エヴァは零夜の手を引っ張り、息を切らせながらとある場所へと猛ダッシュしていた。彼女の頭の中には、零夜や他の客のトマト嫌いを一掃する天才的なアイデアが閃いており、それを今すぐ試さずにはいられない様子だ。風を切る二人の後ろで、市場の喧騒が徐々に近づいてくる。
「おい。何処に行くんだよ!」
「良いから着いてきて! 私に策があるから!」
零夜の困惑した叫びに、エヴァはニヤリと笑顔を返す。その瞬間、彼女がピタリと足を止めた。目の前には色とりどりの屋台が広がる市場が現れ、二人はそのど真ん中に立っていた。そこはまさに活気がのる場所——新鮮な魚が飛び跳ね、野菜が山積みにされ、甘いお菓子の香りが漂い、さらにはオルゴールの音色や怪しげな壺を売りつける商人の声までが混ざり合う。まさに凄いところだ。
「市場……ああ! もしかするとトマト嫌いを治す方法があるのか!?」
「ええ! こういうのは得意だからね。さっ、行くわよ……って、倫子!? いつの間にいたの!?」
「むーっ……」
零夜がエヴァと手を繋いで一歩踏み出そうとしたその時、背後から突然の重みが。 倫子が零夜の背中に飛び乗り、頬をぷくーっと膨らませていたのだ。
その嫉妬深い視線は、エヴァと零夜の仲睦まじさに我慢ならなかった証拠。彼女はお店を日和、アイリン、ヤツフサ、ベルに丸投げし、二人が駆け出す姿を遠くから見つけて猛追してきたのだ。
倫子の執念深さレベルは伝説級である。
「倫子さん、付いてきたのですか!? しかも俺の背中に乗っていますし……」
「だって二人が一緒に行くから、ズルいと感じたんだもん」
(ひょっとして倫子さん、俺の事好きなんじゃ……。そうなると大変な事になりそうだな)
零夜は背中の倫子に目を丸くしつつ、心の中で冷や汗を流す。一方、倫子はむすっとした顔で反論しつつ、彼の背中から降りようとしない。その様子に、エヴァは苦笑いを浮かべながら倫子の頭をよしよしと撫でて宥める。
「ほら、落ち着いて。早くトマトがある八百屋さんへ向かいましょう!」
「そうだった! すぐに急がないと!」
エヴァの掛け声に、零夜と倫子が勢いよく頷く。三人は肩を並べ、市場の迷路のような通路を突き進む。目指すはトマト——ただし、エヴァが求めるのは普通のトマトじゃないのがミソである。
「市場にトマトがあるのは知っているけど、どんなトマトを探しているの?」
「甘いトマトよ。けど、その中には最も甘いトマトがあるから、それを探しに向かっているの」
倫子が首を傾げて尋ねると、エヴァは得意げに説明する。トマトの甘さを見分けるコツは、お尻の部分——ヘタの反対側——に放射状の白い筋があるかどうか。でも、今回のお目当ては「甘さの王様」と呼ばれる超レアな一品らしい。市場の人混みをかき分けながら、エヴァの目はキラキラと輝いている。
「甘いトマトか……最も甘いトマトなら、俺でも食べられるのかな?」
零夜は眉をひそめ、不安げにつぶやく。小さい頃、トマトの酸っぱさに泣かされたトラウマが蘇ってくるのだ。生トマトは絶対無理、プチトマトならギリギリいける——そんな彼の胃袋事情を、エヴァは見透かしたように笑う。
「大丈夫だって! ほら、着いたわよ」
ようやくたどり着いた八百屋の前には、色鮮やかな野菜がズラリと並ぶ。トマトはもちろん、白菜、キャベツ、キュウリ、ジャガイモ——そして、ハンバーガーとの相性抜群なレタスまでが勢揃いだ。市場の喧騒の中、野菜たちがまるで「俺を食え!」と主張しているかのよう。
「さて、目的のトマトは何処かな……あったあった!」
エヴァがトマトの棚を鋭い目で物色すると、ついにターゲットを発見。彼女が手に取ったのは、なんとも珍妙な「白いトマト」。しかも値段はたったの百パルヴと激安だ。
「白いトマト? 俺達の世界では見た事無いぞ」
「こんな色のトマト、初めて見た。ハルヴァスって色んな野菜があるんやね」
零夜と倫子は目を丸くして、白いトマトをまじまじと見つめる。赤や黄色がトマトの常識なのに、白って何!? と頭にハテナが浮かぶのも無理はない。
「これはスイートトマト。どのトマトよりも糖分が高く、サラダやピザなどにも多く使われているわ。お子様にも人気で、多く買われているの!」
「そうなのか……じゃあ、これを買って試してみるか!」
「そうやね。後はレタスとジャガイモも忘れずに!」
エヴァの熱弁に、零夜と倫子は「なるほど!」と納得顔。スイートトマトをカゴに放り込み、ついでにレタスとジャガイモもゲット。買い物終了——と思いきや、エヴァが急にくるりと踵を返し、加工食品の店へと向かう。
「まだ他にあるの?」
「ええ。後は菜食主義者の為にも、ある物を用意しないと!」
エヴァの野望は、スイートトマトでトマト嫌いを克服させるだけじゃなかった。彼女はこの市場で、菜食主義者向けのハンバーガーも作る気満々だったのだ。この街には肉を避ける人が意外と多く、エヴァはそのニーズを見逃さない。さすが策士である。
「あった! これなら使えそうかもね」
「どれどれ……!? これってもしかして!」
「「へ!?」」
加工食品コーナーを物色していたエヴァが、ニヤリと笑って取り出したのは——まさかの食材。 それを見た零夜と倫子は声を上げ、驚愕。この一品がバーガー戦争の勝敗を決める切り札になるとは、まだ誰も気づいていない。
※
「おお! これが新メニューなのか!」
「さっ、食べてみて」
ブレイクバーガーに戻ったエヴァは、早速キッチンに飛び込み、仕入れた食材で調理を開始。すると、あっという間に二つの新作ハンバーガーが完成した。一つはスイートトマトのスライスが主役の「ホワイトトマトバーガー」、もう一つはレタス、スライストマト、そして肉の代わりに大豆肉を挟んだ「野菜バーガー」。見た目だけでヨダレが止まらない。
「うん! 肉とホワイトトマトがマッチしていて、これは美味しい!」
「これなら俺でも食べられるぜ!」
「意外と美味しいわね。流石はエヴァちゃん!」
倫子と零夜、ベルがホワイトトマトバーガーを頬張ると、その絶妙な甘さと肉の旨味に感動の嵐。トマト嫌いの零夜さえも「うめぇ!」と叫ぶほどだ。
一方、日和とアイリンは野菜バーガーを試食。
「野菜バーガーも美味しいわ!」
「肉の代わりに大豆の肉を入れるなんてね。これなら健康的で大丈夫そうよ!」
大豆肉のヘルシーさと野菜のフレッシュさが絶賛され、二人の顔にも笑みが広がる。カロリー控えめでダイエットにも優しいこのバーガーは、野菜好きの救世主だ。
「おお!これならイケるぞ……ん?」
カニタロウが新メニューを即売り出そうとしたその瞬間、店の扉がガチャリと開く。どうやら通りすがりの客が、試食の盛り上がりを聞きつけて飛び込んできたらしい。
「いらっしゃいませ! 今の話を聞きましたか?」
「ええ! こちらにもお願いします!」
「早速注文が入った! 早速多めに作るぞ!」
カニタロウが厨房で腕を振るい、エヴァが次々と客にバーガーを配る。お客たちは一口食べるなり目を輝かせ、大絶賛の嵐だ。
「これは上手い! 今のでトマト嫌いが治った!」
「野菜バーガーも美味しい! 私、好きになった!」
客席は歓声に包まれ、あっという間に店は大盛況。ホワイトトマトバーガーと野菜バーガーの噂は瞬く間に広がり、店の外には行列ができるほどに。市場での冒険がこんな形で花開くとは予想外だろう。
「多くの客がこんなに! という事は……」
ヤツフサが隣のリッチバーガーをチラリと見ると——そこはもぬけの殻。ブレイクバーガーの新メニューに客を根こそぎ奪われ、リッチバーガーは閑古鳥が鳴く惨状に。
「どうやら勝負あったな……」
ヤツフサは小さく呟き、踵を返してブレイクバーガーに戻る。リッチバーガーの中では、料理人たちが肩を落とし、サルノスケが呆然と座り込んでいるだけだった。
※
こうしてバーガー対決はブレイクバーガーの圧勝に終わり、リッチバーガーは倒産、跡地はただの空き地と化してしまった。零夜たちはクエストをクリアし、賞金に加えて彼と日和のAランク昇級試験の権利もゲット。
勝利の余韻に浸る一同に、絆が深まる瞬間が訪れる。
「ありがとな、エヴァ。おかげで助かったぜ」
「気にしないで。私達はもう仲間となっているし、これからは一緒に頑張りましょう!」
「おう! 宜しくな!」
零夜とエヴァが固い握手を交わすと、倫子たちもニコニコと見守る。五人となった八犬士の新たな冒険は、ここから幕を開けたのだった。