零夜達はAランク昇級試験の舞台であるロックマウンテンに到着した。かつてランク決めの昇級試験で訪れた場所だが、今回は頂上を目指すため、難易度は桁違いに跳ね上がっている。ギルドのクエストはランクが上がるほど過酷になり、今回は頂上に潜むレッドドラゴン・マツリを仲間に引き入れるという特別な目的も加わっていた。
「頂上までか。なんか不安だな……」
日和は久々に訪れたロックマウンテンを見上げ、震えが止まらない。頂上までの道は険しく、足を滑らせれば崖下に転落し、命を落とす危険すらある。彼女の小さな身体がブルブルと震えるのも無理はない。それを見た倫子はそっと近づき、日和の頭に優しく手を置いた。
「大丈夫。その時はウチがいるから」
「すいません……」
倫子は姉のように日和の頭を撫で、落ち着かせていく。彼女の穏やかな声と温かい手が、日和の不安を少しずつ溶かしていった。
その様子を遠くから見守る零夜達は安堵の表情を浮かべたが、ヤツフサは鋭い目つきで頂上を見据える。そこには目的のレッドドラゴン・マツリが待ち構えている。エヴァの幼馴染でもある彼女を仲間にできるかどうかは未知数だ。ヤツフサの毛が微かに逆立ち、緊張感が漂う。
「余程のことがない限りは安全と言えるが、ハプニングが起こる限りは油断はできない。早くマツリに会いに向かうぞ!」
「そうだな。エヴァの幼馴染と聞いた以上、放って置く理由にはいかない。すぐに向かいましょう!」
ヤツフサの低い唸り声と零夜の決意に、全員が力強く頷く。昇級試験の成功だけでなく、マツリを仲間に引き入れるため、彼らは一斉に動き出した。
※
山道を進む一行は、慣れた道程を順調に進んでいた。しかし、中腹を過ぎたあたりから状況は一変する。切り立った崖、脆い岩場、そして何よりも頂上付近に潜む未知の脅威。油断すれば命を落としかねない。誰もが皆真剣な表情で、警戒しながら進んでいる。
「今のところはモンスターが出てないが、奇襲して来る事もあり得る。その時こそ用心して進むのみだ」
「油断せず進むべきと言えるな。何時岩が落ちるか分からないし、崖崩れの事故もあり得る」
「そうね。落石とかそう言う事故が多いみたいし、用心して進まないと」
「何れにしても油断禁物だから、しっかり用心しないと」
ヤツフサの鋭い嗅覚が空気を切り裂き、零夜の冷静な分析が続く。アイリンはツンと鼻を鳴らしながらも、耳をピクピク動かして周囲の音を警戒する。ベルは母親らしい優しさで皆を見守りつつ、巨大なロングアックスを握り潰さんばかりに構えていた。
倫子と日和も頷きながら慎重に歩いているが、真下を見ると目の前に崖が映ってしまう。落ちたら死んでしまうのは確定で、二人は顔を真っ青にしながら怯えていた。
「し、慎重に行こうか……」
「はい……」
倫子と日和が苦笑いしながら歩き出したその時、エヴァが急に立ち止まって鼻を鳴らす。シルバーウルフの獣人である彼女の特殊嗅覚と絶対音感が、何か異変を捉えたのだ。アイリンもまた、耳を立てて微かな音を聞き取る。
「エヴァちゃん、どうしたの?」
「敵が来るわ! 皆、戦闘態勢に入って!」
「敵!? まさか来るとは思わなかったけど、立ち向かうしか無いみたいね!」
倫子が心配しながらエヴァに声を掛けると、彼女は鋭い叫びで皆に呼びかける。全員が一瞬で武器を構えた次の瞬間、ゴブリン、ウルフ、ファルコス、インプの大群が姿を現した。
その数は百匹を超え、まるで山そのものが彼らを拒むかのようだ。本来ならインプを仲間に引き入れる選択肢もあるが、今は昇級試験とマツリが最優先。無駄な時間は許されない。
「そう簡単にはいかないみたいね! だったら正々堂々戦いに応じないと!」
日和が二丁拳銃をクルクル回し、敵に狙いを定める。敵が出てきた以上は戦うのみで、立ち止まる暇はない。
倫子達も同様の心情で一斉に戦闘態勢に入り、武器を手に飛び出していく。
「狙いは見えたから! クラッシュキャノン!」
日和の拳銃から放たれた破壊の魔法弾が空を切り裂き、ファルコスを次々と撃墜。やられたファルコスは羽根と金貨に変わり、地面に散乱する。
「この羽根、何かに使えるかも」
日和が羽根を拳銃のオーブに収めると、武器が白いデザートイーグル「ウイングイーグル」に変形。風属性の力を宿したその銃に、日和は目を輝かせる。自身の新たな武器を手に入れた事で、嬉しさも百倍となっていた。
「この銃、気に入ったかも!」
日和は風の魔法弾を連射し、ファルコスの数を三分の一にまで減らす。新たな武器の感触と威力に興奮しながら、敵を次々と倒しているのだ。
一方、零夜とベルは別の敵に立ち向かう。日和が頑張っている以上、こちらも負ける理由にはいかない。
「ゴブリンは俺に任せてください! はっ!」
「私も手伝うわ! アックスブレイク!」
零夜の苦無がゴブリンに突き刺さり、ベルがロングアックスで一掃。ゴブリン達は抵抗も虚しく金貨と化し、瞬く間に半数が消えた。
零夜は冷静に敵を分析しつつ、素早い動きで倒していく。更にベルの動きには母親のような頼もしさがあり、仲間を守る決意が感じられる。
「本当はインプも仲間にしたいけど、今はそれどころじゃないかもね。ここはコイツで倒さないと!」
「そうそう。油断は禁物だから! 別に仲間なんていらないけどね!」
倫子はダガーを両手に構え、素早い動きを駆使しながらインプを倒していく。本当はインプを仲間にしたいが、今は任務に集中しなければならないと我慢する。
アイリンは素早い猫のような動きでインプを翻弄。ツンデレな彼女はそう吐き捨てつつも、仲間を守るために全力で戦う。
インプ達も金貨に変わり、次々と地面に散らばっていく。そして残るは二十匹のウルフのみとなったのだ。
「残るはウルフね。ここは私がやるわ!」
「待って、アイリン! ここは私が行くから下がってて!」
「エヴァ、何をするつもりなの?」
「今に分かるから、待ってね」
アイリンが勢いよく飛び出そうとするのを、エヴァが制止する。シルバーウルフの彼女は何か考えがあるみたいで、誰もが首を傾げながら疑問に感じてしまう。
エヴァは静かにウルフ達に近づき、その瞳に鋭い光を宿す。すると、ウルフ達は攻撃の手を止め、尻尾を下げて大人しくなった。
「ウルフの動きが止まった! けど、なんでエヴァを見た途端、止まったんだ?」
「そうか! エヴァはワーウルフだから、ウルフ達が彼女を見て上だと認識している。だからウルフが攻撃を止めたのね!」
「そうだったんだ! 流石エヴァね!」
零夜達が驚く中、アイリンが得意げに解説。エヴァの血統がウルフを従わせる鍵であり、ウルフたちが従ったのもその為だった。
アイリンの解説を聞いた日和たちは、納得の表情をしながら頷いていた。ヤツフサもエヴァの血統に驚きつつも、内心では見事だと感じている。
「いい子ね。私達はあなた達に対して攻撃しない。頂上にいる親友に会いに来たの。案内してくれない?」
エヴァの優しい声に、ウルフ達は頷き、頂上への道を案内し始める。その姿に敵意はなく、むしろ仲間のような信頼感さえ漂っていた。
「良かった……それにしてもウルフがエヴァちゃんに対して、彼女の指示を聞くなんて……」
ベルは安堵の息をつき、エヴァの力に感嘆する。彼女がいなければ、戦いはさらに長引いていただろう。その辺については感謝しなければならない。
「うん。彼等は基本的に良い子だからね。さっ、早くマツリの元に向かいましょう!」
「そうだな。エヴァがいてくれた事に感謝しないと!」
「ありがと!」
エヴァの笑顔に全員が頷き、ウルフ達の先導で頂上を目指す。しかし、その先にはレッドドラゴン・マツリとの再会が待っている。彼女を仲間に引き入れるのは簡単ではないかもしれない。エヴァの過去とマツリの意志が交錯する瞬間が、すぐそこに迫っていた。