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第57話 激闘の六人タッグ(前編)

 ギルドの裏手にある屋外リング。プロレスの試合が目前に迫り、凍りつくような緊張が会場を支配していた。観客たちは息を詰めてこの瞬間を待ち構え、席はぎっしりと埋まっている。しかし今日はただの試合ではない。エヴァとルイザの命運が懸かった危険極まりない戦いだ。ざわめきさえ途切れ、誰もが固唾を呑んでいる。


「いよいよ始まるわね。三人が上手く戦えるのか気になるけど、彼女たちなら大丈夫と思うわ」


 リング下のベルは硬直した表情で呟き、目をリングに釘付けにする。対戦相手はS級パーティー「オパールハーツ」。倫子、エヴァ、マツリの三人がどう立ち向かうかで全てが決まる。

 ベルは彼女たちの勝利を信じたくて仕方ないが、胸騒ぎが拭えない。日和と零夜、アイリンの三人も無言で頷くが、ルイザは別だ。彼女は顔を真っ青にして震え、歯がガタガタと鳴っていた。負ければアリウスの元へ引き渡される運命が待つ。恐怖が彼女の心を締め上げ、逃げ場のない絶望が迫っていた。


(絶対に勝ってよね……私、あんなところに行きたくないんだから……)


 ルイザが必死に祈るその瞬間、リングアナ兼実況のメリアがマイクを握り、鋭い声で切り裂くように叫ぶ。解説のヤツフサもまた、倫子たちの勝利を信じつつ、冷や汗を抑えきれなかった。


「さあ、エヴァとルイザを賭けた運命の試合が今、このリングで始まろうとしています! 当初はプロレスのシングルマッチ三試合連続でお送りしますが、予定を変更して六人タッグマッチで行う事になります!」


 メリアの声が響き渡ると、観客席が一瞬静まり、すぐに爆発的な歓声が炸裂する。試合形式の変更も、この極限の状況では些細なことに思えた。勝敗だけが全てだ。


(試合の数を短縮した方が面白くなるだけでなく、三試合連続では、待機している選手にプレッシャーを与えてしまうだろう)


 ヤツフサは内心でそう分析するが、心臓の鼓動が速まるのを止められない。シングル三連戦なら疲労で崩れる危険があったからこそ、この一戦に全てが懸かっている。何れにしても見逃せない試合になるのは確定だ。


「では、選手入場です!」


 メリアの号令でオーケストラの重厚な音楽が鳴り響き、青コーナーゲートからハイン、ザギル、クルーザが姿を現す。観客のブーイングが嵐のように襲いかかるが、彼らは不敵に歩を進める。その瞳には冷たい殺意が宿り、リングに上がる足音さえ不気味に響く。


(ムカつく客だぜ……まあいい。後で殺してやるとするか……)


 ハインは邪悪な企みを胸に秘め、優雅にリングへ滑り込む。クルーザとザギルも続き、メリアが鋭く紹介を始める。


「青コーナー。ペンデュラスの人間戦車。クルーザ!」

「ウオオオオオ!!」


 クルーザの咆哮が空気を震わせ、両腕を振り上げて観客を挑発する。鋼の肉体は、どんな攻撃も受け付けない鉄壁の壁。エヴァたちが彼に対してどう立ち向かうかがカギとなるだろう。


「魔術の天才。ザギル!」


 ザギルは無言で一礼。ブーイングが飛び交う中でも動じないその姿は、逆に不気味な静けさを放つ。その姿を見ていた観客たちは、一瞬言葉を失ってしまう。


「剣聖と呼ばれた勇者候補! ハイン!」

「何が勇者候補だ! この偽善者が!」

「さっさと倒れて死にやがれ!」


 観客の怒号が嵐のようにハインを襲うが、彼は薄笑いを浮かべ、コーナーポストへ悠然と移動する。しかし内心では滅茶苦茶怒っているので、ブチ切れてしまうのも時間の問題であろう。


(ここの奴らは礼儀正しくないな。試合に勝ったら、奴らを殺すとするか……)


 ハインは殺意を胸に秘め、エヴァたちを倒すことに全神経を集中させる。だがその本音を、既に誰かが見抜いていることには気付いていない。

 その時、スピーカーから激しい音楽が炸裂し、赤コーナーゲートから倫子、エヴァ、マツリが現れる。観客席が一瞬にして熱狂に包まれ、割れんばかりの声援が彼女たちを押し上げる。エヴァへの期待は特に凄まじく、因縁を終わらせるのは彼女しかいないと誰もが確信していた。


(私たちをここまで応援してくれるなんて……あんな奴らなんかに負けられないんだから!)


 エヴァは胸に熱い決意を刻みながら、倫子、マツリと共にリングへ飛び込む。観客の声が彼女たちの背中を押すが、一瞬のミスが命取りになる緊張感が漂う。


「赤コーナー、ラストレッドドラゴン。マツリ!」


 マツリは空手の構えで鋭くポーズを決め、瞳に燃える決意を宿す。エヴァを守り抜くため、ここで全てを懸ける覚悟だ。


「京国のジャンヌ・ダルク。藍原倫子!」


 倫子はコーナーに駆け上がり、両腕を振り上げて観客を煽る。ヒューヒューという歓声が響き、彼女の人気はギルド随一だ。本人としては照れ臭そうに感じているが、悪くはないと思っているだろう。


「反逆のシルバーウルフ。エヴァ!」

「ウオオオオオン!!」


 エヴァの狼の咆哮がリングを震わせ、街全体に響き渡る。格闘技の構えでハインたちを睨みつけ、自らの因縁を終わらせる決意がみなぎる。


「そして、今回からプロレスのレフェリーが用意されています! こちらです!」


 メリアの声に観客が息を呑むと、空から一人の男が降下する。メガネをかけたヒューマンの若きレフェリー、ツバサだ。

 長い実績を持つ彼はリングに着地し、鋭い視線で前を見据える。この試合を正しく裁く重圧が、彼の肩にのしかかっていた。


「レフェリーのツバサ! 今回からプロレスの試合は、彼によって裁かれます!」

「皆、宜しく!」


 ツバサの言葉に歓声が爆発し、試合開始が間近に迫る。ヤツフサは冷や汗を拭いながら、冷静にリングを見据えていた。


(この戦いはエヴァの実力を試される事になるが、相手はS級の実力を持っている。この勝敗が己の人生を決める事になるが、あんな奴らには負けないで欲しい……)


 ヤツフサの分析は冷静だが、心はエヴァたちの勝利を叫んでいる。ハインたちが勝てばエヴァとルイザがアリウスの手に渡ってしまうだけでなく、彼の脅威が街を飲み込んでしまう。それを防ぐ術はただ一つ、この試合に勝つことだ。


「この戦いは負けは許されない。その事については分かっているよね?」

「当たり前だ。アタイ等はあんな奴らに負けてたまるかよ。これ以上好き勝手させないためにも……勝つのみだ!」


 倫子の鋭い問いに、マツリは拳を握り潰す勢いで応える。幼馴染を傷つけた罪を償うため、勝利以外はありえないのだ。


「私も同じ。ハインたちには相当の罪を償わないといけないし、あいつを倒さなければ気がすまない。そして私は……零夜の隣にいる人物だと証明してみせる!」

「むーっ!」 


 エヴァはハインたちを睨みつけ、決意を吐き出す。銀髪とシルバーウルフの尻尾が風に揺れ、彼女の覚悟が際立つ。

 だが最後の言葉を聞いた倫子が、ぷくーっと風船の様に頬を膨らませてしまう。隣に立つのは自分だと思っている以上、そう簡単に零夜を渡す理由にはいかないのだ。


「それでは……試合開始!」


 ツバサの鋭い合図でゴングが鳴り響き、エヴァたちとハインたちの因縁の死闘が幕を開けた。リング上では一瞬の隙が命取りとなり、会場全体が緊張の渦に飲まれる。果たして戦いはどうなるのかだが、最後まで見なければ分からないだろう。

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