零夜たちはクエストを終えてギルドに帰還した後、そのまま市場で買い物をして家に帰宅した。疲れを感じつつも、仲間たちとの賑やかな空気が心地よく、すぐに皆で夕食の準備に取り掛かる。そんな中、マツリがエヴァの手を突然掴み、裏庭へと引っ張り始めた。
「何!? 何なの!?」
エヴァは驚きを隠せず、銀色の狼耳をピクピクさせながら声を上げた。しかし、マツリは無言のまま力強く歩を進め、裏庭に到着するとエヴァの両肩に手を置いて真剣な眼差しを向ける。
「エヴァ、動くとしたらお風呂の後がチャンスだ。ここは零夜に対して積極的にアピールしておくべきだ!」
「えっ、アピール!? けど、私にそんな自信は……」
マツリの突然の提案に、エヴァは目を丸くして赤面してしまう。恋愛経験がゼロに等しい彼女にとって、積極的に行動するなんて考えられない。むしろ恥ずかしさで逃げ出したくなるほどだ。狼の尻尾が不安そうに揺れる。
「何言ってるんだ! その事についてはアタイがアドバイスするから! 耳を貸せ!」
「ふえ?」
マツリはエヴァの敏感な狼耳に近づき、ボソボソと作戦を囁いた。その内容を聞いたエヴァは一瞬固まり、すぐに顔を真っ赤にして叫ぶ。その内容で赤面するという事は、大変な展開になる確率が高いだろう。
「そ、その作戦でやるの!?」
「ああ。後はアンタのやり方次第だ。さっ、戻るぞ!」
「うん……」
エヴァは内心ドキドキしながらも、マツリの押しに負けて頷く。零夜との距離を縮めるためには、この大胆な一歩が必要だと自分を奮い立たせるしかない。
二人でキッチンに戻ると、ヤツフサが小型フェンリルの姿で足元をうろつき、アイリンがツンデレっぽく舌打ちしながら野菜を切っていた。ベルは母親らしい穏やかな笑顔で鍋をかき混ぜている。倫子と日和は二人でパンの生地を捏ねていて、零夜は肉をオーブンで焼いていたのだ。
※
夕食が終わり、風呂を済ませた後、零夜は背伸びをしながら自室へ向かった。椅子に腰掛け、バングルを起動すると、ウインドウに自身のステータスが映し出される。レベル30、使える武器は毒刃のみ、仲間のモンスター娘はライラとユウユウだけだ。
「ハァ……今のままじゃ駄目だ。レベルは30に上がっているが、もう少し上に行かないと駄目かもな……タマズサはこの程度では倒す事さえ不可能だし……」
零夜は画面を見つめ、憂鬱なため息をつく。タマズサを倒すという最終目標は遥か遠く、八つの珠を持つ戦士や仲間たちを揃え、全員が最強の状態で挑まなければ勝ち目はない。最悪、全滅の危機すらあるのだ。
「考えても何も始まらない! もう寝よう……」
零夜が考えるのを止めて寝ようと決めたその瞬間、扉をノックする音が響く。気になって開けると、そこにはエヴァが立っていた。寝間着ではなく、普段のスポーツブラとサスペンダー付きのカーゴデニム姿だ。シルバーウルフの尻尾が少し緊張したように揺れている。
「エヴァ。どうしてここに?」
「話があるの。中に入って良いかな?」
「別に構わないが……」
零夜が扉を閉め、エヴァを招き入れると、二人は自然とベッドに腰掛けた。距離が近く、互いの体温が感じられるほどだ。
「さっきため息をついたけど、何かあったの?」
「ああ。今のステータスを確認していたんだ。現在のレベルは30。タマズサを倒すにはまだ足りないくらいだ」
「あの女性は強いからね……私は大体レベル50よ」
エヴァは真剣に頷き、自分のレベルを明かす。S級パーティー出身の彼女は、マツリと同じく豊富な戦闘経験でレベルを上げてきた。零夜はそれを聞いて目を細める。
「となると、S級ランクの基本はレベル50以上だな……まずはそのレベルを超えないと」
今後の目標を定める零夜に、エヴァはふとマツリのアドバイスを思い出し、意を決して質問する。零夜は何故タマズサを倒そうとするのか気になっているだけでなく、まずは会話をしてから恋愛展開に入ろうとしているのだ。
「ねえ。なんで零夜はタマズサを倒そうとしているの?」
首を傾げるエヴァの純粋な瞳に、零夜は少し驚きつつ天井を見上げた。そして深い息をつきながら、静かにポツリと語り始める。
「俺は元はと言えばプロレスラーになりたかった。だが……後楽園で起きた大量虐殺によって、俺の運命は変わってしまった……」
怒りと悔しさで拳を震わせる零夜。後楽園の悲劇を起こした虐殺の首謀者バンドーを倒したものの、その傷はまだ癒えていない。倫子と日和も亡くなった人の事を考えると、悲しみのあまり泣いてしまう事もある。
「倫子から聞いたけど、あの事件があったからこそ今がある。それが今に繋がる原動力となっているのね」
「そうだ。この騒動の元凶はタマズサだとすれば、俺は仲間と共に倒しに向かう。プロレスラーへの道はその次だ」
エヴァは零夜の決意に心を打たれ、思わず彼をギュッと抱き締めた。辛い過去を共有したことで、二人の間に温かい絆が生まれる。
「エヴァ?」
「零夜も辛い思いをしていたんだね……私とは違うけど、あなたは一人じゃない。その事を忘れないで」
「ありがとな……」
零夜は照れながら礼を言い、エヴァは優しく微笑む。その笑顔は、まるで聖母のように穏やかだ。彼女は勢いのまま零夜をベッドに押し倒し、彼を胸に抱きながら頭を撫で始める。零夜の顔はみるみる赤くなり、茹でダコ状態に。
「は、恥ずかしい……」
「大丈夫。よしよし」
エヴァのスキンシップに、零夜は困惑しつつも心地よさを感じていた。だがその時、突然普段着である裸ロングオーバーオール姿の倫子が部屋に飛び込んできた。恐らく零夜が他の女子と付き合っていると感じていたのだろう。
「はいはい。スキンシップはそこまで」
「うわっ!」
倫子が零夜をエヴァから引き剥がすと、エヴァは頬を膨らませて抗議する。折角の良いところを邪魔した事で、そうなるのも無理はない。
「何してくれるのよ! 良いところなのに!」
「零夜君はウチの大切な人なの。勝手に奪い取るのは止めてくれん?」
倫子の挑発にエヴァが乗っかり、二人は言い争いを始める。しかも二人は額をくっつけ合いながら、バチバチと睨み合っていた。
「そう言う倫子だって、零夜といつも抱っこしまくっているじゃない! もしかしてアンタも零夜が好きなんでしょ!」
「うっ!? そんな事はないから! ウチにとって零夜君は弟の存在なのだから!」
「だったら私に渡しなさいよ!」
「や!」
零夜を巡る恋のバトルがヒートアップし、彼は呆然と立ち尽くす。その様子をドア越しに、日和、マツリ、アイリン、ベル、ヤツフサが唖然としながら見守っていた。
「やっぱりこうなったか……」
「マツリがエヴァに余計なアドバイスをするから、こうなったんじゃない?」
「まあまあ」
アイリンがジト目でマツリを睨み、ベルが苦笑いしながら彼女を宥める。マツリは頭をかいて苦笑いした後、ため息をつきながら倫子とエヴァの言い争いに視線を移す。
「言われてみればそうかもな……じゃあ、早く止めに行こうぜ……」
「そうね……零夜の恋はどうなる事やら……」
「私達も不安になりそうね……」
一同はため息をつきつつ部屋に突入。今後の恋愛展開に不安を残しながらも、今は止めに行くしか無いと決意したそうだ。
数分後、騒ぎは収まり、結局全員で零夜の部屋に泊まることになったのだった。