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第59話 零夜VSハイン

 リング上で繰り広げられる零夜とハインの死闘は、静寂の中で火花を散らしていた。両者とも一歩も動かず、鋭い眼光で互いを射抜く。観客席からは息を呑む音が響き、緊張感が空気を切り裂く。冷や汗を流す者さえいる中、誰もがこの頂上決戦から目を離せなかった。

 ちなみに、クルーザとザギルは既にリング脇で失神しており、ルイザが冷静に縄を手に彼らを縛り上げている。彼女の手際の良さが、場に奇妙な静けさを添えていた。


(あのハインがエヴァを仲間に引き込んだ元凶か……だが、ここで俺がしくじれば死が待つだけだ。後戻りなんて、もはやありえない!)


 ハインは眉間に深い皺を刻み、真剣な眼差しで決意を固める。手に握るは魔剣グラム――漆黒の刃に禍々しい光を宿すロングソードだ。S級の証であるその武器を構え、一気に零夜へと突進した。

 グラムの刃が空を切り裂き、魔力がうなり声を上げる。高威力の攻撃を繰り出すその一撃は、リング全体を震撼させるほどの迫力だった。


「ダークスラッシュ!」

「うぉっと!」


 漆黒の斬撃が零夜を襲う。だが彼は俊敏な動きで後方へ跳び、紙一重で回避。リングに刻まれた斬痕が、その威力の恐ろしさを物語っていた。かすっただけで骨まで砕かれそうな一撃だ。


(魔剣の力は桁違いだ。だが、S級じゃなきゃ扱えないのも事実……あのグラムさえ奪えば、奴は終わりだ!)


 零夜は内心で策を練りつつ、ハインを睨みつける。グラムこそがハインをS級へと押し上げた鍵。奪えばその力を削ぎ、勝利への道が開けるはずだ。


「ほらほら、どうしたぁ! まだまだ行くぞォ!」 


 ハインが哄笑を響かせ、斬撃の嵐を畳み掛ける。零夜は忍者刀を構えながら、目にも止まらぬ速さで攻撃を弾き返す。火花が散り、金属音がリングを支配する。序盤は互角だったが、時間が経つにつれA級の零夜はS級のハインに押され始めた。ランクの壁が、じわじわと彼を追い詰める。


(威力は凄まじいが、俺だってここで負けるわけにはいかない! エヴァとルイザを……あんな野郎に渡すものか!)


 零夜は歯を食いしばり、もう片方の手に新たな忍者刀を召喚。瞬時に二刀へと変形させる。一本目はマツリの炎を宿した赤熱の刃「紅蓮丸」、もう一本はエヴァの粉雪を纏った水色の氷刃「吹雪丸」だ。

 炎と氷が交錯する二刀流を構えた零夜は、闘志を燃やしハインに立ち向かう。グラムほどの威力はないかもしれないが、素早さと技巧で勝負をかける気だ。


「そんなオモチャで俺に勝つつもりか? グラムの方が上だぞ!」

「調子に乗ってられるのも今のうちだ! お前なんかに負けるわけがない!」

「それはこっちのセリフだ! その貧弱な刀で俺を倒せるなら、空からエレファスでも降ってくるんだな!」  


 ハインが挑発的に笑い声を上げるその瞬間――空が割れ、轟音と共に巨大な影が降り注いだ。


「グオオオオォォ!」


 象のモンスター、エレファスだ。アフリカゾウを彷彿とさせる巨体に、マンモスのような毛と鋭い牙を備えた魔獣が、ハインを直撃。リングに激震が走り、彼は「グシャッ!」と無残に潰されてしまった。

 観客席が一瞬静まり返り、やがてどよめきが爆発する。リングは頑丈で凹まなかったが、ハインはぺしゃんこにされてしまったのだ。


「……マジかよ」

「だじげで……」  


 潰されたハインが呻き声を漏らす中、エレファスが零夜をギロリと睨む。新たな敵と認識した魔獣が、ズシン、ズシンと重い足音を響かせ接近を開始した。


「倫子さん!」

「了解! マジカルハート!」


 零夜の号令一下、倫子が両手でハートを作り、光り輝くビームをエレファスに放つ。ハート型のエネルギーが魔獣を包み込み、瞬く間にスピリット化。バングルへと吸い込まれた。


「やれやれ……放っておいたら洒落にならなかったな」

「そうね。あとはハインだけど……」


 倫子が安堵のため息をつき、アイリンが猫耳をピクつかせてハインの方を向く。彼はぺらぺらの紙状態で這いつくばっている。観客席からは失笑さえ漏れていた。


「おーい、生きてるか?」

「うう……とんだ災難だったが……なんとか戦える……!」  


 ハインは息を吸い込み、膨張するように元の姿に戻る。その異様な復活力に観客がざわつくが、彼は意地でも倒れるわけにはいかない。アリウスに殺され、地位も名誉も失う未来は絶対に避けたいのだ。


「さて、試合再開――って!? 俺のグラムが!?」  


 立ち上がったハインが剣を構えようとするが、手元にグラムがない。慌てて周囲を見回す彼に、冷ややかな声が届く。


「これのことかな?」

「な!? いつ!?」  


 ベルがニヤリと笑い、ハインの魔剣グラムを手に持っていた。観客席が沸き、ハインは冷や汗を流して愕然とする。武器を奪われるなど想定外の失態だ。


「ハインが潰されてる隙に、こっそり頂いたよ。私のスキル『所有者抹消』は、悪人にしか効かないのが玉に瑕だけどね」  


 ベルがウィンクを決めると、観客から拍手が沸き起こる。

 所有者抹消――武器を奪い、所有記録を抹消する特殊スキル。その制約ゆえに味方には使えないが、悪人であるハインには完璧に刺さった。


「じゃあ、俺の武器は……これしかないのか……!」


 ハインは絶望的な表情で予備のレイピアを召喚。グラムに比べれば威力も迫力も段違いに落ちる平凡な剣だ。頼みの魔剣を失った彼の余裕は完全に崩れ去っていた。


「武器が変わったなら、こっちの勝機だ! 行くぞ、ハイン!」  


 零夜が紅蓮丸と吹雪丸を握り潰す勢いで構え、二刀流の猛攻を仕掛ける。炎と氷の斬撃がハインを襲い、彼はレイピアで防戦一方に。グラムに依存しすぎたツケが回り、技術も力も見る影もない。

 そして――零夜の一撃がレイピアを弾き飛ばし、剣はリング外へ転がり落ちる。


「武器が飛んだ!」

「やったわ、零夜!」

「くそっ! 武器が――!?」  


 マツリとエヴァの歓声が響く中、ハインが場外へ飛び出そうとする。だが、零夜がそれを阻み、武器をバングルに収めて素手で迫る。


「まだやる気か、この偽善者め……!」

「来るな! 来るなぁ!」  


 怯えるハインを無視し、零夜が一気に距離を詰める。背負い投げで豪快に投げ飛ばし、地面に叩きつけた直後、自ら跳躍。華麗なバック転から繰り出されるのは――


「その場飛びムーンサルトプレス!」

「ガハッ!」  


 倫子の叫びと同時に、零夜の全体重がハインを直撃。衝撃でリングが揺れ、彼は大ダメージを受けて昏倒した。


「試合終了! 勝者、東零夜!」  


 レフェリー・ツバサの宣言が響き、観客席が割れんばかりの歓声に包まれる。S級のハインを倒したA級の零夜――誰もが予想だにしない大逆転劇に、興奮は最高潮に達していた。


「零夜!」  


 エヴァがリングに駆け上がり、彼を力いっぱい抱きしめる。ハインの手から守ってくれた喜びと感動で、彼女の瞳には涙が溢れていた。


「本当にありがとう……私のために倒してくれて……」

「大切な仲間を見捨てる理由なんてねぇよ。それだけだ」  


 零夜は笑顔で応え、泣きじゃくるエヴァの頭を優しく撫でる。その光景に日和、アイリン、マツリ、ベルは微笑むが、倫子だけは頬を風船のようにつんと膨らませていた。嫉妬心が隠しきれなかったのだろう。  


(ハインを倒したことで、八犬士としての力が証明されたな。真の実力はまだまだだが、彼らなら必ずやり遂げると信じてるぞ)  


 ヤツフサはリング上の零夜たちを見上げ、心の中で呟く。白い毛が風に揺れる中、彼の眼光は未来を見据えていた。

 こうしてハイン、クルーザ、ザギルの三人は完敗。零夜たちの勝利が確定し、エヴァとルイザを敵に渡さずに済む事ができた。しかしこれからが本番。ハインたちの処遇を決める判決が、クローバールのギルド内で行われようとしていたのだった。

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