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第58話 激闘の六人タッグ(後編)

 試合開始のゴングが鳴り響くと、リング上ではマツリとクルーザが鋭い視線を交わしながら対峙した。空気が張り詰め、観客席からも息を呑む緊張感が伝わってくる。二人は互いに一歩も譲らず、ジリジリと距離を詰めていく。その表情には、負けられないという強い意志が宿っていた。会場全体が息を止め、次の動きを見守る――ここからどう展開するのか、誰もが固唾を呑んで注目していた。


「まずはお互い距離を詰めていく……そのままロックアップに入った!」


 メリアの実況が場内に響き渡った瞬間、マツリとクルーザは肩を組み合い、力比べの態勢に突入する。クルーザの屈強な体格が明らかに有利で、マツリは徐々に後退を強いられていた。足元がリングマットを擦り、汗が額に滲む。だが、マツリの目には諦めの色はなかった。


「そっちがその気なら……オラァ!」

「ぬおっ!」  


 マツリが突然動きを変えた。クルーザの脛を鋭く蹴り飛ばし、その隙に素早く距離を取る。そして一気に跳躍――観客席から歓声が上がる中、マツリの身体が空中で弧を描いた。彼女はすでにクルーザの弱点を見抜いているようだ。次の瞬間を狙い、渾身の一撃を放つ準備が整っていた。


「そこだ!」

「ぐほっ!」  


 マツリの空中回し蹴りがクルーザの側頭部に炸裂。重い衝撃音がリングに響き、クルーザの巨体がグラリと揺れる。だが、マツリはそれで終わらせない。素早くクルーザの背後に回り込み、腰をがっちりクラッチ。後方へ反り返りながら、全身の力を込めて投げ飛ばした。クルーザの脳天がリングマットに叩きつけられ、鈍い音が会場に響き渡る。


「ジャーマンスープレックスが炸裂! あのクルーザ相手に大技を繰り出した!」

「いくら鋼鉄の身体を誇っても、頭だけは鍛える事が不可能。マツリはそれを見抜き、攻撃を仕掛ける事に成功したな」  


 メリアの興奮した声が響く中、ヤツフサは冷静に状況を分析する。どんなに身体を鍛え上げても、頭部だけは脆いまま――マツリの鋭い観察眼に、ヤツフサは内心で舌を巻いていた。彼女の戦術は単なる力任せではなく、知恵と瞬発力の結晶だった。


「1! 2!」  


 レフェリーのツバサがマットを叩き、カウントが進む。だが、クルーザが肩を上げ、辛うじて2カウントで返す。息を荒げながらも、彼の胸にはまだ燃える闘志が宿っていた。倒れるわけにはいかない――S級としての意地が、彼を支えているようだった。しかし、頭部へのダメージは明らかで、立ち上がろうとしても身体がフラフラと揺れている。このまま戦えば、最悪命を落としかねない危険な状態だ。


「クソ……俺が……諦めてたまるかよ……S級の意地を……見せるんだ……」  


 クルーザは力強く立ち上がろうとするが、足に力が入らず、膝をついてしまう。気合だけではどうにもならない現実に、彼の表情が歪む。そこへ、マツリが容赦なく追い打ちをかける。彼女はクルーザを肩車で持ち上げ、一気に回転を始めた。リングが軋むほどの勢いで、クルーザの闘志を根こそぎ奪うつもりだ。


「そらよっ!」

「ごほっ!」  


 クルーザの巨体がリングマットに叩きつけられ、衝撃で会場が一瞬静まり返る。彼はそのまま動かなくなった。マツリは即座にフォールへ移行し、片足を上げて両肩を押さえつける。勝利を確信した彼女の動きに、観客が息を呑む。


「1! 2!」

「うわーっ!」  


 だがその瞬間、ハインがリングに飛び込んできた。カウントは2でカットされ、会場からは大ブーイングが沸き起こる。リング下にいる日和、アイリン、ベル、ルイザまでもが、ハインに怒りの声を上げる。


「邪魔するんじゃねえよ!」

「いや、終わるから……うわっ!」  


 マツリが怒りに任せてハインを上空へ投げ飛ばすと、エヴァが素早く動いた。空中でハインをキャッチし、そのまま逆さに固定。パイルドライバーの態勢に入る彼女の目には、今までの恨みを清算する決意が宿っていた。リング全体が緊迫感に包まれる。


「ハイン……今までの恨みをまとめて終わらせるわ!」

「おい、ちょっと待て! お前は俺を殺すつもりか!?」

「ごちゃごちゃ煩い! さっさと地獄に落ちなさい!」

「ごげら!!」  


 エヴァはハインの制止を無視し、渾身の力で彼の脳天をリングマットに叩きつけた。衝撃は凄まじく、リングが揺れ、観客席まで振動が伝わるほど。今までの怒りと恨みを込めた一撃――ハインが死んでいてもおかしくない威力だった。


「お、おい……死んでしまったんじゃないのか?」

「あのパイルドライバーを喰らえばそうなるからね……」

「マツリから聞いたけど、怪力女の異名は本当だったんだ……」

「私も怪力だけど、エヴァよりは流石に……」  


 リング下の零夜、日和、アイリン、ベルは冷や汗を流しながら、エヴァの圧倒的な力に戦慄する。リングが揺れた事実が、彼女の怪力が本物である証拠だ。マツリが語っていた「どんな物でも軽々と持ち上げる怪力女」という異名は、決して誇張ではなかった。


「おーっと! エヴァの空中パイルドライバーによって、ハインが撃沈! いくら何でもこれはやり過ぎでは!?」

「普通ならやり過ぎだが、あのハインには余程恨みがあったのだろう。いい薬だと思うが、そこまで普通はやらないぞ……」  


 メリアが興奮気味に実況する一方、ヤツフサは冷や汗を流しながら呆れ顔で解説する。エヴァのハインへの恨みは理解できるが、ここまでやるのは異例だと感じていた。


「お、おのれ……こんな仕打ちをするとはな……」  


 ハインは身体をピクピクさせながら、必死で立ち上がろうとする。だが、脳天へのダメージが深刻で、すぐには動けない様子だ。そこへ、ザギルがリングに飛び込み、エヴァに襲い掛かろうとする。


「お前、よくもハインを!」

「そうはさせへん!」

「がっ!」  


 だが倫子が素早く立ちはだかり、ザギルの側頭部に強烈なハイキックを叩き込む。ザギルもまたフラフラになり、立て直すのに時間がかかる。その隙を逃さず、倫子は前かがみのザギルの左腕を掴み、右脚を肩に絡めて固定。コブラツイストの形で締め上げ、右手で天を指した。


「いきます!」  


 高らかに宣言し、倫子はザギルの股下に右腕を回し、自分ごと前方に回転。相手を地面に叩きつける大技「ケツァルコアトル」を繰り出した。リングに響く衝撃音が、技の威力を物語る。


「ケツァルコアトル炸裂! これは決まったか!」

「1! 2! 3!」  


 メリアの叫びと共にツバサがカウントを進め、スリーカウントが成立。試合時間はわずか2分。倫子、エヴァ、マツリの三人が圧倒的な勝利を収めた。彼女たちは抱き合い、喜びを爆発させる。エヴァを守り切った安堵感が、リング上に溢れていた。

 観客席からは勝利した三人の戦士たちを称える様に、大歓声が響き渡っていた。


「良かった……借り、返さないとね……」  


 ルイザもアリウスに引き渡されず、胸を撫で下ろす。リング上の仲間たちを見つめながら、彼女は新たな決意を固めていた。


(私もエヴァに負けずに頑張らないと! これから先は大変だけど、今ならまだやり直せる!)  


 その時、ハインがフラフラと立ち上がる姿を目撃したルイザは、危機感を覚えてリングへ飛び込む。


「エヴァ、気をつけて! ハインはまだ戦う気よ!」

「へ? でも、プロレスの試合は終わったんじゃ……」


 ルイザの警告にエヴァが困惑する中、ハインは手元に剣を召喚。フラフラながらも、殺意に満ちた目でエヴァを睨みつけた。


「よくも俺をコケにしてくれたな……もう許さん……」  


 ハインは背中から闇のオーラを放出したと同時に、剣を強く構える。ここまでやられていた分はやり返そうと考えているだけでなく、最後まで抗って任務を達成しようとしているのだ。


「気をつけろ! 奴はまだ戦う気満々だぞ!」

「どうしても諦めが悪いみたいね……なら、第二ラウンドに入らないと!」  


 ヤツフサの忠告を受けたエヴァが、ハインとの戦いに向けて戦闘態勢を取ろうとした瞬間、零夜が彼女の前に出て戦闘態勢に入っていた。忍者刀を手にし、エヴァを守る決意を胸に秘めていた。


「ここから先は俺が行く。エヴァは疲れてるだろ。後は任せてくれ」

「分かったわ。けど、負けないでね!」

「勿論だ!」  


 零夜とハインが睨み合い、一騎打ちが始まる。第二ラウンドの幕が上がり、エヴァとルイザを巡る戦いは新たな局面を迎えたのだった。

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