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第56話 再会からの決戦

 クローバールの街は、お昼時の喧騒に包まれていた。石畳の通りを埋め尽くす人々のざわめきが響き合い、活気が溢れている。

 しかしその中心で、零夜たちは拳を握り締め、鋭い眼光で格闘の構えを取っていた。目の前には、ハインを筆頭とするS級パーティー「オパールハーツ」の面々が立ちはだかる。

 シルバーウルフの獣人エヴァを追放し、ルイザを奴隷として売り渡そうとした張本人たちだ。敵意を隠す必要は、どこにもなかった。


「話は聞いたが、アンタ等がS級パーティーのオパールハーツか。何故エヴァを追放しただけでなく、ルイザを奴隷として引き渡そうとしたんだ?」


 零夜はハインを睨みつけ、拳を構えたまま鋭く問い詰める。だがその背後では、エヴァと倫子が彼にぎゅっと抱きつき、一瞬だけ緊迫した空気が緩んだ。エヴァの銀色の尻尾が零夜の足元で揺れ、倫子の柔らかな腕が彼を包み込む。

 ハインはその光景を一瞥し、鼻で笑った。


「決まっているだろ。まず1つ目。俺たちはS級パーティーのメンバー。こんなパーティーにAランクの奴が入ったら、恥晒しだからな。役立たずはいらないんだよ」


 ハインの嘲笑が空気を切り裂く。エヴァは零夜にしがみついたまま、銀色の尻尾が怒りで逆立ち、瞳に涙を浮かべていた。追放された屈辱と仲間を見下された悔しさが、彼女の鋭い爪を震わせる。

 零夜たちもまた、拳を握り潰すほどに力を込め、ハインに殴りかかりたい衝動を必死に抑えていた。


「そしてもう一つ。俺たち三人はアリウス様から支援を受けている。どんな事でもするつもりだが、失敗は許されないからな」

(やはり黒幕はアリウスか……どうやら一筋縄ではいかないみたいだな)


 マツリは腕を組み、竜人族らしい堂々とした姿勢を崩さない。頭に生えたドラゴンの角が陽光に煌めき、姉御肌の威厳が漂う中、内心で状況を冷静に分析していた。

 ハインたちだけでなく、その背後に潜むアリウスが絡んでいる以上、彼らを一網打尽にしなければ解決しない。


「よく分かったぜ。アンタ等はアリウスに仕えるバカ共だと言う事が」

「なんだと?」


 零夜の挑発に、ハインの眉がピクリと動き、怒りが込み上げる。街路のざわめきさえ、彼の苛立ちを煽るようだ。


「ルイザとエヴァから話を聞いてきたからな。奴は自らの快楽の為に奴隷を玩具としているし、親の権力を利用して我儘放題。俺はそんな奴には一生仕えたくない!」


 零夜の言葉は真っ直ぐで力強い。それに呼応するように、倫子、日和、エヴァ、マツリ、ベル、アイリン、そしてヤツフサが頷く。ヤツフサは小さな体を震わせ、低く唸りながら鋭い牙を覗かせた。灰色の毛並みが風に揺れ、小型ながらフェンリルらしい威圧感を放つ。

 真の領主ならば民のために尽くすべきだが、アリウスは権力を私物化し、ペンデュラスの街を食い物にしている。このままでは街が崩壊するのも時間の問題だ。


「あとな。この世界では奴隷制度は廃止されているんだよ。お前等も奴に加担したとなれば、ランク剥奪どころか強制労働だろうな」


 零夜の鋭い指摘に、ハインたちは冷や汗を流し、動揺を隠せない。遠巻きに見守る街の衛兵たちの視線が、彼らに罪の報いを予感させる。

 ギルドの掟は厳格だ。悪事を働けばランク剥奪、登録抹消、そして強制労働が待つ。重罪なら死刑もあり得る。


「くっ……それでも俺達は使命を果たさなければならないんだよ……失敗すれば死ぬ事は免れないからな……」


 ハインは額に汗を滲ませながらも、アリウスへの忠誠を捨てない。ザギルとクルーザも同じ覚悟を共有し、退路は断たれている。


「アンタ等が最初からアリウスに仕えなければ、こんな事にはならなかったでしょ! どうしてそんな奴に仕えたの!?」


 ルイザが腰に手を当て、ハインを指差して叫ぶ。彼女の真剣な表情からは、かつての仲間への怒りと呆れが滲み出ていた。ハインは俯き、ポツリと呟く。


「……金が欲しかったんだよ」

「金?」


 零夜たちが疑問の声を上げると、ハインは顔を上げ、開き直ったように睨み返してきた。


「そうだ! 俺達はな、金が必要なんだよ! 金さえあれば何だってできるからな! だからこそ、アリウス様の命令には逆えないんだよ!」


 ハインの本性が剥き出しになり、ザギルとクルーザも頷く。その浅ましさに、零夜たちは呆れるばかりだ。このまま放置すれば、ペンデュラスの街で新たな犠牲者が生まれ、エヴァとルイザにも危機が及ぶ。


「なら、答えは決まった。アンタ等は俺達で倒すしか無いな!」


 零夜はエヴァと倫子から離れ、拳を構えてハインたちに歩み寄る。怒りのオーラが背中から立ち上り、街路に影を落とす。ハインたちは震え上がり、恐怖に顔が歪む。


「お、俺達はS級だぞ! お前、自分の立場を分かっているのか!?」


 ハインが震えながら警告するが、零夜の耳には届かない。もはや敵を倒すことしか頭になく、鋭い眼光で睨みつけている。


「知らないな。ランクの差があろうとも、犯罪者を倒す事は必要な責務。だから俺は……お前等を倒す!」


 零夜がハインたちを指差すと同時に、エヴァ、マツリ、倫子が一斉に前に進み出る。突然の展開に零夜は驚くが、エヴァが彼をムギュッと抱きしめた。シルバーウルフの耳がピンと立ち、銀色の尻尾の毛が風に揺れる。


「私の為に戦うのはありがとう。だけど、これは私の戦いなの。この因縁は……私自身で終わらせるから!」


 エヴァは零夜から離れ、シルバーウルフの爪を光らせ、ハインを睨む。彼女の決意が漲り、銀色の尻尾が力強く揺れる。


「アタイも助太刀するぜ! 幼馴染を泣かせた罪は重いからな! ド派手にぶっ飛ばしてやる!」


 マツリが拳を鳴らし、竜人族の角が陽光に輝く。威圧感と姉御肌の気迫が溢れ、エヴァを守るため全力で挑む覚悟を見せつける。


「私も戦う! エヴァは恋のライバルでもあるけれど、彼女を放ってはおけない気持ちがあるからね。それに……恋にはライバルがいた方が燃え上がるし」

「倫子……」


 倫子がウィンクを送ると、エヴァは涙を浮かべながら微笑む。ライバルとして認められた喜びが、彼女の闘志をさらに燃え上がらせた。三対三の戦闘態勢が整い、ハインたちの額に冷や汗が滴る。


「エヴァも戦うとは驚いたな……まあいい。ここは一騎打ちだ!」


 ハインの合図と共に戦いが始まろうとした瞬間、メリアが現れる。騒ぎを聞きつけた彼女が黙っているはずもない。


「メリアさん!」

「話は聞かせてもらいました。この場合はプロレスルールとなる一騎打ちとなります。宜しいですか?」

「ああ。構わないが」


 メリアの提案にハインが頷き、彼女は一同をギルド裏の屋外リングへと案内する。エヴァ対ハイン、倫子対クルーザ、マツリ対ザギルの組み合わせが決まり、街の人々もリングへと集まり始めた。


「相手はS級のハイン達だけど、三人はAランクでしょ? 大丈夫かしら……」


 ルイザは不安を隠せない。だが、日和が優しく肩を叩き、そばでヤツフサが低く唸る。小型フェンリルの鋭い目が敵を捉え、尻尾が静かに揺れる。


「大丈夫。倫子さんたちは強いんだから。私達は彼女たちが勝つ事を信じましょう」

「ええ……」


 日和の穏やかな笑顔に励まされ、ルイザは頷く。エヴァたちの背中からは戦士の気概が感じられた。


「日和の言う通りよ。本当は私も戦いたかったけど、ここは見守る事にするから」


 アイリンは猫耳をピクリと動かし、尻尾を揺らしながらツンデレ全開で腕を組む。


「素直じゃないわね。私は倫子たちが勝つのを信じているし、あの子たちなら大丈夫と信じているから」


 ベルはミノタウロスの角を揺らし、母親らしい温かい笑顔で仲間を信じる。太い尻尾が地面を軽く叩き、穏やかな力を感じさせた。ルイザも笑顔になり、前を向いて歩き出した。

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