ハインたちとの戦いを終えた翌朝、零夜は草原で汗を流しながら格闘トレーニングに励んでいた。だが、彼一人じゃない。ヴァルキリーのライラとハーピーレディのユウユウはもちろん、ミノタウロスのベルまで参加しているのだ。
「ライラ、中々良い動きやん!」
「こう見えても格闘技は習ってるし、このくらい当然だから!」
ライラはユウユウに対してキレのあるパンチを繰り出しつつ、彼女にウインクを飛ばしながら組み手をしていた。
背中に翼を持つライラとユウユウは、飛行能力が抜群なだけでなく、格闘技術もプロ級。ライラはキックボクシングと柔術をマスターし、ユウユウはムエタイとサンボで敵を圧倒する。
(ユウユウが仲間になってから、ライラに火がついたみたいだな。ライバルが多いほど、彼女は伸びるタイプだ)
零夜がそんな感慨に浸っていると、突然、前からベルが歩きながら近づいてきた。そして――ムギュッ! 豊満な胸が零夜の身体に押し当てられ、彼は一瞬で真っ赤に。
「ベル!? 朝から何やってんだよ!」
「だってスキンシップしないと落ち着かないんだもん。ちょっと我慢しててね♪」
「お前な……」
ベルのミノタウロスの尻尾が嬉しそうにパタパタ揺れ、零夜は深いため息をつく。彼女は零夜たちに助けられて以来、チームの母親的存在として振る舞い、毎日のスキンシップが日課に。今や「ベルハグ」は避けられない運命だ。
「またしてもベル様のスキンシップが始まりましたね……」
「ベル、いつもこうなん?」
「ええ、特に零夜様にはね。仲間の頼みは断れないのが彼女の弱点よ……」
ベルハグの光景を見ていたユウユウが冷静に呟くと、ライラは呆れ顔で応じていた。二人共冷や汗を流しながら唖然としているのが見える。
ライラも過去に「ベルハグ」の被害者だっただけに、その苦労が痛いほど分かる。
そこへ、倫子がツンと頬を膨らませて乱入してきた。零夜とベルの間に割り込み、まるで風船が弾けるような勢いで文句を言う。
「なんでベルと抱っこしてるの? 抱っこするならウチがいるやん!」
そして倫子は零夜に飛びつき、ムギュッと全力で密着。オーバーオールがぴったり張り付いたその感触に、零夜の興奮メーターは急上昇だ。
「あら、あなたも甘えん坊ね。良い子良い子♪」
「ひやっ!」
(うおっ! このままじゃ倒れるのも時間の問題だ……)
ベルがニコニコしながら倫子と零夜を両腕で抱き寄せ、二人の頭を撫で始める。倫子は驚いてしまい、零夜は内心焦ってしまう。
さらに追い打ちをかけるように、エヴァまで姿を現す。 零夜が他の女とスキンシップしているのを見て我慢できなかったらしい。
「ちょっと! 私だって零夜とスキンシップしたいんだけど!」
「あらあら、じゃああなたも一緒に♪」
「うお……これはさすがに……」
ベルはエヴァまで引き寄せ、3人をムギュッと全力ハグをする。裸オーバーオールのベルと倫子、サスペンダージーンズのエヴァが零夜に完全密着。零夜の顔はトマト並みに赤くなり、「折れるか窒息死するか」の二択に追い込まれる。
「零夜様! しっかりしてください!」
「気持ちは分かるけど落ち着いて!」
ライラが慌てて救出に飛びつき、ユウユウが三人をなだめにかかる。こうして、早朝の格闘訓練は爆笑ドタバタ劇で幕を閉じた。
※
「なるほど、これはとんだ災難だな……」
朝食後、ギルドに向かう道すがら、マツリが零夜の話を聞いて苦笑い。エヴァの零夜への好意がバレて以来、毎日の「零夜争奪戦」は止まらない。参加しているのは倫子とエヴァとなっているが、ベルは母親の立場として見守っているのだ。
終わりが見えないこの災難に、零夜は嘆く。
「ああ、俺が何したってんだよ……いてて! 身体の節々が痛ぇ……」
三人からのハグダメージが残り、彼は肩を押さえて顔をしかめる。命がいくつあっても足りないレベルだ。この光景にベルは苦笑いをしてしまい、倫子とエヴァに対してはすまなさそうな表情で頭を下げていた。
「零夜君って鈍感なのが弱点よね。それ治さないと大変よ?」
「そうそう、みんなに迷惑かけないようにね!」
「うへー……」
零夜に対して日和が優しく諭し、アイリンが真剣な表情で畳み掛ける。それに対して彼はガックリと項垂れるしかない。恋愛における鈍感さは彼の致命傷だ。
「まあまあ、今日はクエストに集中しましょう。緊急任務らしいし、早く片付けないとね」
ルイザが苦笑いしながら空気を切り替え、ヤツフサが同意しながら頷く。このまま放置しておけば大変な事になるのは勿論、任務にも支障が出てくるだろう。
「その通りだ。ペンデュラスで大変なことが起きたらしい」
「大変なこと?」
零夜が首を傾げると、ヤツフサが衝撃の事実を告げようとする。倫子たちもその内容を聞こうと、彼に視線を合わせながら真剣な表情をしていた。
「ペンデュラスが悪鬼に占拠され、Fブロック街と化した」
「な!?」
「「「ええっ!?」」」
一同は目を丸くして絶句。まさかペンデュラスが悪鬼に支配されるとは想定外で、混乱が広がるのも無理ない。しかもこのニュースはハルヴァス全体に伝えられていて、誰もがざわつくのも当然である。
「犯人はゲルガー。Fブロックの隊長で、黒き狼の獣人戦士だ。素早さと無限のスタミナを持つ手強い相手であるが、敵を倒してその姿に化ける事も可能である」
ヤツフサの真剣な説明に、零夜たちは冷や汗を流しながら覚悟を決める。ゲルガーを倒し、奴隷と住民を救うだけでなく、アリウスがゲルガーと関係しているのか、コパールレイクで真相を暴く必要があるのだ。
「となると、この戦いは楽じゃないかもな……」
零夜の真剣な推測に倫子たちも頷き、不安と決意を胸にギルドへ向かう。
※
ギルドに着いた零夜たちは、メリアからクエストの詳細を聞く。今回の任務はコパールレイクへ赴き、アリウスの手がかりを探すこと。アリウスはコパールレイクに行った後、性格が豹変して戻ってきた。殺された可能性もあり、調査が急務だ。
「アリウスが殺されたなら、遺品が必ずあるはず。念入りに探さないといけないみたいやね」
「その通りです。でもゲルガーも黙ってはいられません。刺客を送ってくる可能性もあるので、要注意となります」
メリアの指摘に、倫子たちは真剣な顔で頷きつつ冷や汗を流す。調査は難航し、刺客まで来れば全滅の危機もある。まさに油断ならないクエストである。
「確かにね。奴らより早く手がかりを見つけて真相を暴かないと!」
「戦いは避けられない運命よ。やるなら絶対生きて帰るわ!」
日和が決意を固め、アイリンが力強く宣言。零夜たちも同意しながら真剣に頷き、彼らはギルドを飛び出してコパールレイクへ向かい出した。
「お気をつけて!」
その様子を見たメリアは手を振りながら、コパールレイクに向かう零夜たちを見送っていた。
※
一方、コパールレイクでは、ペンデュラスから逃げてきたドワーフの女性が草むらに腰を下ろし、岩に背を預けて休息していた。
「ようやく逃げ切れた……お休みなさい……」
目を閉じ、スヤスヤ眠る彼女。手首のバングルに嵌った茶色い珠が、陽光に照らされてキラキラ輝く。その輝きが零夜たちとの出会いを引き寄せ、新たな展開を予感させるのだった。