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第47話 炎のドラゴン、マツリ

 零夜たちはウルフたちの案内に従い、山の頂上を目指していた。道中、モンスターの襲撃がないおかげで、一行はひとまず安堵していたが、その安堵は表面上のものに過ぎなかった。

 零夜の胸中には、いつ何が起こるかわからないという緊張感が静かに渦巻き、仲間たちの穏やかな表情を見ても、それが脆い仮面であることを感じ取っていた。


「エヴァのおかげで楽に進めるな。」

「でも油断はできないからね。何処かで奇襲を仕掛けてくるかも知れないし。」  


 猫耳をピンと立てたアイリンが鋭く忠告すると、全員が頷く。モンスターの襲撃がなくても何時何が起こるか分からない――その事実が、一行の心に重くのしかかる。零夜は内心で、自分たちがどれほど危険な旅路にいるのかを改めて噛み締め、身構えることの重要性を自らに言い聞かせていた。仲間たちもまた、それぞれの胸中で同じ思いを巡らせ、不安と覚悟を静かに育てていた。

 その瞬間、エヴァが突然足を止めた。シルバーウルフの獣人である彼女の鋭い視線が捉えたのは、山頂に鎮座する巨大なレッドドラゴン。その威圧的な姿からは、遠くにいても強烈なオーラが伝わってくる。  


「見つけた! あれがレッドドラゴンよ。彼女に直接会って事情を説明しないと!」

「お、おい!」  


 エヴァは零夜たちの制止を振り切り、風のようなスピードで駆け出した。銀色の毛並みが陽光にきらめき、誰にも止められない勢いで山頂へ向かう。彼女を追うように、ウルフたちも一斉に加速し始めた。  


「我々も急ぐぞ! 置いていかれたら困るからな。」

「ええ。すぐに向かいましょう!」  


 零夜たちは慌ててエヴァの後を追い、荒れた山道を駆け上がる。頂上付近では落石の心配はないものの、足元は不安定で、一歩間違えれば崖下へ転落する危険が潜んでいる。  


(後はエヴァの説得が成功するかだ。大丈夫だろうか……)  


 零夜は不安げな表情を浮かべ、心の中でそう呟いた。レッドドラゴンを争わずに説得できるかどうかは、エヴァにかかっている。不安が募るのも無理はないが、今は彼女を信じるしか道はない。  


 ※


 一方、山頂ではレッドドラゴンのマツリが深いため息をついていた。竜人族の姉御肌を持つ彼女にとって、最近の悩みの種は尽きない。冒険者たちが昇級試験のために次々と襲いかかってくるのだ。それだけならまだしも、中にはマツリを捕らえて一儲けしようと企む者まで現れていた。  

 彼女はそんな輩を軽々と返り討ちにし、冒険者たちに「レッドドラゴンの恐怖」を植え付けてきた。しかし、襲撃は一向に減らず、彼女の苛立ちは募るばかりだ。 孤独な戦いが続き、マツリはどこかでこの争いの終わりを願っていた。


「何時になったら奴らの攻撃は終わるんだよ……あの姿は……!」  


 マツリが再びため息をついたその時、遠くから見える一つの影に目が釘付けになった。それはかつての幼馴染、エヴァだった。彼女は懸命にこちらへ走ってくる。まさかこんな場所で再会するとは、マツリ自身も予想だにしていなかっただろう。 彼女の心に懐かしさが溢れ、同時に驚愕と喜びが混ざり合い、巨大な身体が一瞬震えた。


「マツリー!」

「エヴァ! まさかここで会えるなんて思わなかったぜ!」  


 マツリは巨大なドラゴンの姿から人間の姿へと瞬時に変化し、エヴァのもとへ駆け寄った。赤いロングヘアにドラゴンの角、晒し布と青い長袴の姿は、姉御らしい威厳と気安さを兼ね備えている。  

 二人は再会の喜びに涙を流し、抱き合った。長い年月を経てようやく会えた喜びは、言葉では表しきれないほどだ。マツリはエヴァの温もりを感じながら、失った時間を取り戻すような切なさと安堵に浸っていた。


「お前が奴隷になった時にはビックリしたぜ。でも、無事である事にホッとしたよ……」

「心配かけてごめんね。もう大丈夫だから。」  


 マツリの安堵の言葉に、エヴァは苦笑いを浮かべて謝る。奴隷となった過去が既にマツリに知られている以上、彼女に迷惑をかけた自覚があるのだろう。  

 そこへ、ようやく零夜たちも追いついた。だが、彼らが目にしたのは恐ろしいレッドドラゴンではなく、竜人族の女性がエヴァと抱き合う姿だった。一同は呆然とし、状況を飲み込めずにいた。 


「エヴァ……この女性が……マツリなのか?」  


 零夜がポカンとしたまま尋ねると、マツリはエヴァから離れ、彼らに視線を向けた。そして、丁寧に一礼する。彼女の動作には威厳と温かみが混在し、零夜たちはマツリに対する警戒心が薄れていくのを感じていた。


「ああ、アタイの名はマツリ。この姿こそ、真の姿だ。ドラゴンの姿は成人した時に変化できるからな。」

「そうなのか……俺は東零夜だ。」

「私は藍原倫子。宜しくね。」

「有原日和よ。」

「私はアイリン。宜しくね。」

「私はベル。宜しくね。」

「ヤツフサだ。宜しく頼む。」  


 自己紹介を終えた一行は、すぐに打ち解け始めた。ヤツフサが尻尾を軽く振る一方、アイリンは「ふんっ」とそっぽを向くが、その耳がピクピク動くのが隠せない。内心では、マツリへの好奇心と警戒心がせめぎ合い、素直になれない自分に苛立ちを感じていた。

 ベルは母親らしい穏やかな笑みを浮かべている。どうやら争う必要はなく、今回は平和に終わりそうだ。  


「お前らの噂は聞いている。エヴァを助けてくれてありがとな。」

「困っている人は放っておけないし、当然の事をしただけさ。」

「そうそう。エヴァちゃんはにぎり飯を受け取った途端、ガツガツ食べていたし。」

「もう! 恥ずかしいから言わないでよ!」  


 ベルが優しく微笑むと、エヴァが顔を赤らめて反論。アイリンが「ふふっ」と小さく笑い、皆が和やかな雰囲気に包まれた。すると、マツリが零夜たちの手首に視線を移す。彼らが身につけるバングルには、それぞれの珠が輝いている。それは八犬士の証だ。  


「そのバングルは?」

「ああ。これは八犬士としての証だ。俺は闇、倫子さんは水、日和さんは雷、アイリンは光の珠が埋め込まれている。」

「因みに私は風となっているの。」

「私はサポーターだけどね。」  


 零夜が説明すると、エヴァも自身のバングルを見せる。ベルはサポーターとして珠のないバングルを着けていると補足した。すると、マツリがあることを思い出し、自身のバングルを掲げた。  


「実はアタイも同じバングルを持っている。これが証拠だ!」  


 マツリが笑顔でバングルを見せると、そこには炎の珠が輝いていた。赤い珠に炎の文字が刻まれているのが証拠であり、一同は驚愕しながら言葉を失う。マツリがただの再会者ではなく、運命の仲間である可能性に誰もが息を呑んだ。


「それは八犬士の証である炎の珠! まさかそなたが持っていたとは……!」

「アタイもこの事については知らなかったけど、調べてみたらタマズサを倒せる事ができると聞いていたからな。アタイも奴らに恨みがある以上、共に戦うぜ!」  


 ヤツフサが驚きを隠せない中、マツリは左目でウインクし、ガッツポーズを決めた。タマズサへの因縁と、エヴァや新たな仲間たちとの絆が、彼女を戦いに駆り立てる。  


「もしかして……マツリもタマズサたちによってやられていたのか?」

「ああ……アタイの故郷は奴らによって滅ぼされ……生き残ったのはアタイだけとなったからな……!」

「「「!?」」」  


 マツリが涙をこぼしながら衝撃の過去を明かすと、零夜たちは息を呑んだ。

 彼女の故郷は、タマズサの軍勢である悪鬼によって壊滅し、仲間は皆殺しにされた。生き残ったのはマツリただ一人だったのだ。マツリの声には深い悲しみと怒りが込められ、零夜たちはその痛みを自分たちの過去と重ね、胸が締め付けられる思いだった。


「そんな事があったなんて……私たちもタマズサの軍勢によってやられたから、気持はよく分かるよ……」

「私も大切な仲間を失ってしまったからね。奴らは絶対に許さないんだから!」  


 倫子がマツリの頭を優しく撫でて慰め、アイリンはツンと鼻を鳴らしつつも、目に怒りを宿していた。彼女たちもタマズサに苦しめられた過去を持つ者たちであり、心の底からタマズサを憎んでいる。


「私も大切な幼馴染がピンチになっている以上、放っておけないからね。これからは私たちが側にいるから、心配しなくても大丈夫よ。」

「ありがとな……」  


 マツリは涙を拭い、お礼を言う。仲間たちは下山を始め、クエストクリアの報告と共に、新たな八犬士の仲間を見つけたことを伝える準備を整えた。だがその時、マツリが突然足を止め、ある提案を口にする。彼女の目には、再び戦いの炎が宿っていた。


「おっと、忘れてた。折角同じ八犬士と出会った以上、力を試す必要があるからな。今すぐアタイと戦ってもらうぜ!」

「「「ええっ!?」」」

(ハァ……マツリの悪い癖が出ちゃったか……)  


 マツリが零夜たちに宣戦布告し、一同は目を丸くする。エヴァは額に手を当て、ため息をついた。

 マツリにはバトルジャンキーな一面があり、強者との戦いを求めて武者修行に出ることも少なくない。かつてエヴァとも互角の勝負を繰り広げた過去があるのだ。エヴァは内心マツリのこの性格に呆れつつも、懐かしさと諦めに似た感情が混じっていた。


「八犬士の力を試すか……折角だからいい機会となるだろう。ここは零夜、お前が行け。」

「まさかこんな事になるとはな……分かりました。俺が向かいます!」  


 ヤツフサの指示に零夜は一瞬ため息をつくが、すぐに気を取り直し、マツリの前に立つ。彼女を鋭い目つきで睨みつけながら、臨戦態勢に入ろうとしていた。こうなってしまうと誰も止められないのは明らかだ。


「勝負方法はプロレスだが、問題ないか?」

「大丈夫だ。プロレスについては様々な技を取得しているし、むしろその戦いの方がやりやすいからな!」  


 マツリがウインクしながら指を鳴らすと、魔法で山頂にプロレスのリングが現れた。風が強まって緊迫感が一気に高まるが、プロレスの勝負をするには持って来いの展開にしか過ぎない。


「それならこちらも問題ない。すぐにリングに向かうぞ!」

「おう!」  


 零夜とマツリがリングへ向かう中、倫子たちは心配そうな表情を浮かべる。お互い怪我を出さないで欲しいと心から願っているが、勝負の行方も気になっているだろう。

 突然のエキシビジョンマッチが始まったこの戦い、果たしてどんな結末を迎えるのか。そして、この戦いが終わった後、タマズサとの戦いにどう影響するのか——二つの謎が、新たな展開を予感させるのだった。  

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