零夜とルイザのプロレスの試合が終わりを告げた後、零夜たちはギルドへと急いで移動した。その目的はルイザの話を聞くためだ。
彼女はボロボロの状態で発見されたが、日和とアイリンの治癒術によって傷は癒えていた。しかし、服はズタズタで、かつての華やかさは微塵も残っていなかった。 ギルドの灯りが彼女の疲れ果てた顔を照らし、場に重苦しい空気が漂う。
「では、ルイザさん。あなたが何故奴隷となってしまった経緯を説明してください」
メリアの声は静かだが、鋭い刃のような緊張感を帯びていた。
「ええ……私はハインたちと共にエヴァをアリウスに引き渡して、いい気味だと笑っていました。しかし彼女が脱走してから、私が奴隷として突き出されてしまいました」
ルイザは震える声でこれまでの経緯を語り始めた。その言葉に、メリアたちは驚愕を隠せなかった。S級パーティー「オパールハーツ」内でそんな裏切りと陰謀が渦巻いていたとは、誰にとっても予想外であり、ギルド内に静かな衝撃が広がる。零夜の瞳が鋭さを増し、アイリンが「ふんっ」と鼻を鳴らして不機嫌そうに耳をピクつかせる。
「それで私は命からがら逃げ出し、エヴァに復讐しようと企んでいました……けど、零夜に敗れてから……自分の愚かさを感じました……」
ルイザは正直に話し終えると、堪えきれずに涙を溢れさせた。ヒックヒックと嗚咽を漏らし、肩を震わせる姿に、ベルがそっと近寄り、母親のような優しさで肩に手を置く。彼女の罪は確かに重い。しかし、アリウスの命令に盲従するハインたちに比べれば、まだ救いがあるかもしれない。
ギルド内に響く彼女の泣き声が一瞬の静寂を破る中、冒険者の一人であるグンタルスが低い声で呟いた。
「あのペンデュラス家のバカ息子だな。また奴隷を手に入れようとしているのか」
その言葉に零夜たちは一斉に反応し、彼を取り囲むように近づいた。グンタルスの目には暗い影が宿り、彼がアリウスを知っているという事実は、この状況が単なる偶然ではないことを示唆していた。
「アリウスという男を知っているのか?」
零夜の問いに、グンタルスは重々しく頷いた。その様子だと訳ありである事は確実だ。
「ああ。俺は一ヶ月前にペンデュラスという街に住んでいたからな。あそこはまさに平和そうに見えるが、地獄の時もあった」
「地獄? どういう事だ?」
零夜の声に疑念が混じる。倫子、日和、アイリン、ベルも首を傾げたが、エヴァ、ルイザ、マツリの三人は表情を硬くし、グンタルスに視線を集中させる。誰もがペンデュラスの裏を聞いたことが無いので、興味を湧かせているのだ。
「それは……あのアリウスが女性を奴隷としている事よ。ペンデュラス領主であるベイルの権力を利用してね」
ルイザが真剣な表情で口を開き、アリウスという男の悪行を語り始めた。彼女の声には恐怖と決意が混じり、零夜たちの間に緊迫感が走る。
アリウス・ペンデュラスは、現領主ベイル・ペンデュラスの一人息子であり、ペンデュラス家の跡継ぎだ。しかし、親の権力に溺れ、傲慢で残酷な性格に育ち、逆らう者を容赦なく潰してきた。その結果、街の住民たちは不安と恐怖に苛まれていた。
「親の権力で好き勝手しているという事か……全く許されない事をしてくれるぜ……」
零夜は怒りで震え、拳を強く握り潰すように締めた。その様子を見た倫子が素早く彼に寄り添い、後ろからムギュッと抱き締める。
零夜の怒りは時に暴走する。それを抑えるのは、いつも倫子の役目だった。彼女の温もりに、零夜の呼吸がわずかに落ち着くが、瞳の奥に燃える炎は消えない。
「奴は奴隷を殴る事でストレス解消としているが、この件についてはどうもおかしいと思うんだよな……」
「どうもおかしい……あっ、そうか!」
グンタルスの真剣な話を聞いたアイリンが突然手を叩き、猫耳をピンと立てた。彼女のツンデレな態度が一瞬消え、真剣な表情が浮かぶ。
その様子を見た零夜たちは、彼女に視線を集中させる。
「何か分かったの?」
「ええ。この世界では基本的に奴隷は禁止となっている。なのに、ペンデュラスという街では奴隷売買という違法な事をしているという事よ」
「これは憶測だが……あのバカ息子が勝手に何かを仕出かしているに違いないぜ。親の権力を利用してな」
アイリンの説明にマツリが力強く補足すると、零夜の怒りはさらに増幅し、今にも爆発しそうになる。倫子が慌てて彼を強く抱き締め、頭を撫でて宥めたが、彼の拳は震えを止めない。アリウスが絡むこの奴隷問題は、重大な犯罪だ。見逃すわけにはいかない。
「あの領主親子をどうにかしなければ、ペンデュラスという街は大変な事が続くだろう」
「ハイン達も私達の街に来る可能性があり得ます。恐らく目的はルイザさんとエヴァさんの様ですし」
ヤツフサが鋭い目で唸り、メリアが冷静に付け加えた。
ハインたちはアリウスの怒りを鎮めるため、ルイザかエヴァを奴隷として差し出さねばならない。失敗すれば死が待っている。彼らの必死さは想像に難くないが、零夜たちもこの悪事を黙って見ているつもりはない。エヴァとルイザを守り、かつてエヴァを追放した罪を償うためにも、ハインたちを倒す覚悟が固まる。
「ともかく奴等が来たら倒しに行かないとな。たとえ相手が誰であろうとも、容赦はしない!」
「それにハインたちがこの街に来る可能性もあり得るからね。取り敢えず私たちで保護しておかないと!」
零夜と日和の宣言に、倫子たちは一斉に頷き、決意を共有した。ハインとアリウスの悪行を終わらせるため、自ら敵地に乗り込む必要がある。
「その前にルイザの服をどうにかしないとね。今はボロボロになっているし」
ベルが母親らしい優しさでルイザに目を向ける。彼女のワンピースは下半分が破れ、みすぼらしい姿になっていた。修繕も難しい状態だ。
「確かにそうね。じゃあ、ブティックに行ってルイザの服を買い替えましょう!」
「「「賛成!」」」
「あっ、ちょっと!」
倫子の提案にエヴァたちが即座に賛同し、ルイザを連れてギルドから飛び出していく。その慌ただしい様子に、零夜とヤツフサ、グンタルスは呆然とし、メリアは苦笑いを浮かべた。
「行動力は早いと言うか……まあ、これはどうかと思えるな……」
「俺も思いました……すぐに後を追いかけないと!」
零夜とヤツフサも急いでギルドを飛び出し、倫子たちの後を追う。メリアは微笑みながら呟いた。
「相変わらずですね、皆さんは」
メリアは受付カウンターに戻り、グンタルスも仲間たちとクエストを選び始める。同時にギルド内は緊迫感が解かれてしまい、いつも通り賑やかになったのだった。
※
同時刻。クローバールの街に、三人の男たちが静かに足を踏み入れた。S級パーティー「オパールハーツ」のメンバー――剣士のハイン、重戦士のクルーザ、ビショップのザギルだ。彼らの目は冷たく、獲物を追う獣のようだった。
「この街にルイザがいるのは確実だな」
「ああ。奴はエヴァに対して復讐心を燃やしている。彼女がこの街にいるだけでなく、エヴァもいるのなら好都合と言えるだろう」
「二人まとめてアリウス様に差し出せば、こちらとしても大儲けで命も助かるぜ!」
ザギルの言葉に、クルーザが拳を打ち鳴らし、気合を入れる。
ルイザは逃げられ、エヴァも脱走した。だが、二人ともクローバールにいるとなれば、まとめて捕らえる絶好の機会だ。
「それなら街中をくまなく探すのみだ。失敗は許されないからな……」
ハインの声は低く、冷酷だった。クルーザとザギルが頷き、三人は街中に散らばり始めた。ルイザとエヴァを捕らえるため、そして自分たちの命を守るため、彼らの動きは迅速かつ無慈悲だ。
そして、零夜たちとの衝突の瞬間が、刻一刻と近づいていた。