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第50話 モンスター娘を捕まえろ

 翌朝、ベルとの温かなスキンシップの余韻を胸に、零夜たちはギルドの掲示板前に集まっていた。壁には色とりどりのクエスト依頼が貼られ、どれを選ぶか決めかねている様子だ。埃っぽいギルドの空気の中、冒険者たちのざわめきが響き合い、期待と緊張が混じり合っていた。


「今回のクエストだけど、良い物はある?」


 日和が真剣な表情で掲示板を睨みながら尋ねると、アイリンはキョロキョロと周囲を見回し、尻尾をピクピク動かしながら答えた。


「全然……迷う物ばかりだし……」  


 アイリンの声には苛立ちが滲み、ツンデレらしい不機嫌さが垣間見える。しかし、どれだけ探しても似たような依頼ばかりで、決め手に欠けていた。そんな中、零夜がふと一枚の依頼書に目を留める。その内容は「モンスター娘の捕獲」。報酬欄に書かれた数字を見て、彼の瞳がキラリと光った。  


「ふーん……モンスター娘を探すクエストか。このクエスト、しかも賞金は高額だぞ」

「「「!?」」」  


 零夜の呟きに、仲間たちが一斉に反応した。倫子、日和、エヴァ、マツリ、ベル、アイリンが掲示板に視線を集中させる。高額な賞金と聞けば、黙っていられるはずがない。空気が一瞬にして熱を帯びた。  


「これにしようか! 賞金高額なら興味あるし!」


 アイリンが勢い込んで言うと、倫子が少し冷静に、しかしどこか牽制するような口調で続けた。


「そうね。けど……零夜君がモンスター娘を手に入れようと動きそうだし、その時は止めに入らないとね……」  


 全員の意見が一致し、このクエストに挑むことが決まったが、倫子は零夜をジト目で睨みつける。零夜の「仲間を増やして戦うのが好き」という性癖は周知の事実だ。しかしモンスター娘が彼の手に渡れば、仲間内の関係がさらに修羅場と化すのは目に見えている。倫子はそれを阻止する決意を固めていた。  


(やはりそう簡単にはいかないみたいか……となると、ここは少し策を考える必要があるな……)  


 倫子の視線を感じた零夜は、真剣な表情で頭を巡らせ始める。倫子が暴走すればクエスト自体が失敗に終わる可能性もある。ここは慎重に、かつ大胆に行動する必要があるだろう。やがて零夜は策を練り終え、全員でそのクエストを受理。ギルドの受付嬢に書類を渡し、目的地である「サンベルクの森」へと向かい始めた。  


 ※ 


 森に足を踏み入れると、湿った土の匂いと木々のざわめきが一行を迎えた。サンベルクの森は多様な生物や珍しい植物、巨大なキノコが点在する神秘的な場所だ。そして何より、モンスター娘が多く生息する危険地帯でもある。  


「サンベルクにいる生物だが、そこにはモンスター娘の割合が多い。仲間にすると心強いぞ」

「それならすぐに見つけないと!」  


 ヤツフサの言葉に勢いづいた零夜が、忍者のような敏捷さで森の中を駆け出した。だがその直後、目の前にドロリとした粘液を滴らせたカエルの軍勢——フロッグヒューマンが立ち塞がる。二足歩行のカエルたちは、ギョロリとした目で一行を睨み、森の静寂を打ち破る不気味な鳴き声を上げていた。  


「あれはフロッグヒューマン! 二足歩行のカエルで、マスターと同じ種族よ!」


 アイリンが倫子に視線を向けると、倫子はニヤリと笑って前に出た。


「それならウチに任せて! マジカルハート!」  


 倫子が両手でハート型を作ると、眩いピンクの光が放たれ、二十匹のフロッグヒューマンに直撃した。光に飲み込まれたカエルたちは次々とスピリット化し、倫子のバングルに吸い込まれていく。その様子はまるで魔法少女のような華麗さだった。  


「レベルが上がった事で、二十匹も捕まえる事ができたのか……でも、まだまだかな?」  


 倫子は満足げにバングルを眺めるが、内心では物足りなさを感じていた。レベルMAXになれば一種類につき百匹まで捕獲可能になるが、今はまだその半分にも満たない。焦らず進むしかないと自分を戒める。  


「ともかく数を減らしたし、後はアタイ等で倒さないとな!」

「ええ! これ以上好き勝手させない為にもね!」


 マツリが刀と盾を構え、竜人族らしい豪快な笑みを浮かべる。エヴァもシルバーウルフの鋭い爪を光らせ、クロー付きガントレットを装着する。


「私たちも頑張らないと!」

「ここで足止めするのなら、容赦しないわ!」

「最初から一気に攻めないとね!」


 ベルが母性的な優しさで仲間を鼓舞し、素早い動きで戦闘態勢に入る。アイリンが猫の獣人らしい俊敏さで拳を握り、日和は二丁拳銃を回転しながら、カウガールの様に構える。一行は一斉に戦闘態勢に入り、フロッグヒューマンの群れに突撃する。  

 フロッグヒューマンの群れが返り討ちにしようと襲いかかるが、それは無謀な挑戦だった。マツリが竜の咆哮と共に刀を振り下ろし、数匹を一瞬で両断。エヴァは銀色の残像を残しながら敵の喉元を切り裂き、ベルはロングアックスの一振りでフロッグヒューマンを薙ぎ払う。アイリンは軽やかなステップで敵の懐に飛び込み、鋭い爪で次々と仕留めていく。そして日和は二丁拳銃から魔法弾を発泡し、次々と命中して敵の数を減らしていた。


「これで終わりよ! キャットナックル!」  


 最後の一匹に、アイリンが右ストレートを叩き込む。拳が命中した瞬間、フロッグヒューマンは金貨と粘液の塊に変わり、森の地面に散らばった。

 戦闘はわずか数分で終わり、フロッグヒューマンの軍勢は壊滅。圧倒的な無双ぶりに、仲間たちは互いに笑みを交わす。  


「まさかモンスターがいきなり来るとはね……けど、今のところは問題ないみたい」

「モンスター娘は何処にいるのか分からないし、用心して進まないと」  


 日和が周囲を警戒しながら言うと、ベルが母親らしい穏やかな声で忠告した。それに皆も真剣な表情で頷いた後、彼らは森の奥へと進み始めた。


 ※


 零夜たちが森の奥へ進む中、彼がふと足を止める。視線の先に、倒れている一人の女性がいた。  

 その女性は、茶色の髪に緑の羽根を生やしたハーピーレディ族だった。頭にはインディアンの羽根飾り、青いチューブトップとカーゴポケット付きのジャージを身に纏い、高身長でモデル体型の美女だ。しかしその体は傷だらけで、意識を失っているのも無理はない。  


「人が倒れている! すぐに手当てしないと!」

「私達も手伝うよ!」  


 零夜が駆け寄り、日和、ベル、エヴァの三人がヒーリングの準備を始める。母性的なベルが放つ温かな癒しの光と、エヴァと日和の回復魔法が傷を癒し、やがて女性が目を覚ました。  


「おおきに……お陰で助かったわ」

「どういたしまして。ところであなたはどうしてここに倒れていたんだ?」  


 零夜の質問に、女性は埃を払いながら立ち上がる。


「ウチはユウユウ。ハーピーレディの魔術格闘家で、修行の旅に出ていたんや。ところがペンデュラスに入った途端、兵士達に捕まってしもうた。自力で脱出して逃げた後……」

「今に至るという事か。皮肉な運命を辿っていたみたいだな……」  


 ユウユウの話を聞き、ヤツフサたちは真剣な表情で頷く。ペンデュラスの兵士といえば、アリウスが関与している可能性が高い。追手が来るのも時間の問題だろう。  


「追手が来る前に早く逃げなければアカン。見つかったらまた同じ目に遭うで」

「それなら俺に方法がある」

「へ?」 


 ユウユウが焦る中、零夜が自信満々に提案する。彼女がキョトンとするのも無理はない。  


「モンスター娘との契約だ。そうすればユウユウの安全が守り切るだけでなく、主が死なない限りか自由になる以外は契約は途切れない。どんな事があってもね」

「おお! その手があったんやな! じゃあお願いするわ!」  


 ユウユウは即座に納得し、零夜と握手を交わす。彼女は光の粒子となってスピリット化し、零夜のバングルに吸い込まれた。これで彼女の安全は確保された——はずだった。  


「零夜君? 分かっているよね? なんでモンスター娘と契約をしているのかな?」

「げっ! これはその……」  


 倫子が不気味な笑みを浮かべながら近づいてくる。零夜だけでなく、周囲の仲間たちも冷や汗を流す。倫子の怒りは収まる気配がなく、零夜は慌てて言い訳を試みるが、通用するはずもない。  


「逃げるが勝ちだ!」

「待たんかゴラァ!」  


 零夜が全速力で逃げ出し、倫子が猛追する。森の中で繰り広げられる追いかけっこに、仲間たちは呆れ顔で見守るしかなかった。  


「全く……あの二人は相変わらずだな……」


 ヤツフサがベルに抱かれながらため息をつくと、マツリたちも苦笑いしながら同意する。止めに入ったら殴られるので、気の済むまで放っておく必要があるのだ。


「まあ、無理もないよな……ん?」  


 マツリが横を見ると、エヴァが頬を膨らませて嫉妬している様子が目に入った。ユウユウの加入と零夜への注目が、彼女のプライドを刺激したらしい。  


「エヴァ、もしかして零夜の事を好きになったんじゃ……」

「ち、違うからね! それは無いから!」

「大嘘つかない。アタイにはバレバレだからな」

「うう……マツリにはバレちゃうか……」 


 エヴァの誤魔化しはマツリに見抜かれ、項垂れるしかなかった。マツリは優しく背中を撫でながら、内心で新たな決意を固める。  


(まさかエヴァが零夜を好きになるとはな……これはバックアップしておかないと!)  


 倫子に追いかけられる零夜を見ながら、マツリは恋の行方が新たな波乱を呼ぶ予感を感じていた。その展開が一行にどんな影響を及ぼすのか、まだ誰も知る由もなかった。  

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