零夜たちはクローバールのギルドに歩きながら帰還した。重い扉が軋む音とともに閉まり、彼らは一瞬立ち止まる。部屋に漂う静寂を破るように、零夜がこれまで起きた出来事を急いで報告する。その手には証拠となるバッジが握られ、メリアへと差し出された。彼女はそれを手に取り、真剣な眼差しでじっと見つめる。
「分かりました。証拠につきましてはお預かり致します。アリウス殺害の件について大いに役立ちますので」
「ありがとうございます」
メリアの言葉に零夜が緊張した面持ちで一礼すると、彼女の視線が鋭くエイリーンへと移る。
エイリーンがペンデュラスからの逃亡者であるだけでなく、八犬士の一人であることは、零夜から既に聞いていた。この事実はメリアにとって見過ごせない重大事だ。彼女は一歩踏み出し、エイリーンに迫るように近づく。
「エイリーンさん。あなたの噂は聞いています。あなたが八犬士として聞いている以上、ここのギルドで働く事になります。その辺りについては問題ないですか?」
「もちろん大丈夫です。八犬士である以上は精一杯頑張りますので、宜しくお願いします!」
エイリーンは明るい笑顔で一礼し、メリアも柔らかく微笑み返す。しかし、その裏でエイリーンの運命は決まりつつあった。ギルドで働くだけでなく、ペンデュラスからの引っ越しが必須となる。それ以前に、彼女はコパールレイクで八犬士として戦う決意を固めていたのだ。引っ越しは必然だが、その事は覚悟していたに違いない。
だがその時、メリアが突然零夜に顔をぐいっと近づける。彼は驚きに目を見開き、心臓が跳ね上がるのを感じた。叱られるのではないかと冷や汗が背筋を伝う。倫子たちも異様な空気を察し、そっと後ずさりながら逃げ出すタイミングを窺っている。
「あと、コパールレイクでカレーを食べたそうですね……私を差し置いてよくもまあ……」
「な、何故分かったのですか⁉」
メリアの眼光がギロリと鋭くなり、零夜を射抜く。彼は冷や汗が止まらず、額を伝う滴が床に落ちる音さえ聞こえそうだ。倫子たちは巻き込まれまいとさらに後退する。メリアの怒気を目の当たりにした今、逃げ出したくなるのも無理はない。
「貴方方の身体からカレーの匂いがしてましてね。特に口臭の匂いがまだ残っています」
「しまった! 消臭ブレスキャンディを飲んでなかった!」
倫子たちが慌てて口を押さえるが、時すでに遅し。隠し通せるはずもなく、正直に白状するしか道はない。早めに打ち明けておけば良かったと後悔が押し寄せるが、自業自得の結末とも言えた。
「ごめんなさい。食べました!」
「やっぱり……」
メリアは盛大にため息をつき、零夜の頭をガシッと鷲づかみにする。笑顔を浮かべているが、目はまるで氷のように冷たく、笑っていない。背後には鬼の角すら見える錯覚が広がり、エイリーンたちは抱き合ってガタガタと震えていた。アイリンに至っては「久々だな」と呟き、どこか懐かしさすら感じている様子だ。
「零夜さん。今度コパールレイクに行く時は、私を連れて行く事を忘れない様に……」
「は、はい!」
メリアの忠告に零夜は震えながら返事をする。倫子たちも首を振って必死に頷き、エイリーンとルイザはまだ震えが止まらない。メリアの威圧感を間近で味わえば、そうなるのも当然だった。
「さて、本題に入りましょう。アリウス殺害の件についての証拠であるバッジが見つかりましたが、それだけでも当時の様子が映す事が可能です」
「でも、どうやって?」
メリアの言葉に日和が首をかしげる中、彼女は静かに手を掲げ、目の前にウインドウを召喚する。バッジをその前にかざした瞬間、光が迸り、バッジが輝きを放ちながらデータをウインドウへと送り始めた。
次の瞬間、画面に当時の映像が映し出される。零夜たちは息を呑み、驚愕の表情を隠せなかった。
「凄い……物をかざしただけで、ここまでできるなんて……」
零夜は冷や汗を拭いながら、目の前の光景に圧倒される。倫子や日和も同様で、異世界から来た彼らにとって、これは初めての衝撃だった。もし地球にもこの技術があれば、犯人特定など一瞬で済むだろう。
「ハルヴァスは前にも言ったけど、最新の技術を取り入れているからね。さて、動画を見てみないと」
アイリンが冷静に説明しつつ、映像に目を向ける。画面ではアリウスが部下たちと共に調査中だ。慎重に周囲を確認する彼らだったが、突如ゲルガーが姿を現す。鋭いクローが唸りを上げ、部下たちを次々と切り裂いていく。その威力は一般人には過剰すぎるほどの破壊力で、彼らは光の粒と化して消えた。
「部下達をあっという間に倒すとはな……」
「これがFブロック隊長、ゲルガーの実力なんだ……」
「私たち、こんな人と戦う事になるのね……」
マツリたちは冷や汗を流しながら映像を見つめ、思わず喉を鳴らす。ゲルガーは獲物を逃さない冷酷な男だ。邪魔者は容赦なく排除するその姿に、不安が募るのも無理はない。
『貴様! 何者だ!』
『お前に答える義務はない!
『がはっ!』
アリウスが叫んだ瞬間、ゲルガーが一気に距離を詰め、クローで心臓を貫く。アリウスは即死し、光の粒となって崩れ落ちた。地面に落ちたバッジと剣のうち、ゲルガーは剣だけを拾い上げる。
『さてと』
ゲルガーはアリウスの姿に変身し、馬に跨ってその場を去る。これがアリウス殺害の真相であり、犯人がゲルガーである証拠だった。
「この結果、ゲルガーが犯人と確定。更に彼はペンデュラスを征服し、Fブロック基地街に変えていた事が発覚。そこで、緊急クエストを出します!」
メリアは鋭い表情で説明し、緊急クエストの発令を宣言する。両手を合わせた瞬間、魔術が発動し、クエスト用紙が宙に浮かび上がる。
彼女はギルド管理協会からクエスト作成の資格を持ち、即座に魔術で発行できる有能な受付嬢だ。ギルドにとって欠かせない存在である。
「今回のクエストはFブロック基地の壊滅及びペンデュラスの奪還。このクエストは住民達を助けるだけでなく、ゲルガー達を倒す事が課せられる重大任務となります。更にこのクエストをクリアすれば、ワンランク昇級のボーナスもあります!」
メリアの言葉に零夜たちは息を呑むが、戦う覚悟は既に固まっていた。ゲルガーの野望を打ち砕く最後の希望として、このクエストは避けられない。更に成功すれば、Aランクの零夜、日和、倫子、エヴァ、マツリ、エイリーンがSランクへと昇級するチャンスだ。
「分かりました! 必ず成功してみせます! これ以上ゲルガーの思い通りにさせない為にも!」
「了解です。貴方方の勝利を信じています!」
零夜が代表してクエストを受諾し、メリアは微笑みで応える。ルイザたちも頷き、零夜たちに歩み寄った。
「私も協力するわ。零夜たちに助けられた恩を返す為にも、あなたたちをサポートするから」
「分かった。俺たちのサポートを宜しく頼む!」
「任せて!」
ルイザもゲルガー打倒を決意する。彼女もまたゲルガーの被害者であり、復讐の炎を燃やしていた。
出動メンバーも決まり、ペンデュラスへの道を知る者もいる。あとは準備を整え、出発するのみだ。
「では、お気をつけて。あなた達が帰って来る事をお待ちしています!」
「はい! 必ず戻ってきます!」
メリアのエールに零夜は笑顔で答え、仲間と共にギルドを飛び出した。必ず生きて帰る決意を胸に、ペンデュラスへと駆け出すのだった。