ギルドを出た零夜たちは、そのままブティックへと向かっていた。その理由は、ルイザのボロボロの服を新調するためだ。エヴァを先頭に、ヤツフサがトコトコと隣を歩き、その後ろには仲間たちが続いている。
「さて、ルイザの服も変えておかないとな。この姿じゃ笑われるし。さて何処にするか……」
マツリが太い腕を組んでブティック選びを考えていると、ふいに日和が口を開いた。彼女は人間だが、この街のファッション事情にやたら詳しく、誰かをコーディネートするとなれば右に出る者はいない。
「ルイザは盗賊だから、あの店が似合うと思うよ。ほら、そこにお店があるから」
日和が細い指で示した先には、カジュアル衣料を専門に扱う店が建っていた。確かに他にも民族衣装や高級ドレスを扱う店はあるが、盗賊であるルイザの気性や動きやすさを考えれば、カジュアルが一番しっくりくるだろう。
「確かに盗賊と言えばカジュアルだけど、似合う物はあるのかしら?」
ルイザは店の前に立ち、鋭い目つきで看板を見上げながら呟く。彼女の声にはどこか不安が混じっていた。この店でまともな服が見つかればいいが、変な物を掴まされれば笑いものになりかねない。ルイザ自身、どう見られるかを気にするタイプではないが、仲間と行動する以上、最低限の格好は整えたいと思っていた。
「まあまあ。取り敢えず中に入りましょう!」
「キャッ!」
倫子がルイザの背中をグイッと押すと、彼女は小さな悲鳴を上げつつ店内へと押し込まれた。倫子は人間だが、明るいお姉さん的存在で、こういう場面では率先して場を動かすタイプだ。エヴァ達もその後ろに続き、次々と店へと入っていく。だが、零夜とヤツフサは店の外に残った。零夜は服装にまるで興味がないらしく、ヤツフサは小型とはいえフェンリルゆえに店内に入るわけにはいかない。
「零夜は興味無いのか?」
ヤツフサが小さな鼻を鳴らしながら尋ねると、零夜は苦笑いを浮かべた。
「俺はこういうのはあまり……」
忍者装束に身を包んだ零夜にとって、服は機能性が全てだ。それ以外の装いに興味を持つことはほとんどない。彼のその態度に、ヤツフサはキラリと光る瞳で一瞥をくれると、それ以上追及せず、倫子たちが戻るのを静かに待つことにした。
※
店内に足を踏み入れた倫子たちは、さっそく色とりどりの服を物色し始めた。ジーンズ、デニムスカート、オーバーオールといったボトムスから、チェック柄のシャツ、ノースリーブ、さらにはへそ出しのスポーツブラまで、品揃えは豊富だ。
「ウチの服もこういうジーンズとか良かったな……」
倫子がオーバーオールの胸ポケットを引っ張りながら、ため息交じりに呟く。彼女はオールラウンダーという職業ゆえに、裸にオーバーオールという奇抜な姿を強いられている。変更もできないその制服は、特に女性にとっては悩みの種だ。
「まあまあ。今はルイザの着替えをどうにかしないと」
「う、うん……」
ベルが母親らしい穏やかな声で倫子をなだめると、彼女は少し気まずそうに頷いた。その時、アイリンが鋭い爪先でとある服を指し、ツンと鼻を鳴らす。
「何か見つけたの?」
エヴァが銀色の毛並みを揺らしながら尋ねると、アイリンは少し気取った態度で答えた。
「ええ。この服が似合うんじゃないかと思って」
アイリンが示したのは、デニムのショートパンツだった。確かに盗賊らしい軽快さがあり、動きやすさも申し分ない。ルイザもそれを見て、内心気に入った様子で目を細める。
「確かにこれは似合うわね。まずはこれにするわ」
ショートパンツを手に取ったルイザは、次にビキニ水着のコーナーへ向かった。そこには色とりどりの水着が並び、彼女は迷わず黒いビキニを手に取る。その大胆さに、周囲は目を丸くした。
「ルイザ、アンタ大胆な衣装が好きなのね……」
エヴァが呆れたように言うと、ルイザは平然と肩をすくめた。
「そう? 盗賊ならこの衣装の方が似合うしね」
エヴァは言葉に詰まりつつも、ルイザの自信満々な態度に苦笑するしかなかった。確かに彼女にはこの派手さが似合う。靴や手袋も揃え、買い物は無事に終了した。
※
「お待たせ!」
倫子たちがブティックから出てくると、零夜とヤツフサが店の前で待っていた。零夜は腕を組み、ヤツフサは尻尾を軽く振って出迎える。
「終わったのか?」
「ええ。彼女はこうなっているわ!」
倫子が得意げに指差すと、そこには新しい姿のルイザが立っていた。青いデニムのショートパンツ、黒いビキニブラ、赤いスカーフ、手袋、膝当てという組み合わせだ。まさに盗賊らしい軽やかな姿で、以前のボロボロの服とは比べ物にならないほど動きやすそうだった。
「似合うじゃないか! ルイザはこの方がピッタリだ」
「確かにそうだな。ショートパンツを履いた方が、柔軟性や動きやすさも抜群と言える。良い組み合わせだと思うぞ」
零夜とヤツフサが揃って褒めると、ルイザは照れくさそうに頬を染め、顔を背けた。人に服を褒められるのは久しぶりで、素直に喜べないらしい。
「あ、ありがとう……」
小さな声で呟いたルイザの横顔を、太陽の光が照らしている。倫子はバングルを起動し、現在の時刻を確認する。
「じゃあ、お昼を食べに向かいましょう! そろそろお昼時だし」
「そうね。今日はレストランへ向かいましょう!」
倫子の提案にアイリンも同意しつつ、少し偉そうに言宣言。全員がレストランへ向かおうとしたその時、ルイザが突然足を止め、エヴァに真剣な眼差しを向けた。
「エヴァ……あの時はごめんなさい!」
ルイザは深々と頭を下げ、エヴァに謝罪の言葉を投げかける。それは彼女を奴隷として引き渡したこと、そして恨みから殺そうとした過去への後悔だった。
「私、奴隷として引き渡される時、エヴァの気持ちも感じたの。あなたもこの様な辛い思いをしたんじゃないかって……許せる理由じゃないけど……本当にごめんね……」
涙を流しながら謝るルイザの言葉には、偽りがない。エヴァは静かに近づき、彼女を優しく抱き締めた。
「大丈夫。あなたが謝ってくれたら、それだけで十分だから」
「う……うわあああああ!!」
エヴァの優しい笑顔に救われたルイザは、感情を抑えきれずに大泣きした。それを微笑ましく見守る零夜たち。こうしてエヴァとルイザのわだかまりは解け、太陽の光が二人を温かく照らしていた。
「まさかこんなところにいるとはね……」
「この声、まさか!?」
突然響いた声にルイザとエヴァが振り返ると、そこには因縁の相手、ハイン、クルーザ、ザギルの三人が立っていた。風が強く吹き始め、緊迫した空気が一瞬にして広がったのだった。