ギルドの裏に設けられた屋外リングは、熱狂に包まれていた。これから始まるのは、東零夜とS級ランカー・ルイザによるプロレスバトル。倫子たちギルドメンバーだけでなく、冒険者や街の人々が詰めかけ、満席の観客席からは期待のざわめきが響き渡る。
「まさかプロレスの試合がここで行われるなんてね……」
「ええ……ですが、この戦いはエヴァを守りきれるかの重大な戦い……何れにしても油断はできません」
リング下で唖然とする倫子に、日和が苦笑いしながら頷く。この試合はただのエンタメではない。シルバーウルフの獣人エヴァを巡る試練であり、緊迫感が漂っていた。
倫子と日和の傍らには、アイリン、エヴァ、マツリ、ベルが揃い、リング上の零夜を見つめている。アイリンはツンとした表情で腕を組みつつも、内心では零夜に期待を寄せていた。
一方、ベルは母親らしい穏やかな眼差しで、エヴァは尻尾を軽く振って緊張を隠しきれず、マツリは姉御肌の貫禄で腕を組んで見守る。彼らはただ勝利を願うだけでなく、ルイザに痛い目に遭ってほしいと密かに思っていた。
「さあ、いよいよ始まります! 東零夜とルイザによるプロレスバトル! 20分一本勝負となるので、この戦いはどうなるかに注目です! なお、実況は私、メリアが務めます!」
「解説はこの俺、ヤツフサが務める」
メリアの張り切った声が響き、ヤツフサがドヤ顔で解説席に陣取る。鋭い牙を覗かせたその姿に、倫子たちは一斉にずっこけて倒れ込んだ。だが、ベルだけは倒れず、穏やかに苦笑いしながら「まあまあ」と宥めるように呟く。
「なんでヤツフサが解説なの?」
「ヤツフサさんはプロレスを調べまくり、今ではプロレスの全てを解説できるほどに上達しました!」
「その通りだ。今後お前たちのプロレスの試合は、解説を務めるので宜しく頼むぞ」
「「「は、ハァ……」」」
「ったく、調子に乗ってんじゃないわよ」
メリアの説明とヤツフサの自信満々な宣言に、倫子たちは苦笑いで応えるしかなかった。アイリンはそう吐き捨てつつも、どこか感心したような目つきでヤツフサをチラ見していた。
リング上では、零夜とルイザが睨み合い、火花を散らす。零夜の鋭い視線と、ルイザの傲慢な笑みがぶつかり合い、会場に緊張が走る。この戦いは一瞬の隙が命取りとなる、油断できない勝負だ。
(相手はS級ランカーか……だが、相手が誰であろうとも……仲間を傷つけた者は容赦しない……!)
零夜が心で決意を固めた瞬間、ゴングが鳴り響く。ルイザが一気に飛び出し、速攻で決着をつけようとタックルを仕掛けた。観客席が息を呑む中、その動きはまるで猛獣の突進のようだ。
「させるか!」
「な!?」
「ここで零夜が跳躍して回避成功!」
「ぐっ!」
零夜は軽やかに跳び上がり、ルイザのタックルを空振りさせる。勢い余った彼女はコーナーポストに激突し、呻き声を漏らして一瞬怯む。すかさず零夜が背後から忍者の如きスピードで駆け出し、観客が目を離せない展開に突入した。
「そこだ! 隼蹴り!」
「がはっ!」
「先手を取ったのは東零夜。しかし攻撃は終わらない!」
零夜の膝蹴りがルイザの背中に炸裂し、彼女はリングマットに両膝をつく。だが、零夜は容赦しない。彼女を強引に立たせると、背後から脇に頭を潜り込ませ、腰を抱えて一気に後方へ反り投げる。
「おおっと! 今度はバックドロップに入るぞ!」
バックドロップが完璧に決まり、ルイザの身体がマットに叩きつけられると、観客席から大歓声が沸き上がる。エヴァは尻尾をブンブン振って興奮し、アイリンは素直になれない様子でそっぽを向いていた。
「素晴らしい! これが東零夜の実力なのですか!?」
「いや、彼の実力はまだ序の口だ。全力を出し切れていないし、まだまだこれからだと言える」
(((凄い解説……)))
「やるじゃねえか、ヤツフサ」
「頼もしいわね」
メリアの熱い実況に、ヤツフサが冷静に答える。小型フェンリルとは思えない知識量に、倫子たちは内心で驚愕していた。マツリはニヤリと笑い、ベルは優しく頷く。
「どうした? S級と聞いたが、プロレスの技はこの程度か」
「こいつが!」
零夜の挑発に激昂したルイザがスピアータックルで突進するが、彼はサイドステップで軽々と躱し、強烈な回し蹴りを側頭部に叩き込む。ルイザがぐらつき、観客が総立ちになる中、ヤツフサの解説が冴え渡る。
「ここでルイザがぐらついた! 最早倒れるのも時間の問題か!」
「ルイザは逃亡してからのダメージが蓄積している。彼女が本調子ではない以上、戦うのは無謀と言えるだろう」
観客はこの歴史的瞬間を目の当たりにし、興奮が最高潮に達する。S級ランカーが追い詰められる姿は、まさに前代未聞だった。
「よくもやってくれたわね! もう許さないわ!」
怒り狂ったルイザがバングルからスピリットを解放し、羽の生えた人間大のインプ――ヒューマンインプを次々と召喚する。観客席からブーイングが巻き起こり、メリアが叫ぶ。
「ここでモンスター召喚! いくらなんでも反則ですよ!」
(まあ、確かにそうかもな……)
マツリが苦笑いしながら内心で呟く中、ルイザは傲慢に言い放つ。
「うるさい! 彼等はヒューマンインプ! 私の召喚獣よ!」
「なるほど……こりゃ一筋縄ではいかないかもな!」
零夜が手刀の構えを取り、真剣な表情で呟く。六匹のヒューマンインプが一斉に襲い掛かるが、彼は冷静に対処。両手に赤いオーラが宿り、炎が燃え上がる。
「
「「「ぐおっ!」」」
連続手刀がヒューマンインプの首を切り裂き、瞬く間に全滅させる。スピリットとなってバングルに戻る彼らを尻目に、零夜は余裕の笑みを浮かべる。
しかしルイザは起死回生の一打としてナイフを手元に召喚し、この攻撃で終わらせようと考えているのだ。
「おのれ……こうなったら私が相手よ!」
「そうはさせるか!」
ナイフを構えて突進するルイザに対し、零夜は二本の苦無を投擲。ナイフが弾かれ、彼女の手から宙を舞う。その隙に飛び膝蹴り「隼蹴り」が顎に炸裂し、ルイザがよろめく。
「がはっ!」
「これで終わりだ!」
零夜はルイザをうつ伏せに抑え込み、両腕を交差させて首を極めるオリジナル技「
「うああああ! 降参しますー!」
ルイザがギブアップし、ゴングが鳴り響く。零夜の大金星に、観客席は興奮の渦と化した。エヴァがリングに駆け上がり、零夜をムギュッと抱き締める。尻尾が激しく揺れ、涙ながらに感謝を伝える。
「ありがとう! あなたのお陰で助かったわ!」
「気にするなよ。仲間を放っておく理由にはいかないからな!」
「本当にいい男だぜ!」
「べ、別に感動なんかしてないんだから!」
零夜の笑顔に、ベルは母親らしい温かい笑みを浮かべ、マツリは頷きながら称賛する。アイリンはツンデレ全開でそっぽを向き、倫子だけは頬を膨らませてムスッとしていた。
「さて、ルイザ。洗いざらい話してもらおうか。なんでエヴァを奴隷として、アリウスに引き渡したのかを!」
「ぐ……正直に話します……」
敗北を喫して項垂れるルイザに、零夜は鋭い視線を向ける。リング上は勝利の余韻と、新たな展開への期待に満ちていた。