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第45話 Aランク昇級の試練

 エヴァが仲間になってから翌朝、家の地下一階にあるトレーニングルームでは、零夜がミノタウロスのジョージと共にプロレスの練習に励んでいた。しかも、本物のプロレスリングの中でだ。


「そこだ!」

「おっと!」


 ジョージの太い腕から繰り出されるラリアットが襲い掛かるが、零夜は忍者のような素早さでしゃがみ込んで回避する。ジョージが勢いよくターンし、再び攻撃を仕掛けようとした瞬間、零夜の鋭いドロップキックが彼の巨体を弾き飛ばした。


「あいつ、いい動きしてるじゃねーか」

「さすがは忍者だぜ」

「俺たちも負けてられないな」


 ルーカス、ジャイロ、エルバスがリングサイドで零夜の動きに感心している。彼の姿はまさにプロレベルを超えている為、自身も負けないと心から決意していた。

 そこへ倫子、日和、アイリン、エヴァ、そしてベルの五人が現れた。ちなみにエヴァは日和からもらった服を着ていて、白いスポーツブラとサスペンダー付きのジーンズというラフなスタイルだ。シルバーウルフの獣人らしい鋭い眼光が、そのカジュアルな服装と対照的だった。


「随分張り切っているわね、零夜」

「あっ、倫子さん。おはようございます!」

「「「姐さん、おはようございます!」」」


 零夜がリングから降りて一礼すると、ジョージたちも揃って頭を下げる。その直後、アイリンが尾をピンと立て、ズカズカと零夜に近づいてきた。彼女の鋭い爪が光る手が腰に置かれ、ジト目で零夜を睨みつける――まさにツンデレそのものだが、何か不満な事があるのだろう。


「アンタね……朝からプロレスはいいけど、今日は昇級試験の日でしょ? 無駄な体力消費するんじゃないわよ!」

「しまった! 今日は昇級試験の日だったのか……」


 アイリンの叱責にを聞いた零夜はハッと我に返り、額に冷や汗が滲む。大事な昇級試験をすっかり忘れていたことで、余計な体力を使ってしまった事を後悔してしまった。

 この行為が今後どう影響するのか気になるところだが、このぐらいのウォーミングアップなら大丈夫と言えるだろう。


「A級の昇級試験って、内容はどんなのだ?」

「その内容はドラゴンの討伐。だけど、今回のドラゴンは最強と言われるレッドドラゴンのようね」

「「「レッドドラゴン!?」」」


 アイリンの説明に零夜たちが驚きの声を上げる中、ジョージは何か思い出したように目を細める。ミノタウロスの彼がレッドドラゴンについて何か知っているらしい。


「レッドドラゴンについては聞いている。奴は炎を扱うドラゴンだが、実力は普通のドラゴンと桁違いとなっている。多くの冒険者たちがそのドラゴンに挑んだそうだ」


 ジョージが冷静に語ると、皆は納得したように頷く。意外にも彼がそんな情報を知っていたことに驚きつつも、手に入った情報は貴重だ。


「ジョージ、あなたその話を知っているみたいね」

「冒険者たちの噂話を聞いていたからな。奴に挑んだバカ共は全員やられたって」


 ジョージのさらなる説明に、零夜たちは驚きを隠せない。中には命を落とした者だけでなく、冒険者を引退して引きこもりになった者や、全身不随で入院生活を送る者もいたらしい。

 その話を聞いた零夜たちも、真剣な表情をせざるしかないだろう。


「そんなに手強いという事か……となると、そのドラゴンに会う必要があるみたいだな」

「どんなに手強い相手でも、立ち向かわなければ意味がないみたいね。A級に昇格するためにも頑張らないと!」


 零夜と日和がA級昇格への意気込みを見せ、倫子とアイリン、ベルも頷いて同意する。しかし、エヴァはシルバーウルフの尻尾の毛並みが揺れるほど真剣な表情で、何か考え込んでいた。どうやらレッドドラゴンについて、何か思い付いた事があるのだろう。


「何かあったのか?」


 ヤツフサがエヴァの様子に気付き、首をかしげる。エヴァは彼の小さな体に視線を移し、そのままふわりと抱き上げると、考えていたことを話し始めた。


「うん……あのドラゴン、どこかで見たことあるの。もしかすると……私の知り合いかもしれないのだから……」

「知り合い?」


 エヴァが討伐対象のレッドドラゴンを知り合いだと思い出したことに、ヤツフサも思わず疑問の声を上げる。鋭い牙を持つ彼の小さな顔に驚きが浮かぶが、そんなはずはないと内心で否定する。


「うん。幼い頃に遊んでいたの。もしかするとあの子に何かあったんじゃ……」

「となると、こいつは放っておける理由にはいかないみたいだな。すぐにメリアさんに相談しよう!」


 エヴァの心配そうな表情を見た零夜は、真剣に提案する。A級昇級試験が一筋縄ではいかないだけでなく、エヴァの幼馴染が討伐対象と聞けば、見過ごすわけにはいかない。皆がその提案に同意し、急いでギルドへと向かった。


 ※


「まあ。そのような事があったのですね……」


 ギルドに到着した零夜たちは、メリアにレッドドラゴンがエヴァの幼馴染であることを伝えた。その話にメリアだけでなく、周囲の冒険者たちも驚きを隠せない様子だ。

 まさかレッドドラゴンの正体が、エヴァの幼馴染である事に驚きを隠せずにいたのだろう。


「ええ。レッドドラゴンの名前はマツリ。彼女は私の幼馴染なの! その人を討伐するなんて無理だし、私は彼女を助けたい!」


 エヴァが心からの本音をぶつけ、マツリを救いたいと懇願する。大切な幼馴染を助けたい気持ちはとても強く、誰にも止める事は不可能だ。

 零夜たちも頷いて賛同し、メリアは真剣に考え始めた。クエスト内容を変更する必要性を感じるが、既に出されたクエストの変更が難しいのが悩みの種だ。


「クエストの内容は変わらずですが……仲間にしてもクリアになります」

「本当!?」

「はいはい。落ち着いて」


 メリアの言葉にエヴァが驚き、詳しく聞こうと詰め寄る。すると、ミノタウロスのベルが後ろからエヴァを優しく抱き寄せ、母親らしい温かさで彼女を宥めた。

 エヴァの焦る気持ちも分かるが、ここで落ち着かなければ別の意味で大変な事になるからだ。


「このクエストはモンスターを仲間にしてもクリアとなりますので。あと、エヴァさんの依頼を聞いた以上、クエストのクリア条件を変更しますが、よろしいでしょうか?」

「ええ。お願いするわ!」


 メリアの質問に、エヴァが一礼して応える。彼女は笑顔を見せると、早速クエストのクリア条件変更に取り掛かった。新たな条件はこうだ。


クエストクリア条件

レッドドラゴンを仲間にする。殺してしまえば失敗になる。


「ふぅ……なんとか条件を変更してもらったし……後はマツリを説得させてクエストクリアをするだけね」


 エヴァは相談が成功し、安堵の息をつきながら椅子に座る。もし失敗してマツリを殺すことになれば、最悪のシナリオだっただろう。


「そうね。私たちもエヴァちゃんの話を聞いた以上、黙ってはいられないからね。必ず説得して仲間にしちゃいましょう!」


 ベルが拳を握り、マツリを仲間にすると決意を固める。零夜たちもその決断に真剣に頷きながら同意していた。

 クエストのクリア条件が変更されたとなると、殺す心配は無くなるので一安心だ。


「本当にごめんね。幼馴染のためにそこまでしてくれて……」

「何言ってんの」


 エヴァが申し訳なさそうに皆に対して謝罪してきた。自分だけでなく幼馴染の事も助けてくれるのは助かるが、助けてもらってばかりですまないと感じているだろう。

 それを見たアイリンがため息をつき、猫のようなしなやかさでエヴァのおでこに指を当てる。ツンデレらしい態度だが、その言葉には優しさが滲む。


「私たちは既に仲間でしょ? それに謝る必要もないし、幼馴染のピンチだと聞いたら放っておけないからね」

「そうそう。困っている時は支え合いながら助け合わないと。私たち八犬士はチームであり、家族なんだから!」


 アイリンのウィンクと倫子の笑顔に、エヴァの目に涙が浮かぶ。以前のパーティーでは雑用ばかり押し付けられ、助けてもらえなかったが、零夜たちは彼女を家族として受け入れてくれた。それが何より嬉しかった。


「ありがとう……皆……」


 我慢できずに涙を流すエヴァを、零夜が優しく抱き締める。エヴァの身長は190cmと高く、零夜の顔が彼女の胸に埋まる形に。彼は当然赤面してしまい、息苦しくなって大変な状態になってしまった。


「く、苦しい……」

「あっ! ごめん!」


 零夜がジタバタと苦しみ、エヴァが慌てて離す。この様子を見た倫子たちは苦笑し、ヤツフサは小さな鼻で呆れながらため息をつくしかなかった。

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