何ができる。こっちにはベテランの料理人がいるからな。まあ、精々頑張ってくれ」


 サルノスケが店に戻ると、零夜たちもブレイクバーガーの中へ。クエストとバーガー勝負の幕が、今開かれた。


 ※


 店内でまず試食を始めた零夜たち。出されたのはシンプルなハンバーガーとポテト、シャイニングオレンジのジュースだ。ハンバーガーはパン、肉、フライドオニオン、塩コショウ、ケチャップという基本的な構成。ポテトはロックポテトを使用している。


「どれどれ……」


 一口食べると、素朴で懐かしい味わいが広がる。肉とオニオンの組み合わせが心地よく、シンプルさゆえの温かさがあった。


「なかなか良いじゃないですか。それにしても何故向こうの方が売れているのでしょうか?」

「奴等は様々な組み合わせを選べる『オリジナルバーガーセルフ』を採用しているからな。ウチにはそんな予算がないし」


 零夜の質問にカニタロウが答える。リッチバーガーの人気の秘密は、客が自由にトッピングを選べるシステムだった。それが爆発的な支持を受け、行列ができるほどの盛況ぶりだ。

 しかしブレイクバーガーは予算がないので、オリジナルのバーガーで挑んでいる。それが原因で人気に差が出ているのだ。


「そうなのか……となると、新メニューを立ち上げて……ぬ?」  


 ヤツフサが提案しかけた瞬間、エヴァがハンバーガーを食べながらプルプルと震えていた。シルバーウルフの鋭い感覚が何かを感じ取り、何か異常があったに違いないだろう。


「どうしたんだ……うおっ!?」

「エヴァ、何があったの!?」


 零夜が声をかけると、エヴァが勢いよく立ち上がる。その迫力に全員が驚く中、エヴァは真剣な表情をしながらカニタロウに視線を移す。今食べたハンバーガーについて、何か不満があったに違いない。


「ハンバーガーの味は良いとしても、これだけでは駄目! これにトマトが加えられてない!」

「うおっ! 鋭い指摘!」

「確かにハンバーガーにはトマトが必須だからね……」


 エヴァの真剣な指摘にカニタロウは目を丸くし、日和は苦笑しながら頷く。エヴァがブレイクバーガーの売れ行きの悪さはハンバーガーである事を見抜き、味に関しても普通以下としか思えなかったのだろう。

 トマトはハンバーガーの定番だが、コストや好みの問題で省かれることもある。日本にあるハンバーガーチェーンでも、トマトを入れない物が多く存在しているのだ。


「まあ、コストがあるから使われていないけどね。トマト嫌いの人もいるからな……」

「実は俺もトマトが駄目だし……」


 カニタロウと零夜が苦笑しながら、トマトについての意見を出していた。カニタロウはコスト重視とお客さんのことを考えていて、零夜は昔からトマトが大の苦手である。普通のトマトを入れても、逆に人気が下がるケースもあるのだ。

 それを聞いたエヴァはある事を閃き、零夜の肩を掴んでウィンクしながら笑顔を見せる。


「じゃあ、トマトを好きになれる方法を作れば良いわ! 私に考えがあるから!」

「「へ!?」」


 エヴァの提案に零夜とカニタロウが驚き、倫子たちは興味津々に彼女に視線を移す。そのままエヴァは零夜を連れ、意気揚々と何処かへ向かってしまった。


「いったい何をするつもりなんだ?」


 エヴァと零夜の後ろ姿を見たカニタロウは、ポカンとしながら見つめるしか無かった。彼の心の中で不安と期待が入り混じる中、バーガー対決も新たな展開に入ろうとしていたのだった。

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