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第66話 ペンデュラスへの突撃

「ほ、本当なのですか!? それでモンスターができるなんて……」


 倫子からの衝撃的な発言に、零夜たちは目を丸くして立ち尽くしていた。金属一つでモンスターが進化するなど前代未聞で、ましてや奇妙な姿に変形する可能性すらあるというのだから驚きしかない。

 だが、アイリンは鋭いツンデレ口調を抑えつつ、倫子の持つ金属を冷静に観察していた。尻尾がピンと立ち、耳の代わりに生えた猫耳が微かに動く。彼女の知識と観察眼が頼りだ。  


「大丈夫。これはスパイダーやウルフなどに当てれば、新たな進化が生まれるわ」

「えっ? この金属について分かるの?」  


 アイリンが淡々と説明すると、日和が首を傾げて疑問を口にした。マツリやエヴァ、ルイザ、エイリーンも同じく訝しげな視線を向けている。マツリの頭に生えた角が微かに揺れ、エヴァの銀色の尻尾が不信感を表すように小さく振れていた。


「この金属はメタルロック。主にモンスターの進化素材に使われるわ。サイボーグウルフやメタルインプが出現したのもこれが原因よ」

「じゃあ、それが原因であのモンスターが出てきたんだね……」  


 アイリンの解説に、日和たちは納得したように頷く。すると倫子がバングルを掲げ、スピリットを解き放つ。飛び出してきたのは一匹のウルフだ。


「じゃあ、早速進化させるから。動かないでね」  


 倫子の指示にウルフが小さく頷くと、彼女はメタルロックをその体に押し当てた。瞬間、眩い光がウルフを包み込み、やがて姿を現したのはサイボーグウルフだった。  


「サイボーグウルフになった!」

「敵だったモンスターが味方になるのは心強いわね」  


 ルイザが驚きの声を上げ、ベルが母親らしい穏やかな口調で頷いた。彼女は頼もしい仲間が増えたことに安堵の笑みを浮かべる。敵が味方に変わる展開は、まさに心強い一手だ。  

 だが、倫子はふと思い出したようにエヴァに目を向けた。エヴァは突然の注目にキョトンと目を丸くするが、倫子は何か企んでいる様子だ。  


「そう言えばエヴァの持っているウルフたちだけど……彼らにもこのメタルロックを使ってみたら?」  


 倫子がメタルロックを差し出すと、エヴァは首を振って断った。銀色の尻尾が控えめに揺れ、彼女の意思が伝わる。  


「気持ちは嬉しいけど、私は地道に育てておこうと思うの。機械化するのは流石にね……」

「そうなんや。まあ、エヴァが決めたのなら文句は言わないから」  


 エヴァが苦笑しながら説明すると、倫子はあっさり納得した。モンスターの育て方は人それぞれ。それを尊重し合うのがこの一行の絆だ。  


「それにしても、サイボーグウルフって、兵器モンスターだな……」

「戦いの時には便利だけど、見た目がな……」  


 マツリと零夜が苦笑いを浮かべつつ、サイボーグウルフの姿に戦力アップを実感していた。確かに強力だが、機械的な外見にどこか違和感を覚えるのも事実だ。  


「まあ、パワーアップしただけでも良いと思う。しかしのんびりしている暇は無いぞ!」

「そうでしたね。早速先に……あいた!」  


 ヤツフサが鋭く吠えながら忠告すると、エイリーンも同意しつつ、急いでペンデュラスへ向かおうとした。ところが石に躓き、前につんのめるように転倒してしまう。  


「大丈夫!?」  


 ベルが慌てて駆け寄り、転倒してしまったエイリーンを抱き起こした。ミノタウロスの角が揺れ、母親らしい優しさで回復魔術をかけると、エイリーンの擦り傷がみるみる癒えていく。  


「すいません……私、ドジが多くて……」

「気にしないで。ドジについては驚いたけど、焦らずに少しずつ治しましょう」  

(エイリーンに意外な一面があるなんて……)

(初めて見た……)  


 エイリーンが涙目で呟くと、ベルは優しく頭を撫でて慰めた。まるで親子のような光景だが、実はエイリーンの方が年上だ。零夜たちはこのやり取りに呆然としつつ、誰にでも欠点があると実感していた。  


 ※


「着いたわ! ここがペンデュラスよ!」  


 一行がペンデュラスに到着すると、目の前にそびえるのは鉄の城壁だった。黒々とした表面からは闇のオーラが漂い、近づけば何が起こるか分からない不気味さを放っている。  


「城壁がある限りは、上手く近付けないか……」

「何か方法は無いのかな……」  


 マツリが腕を組み、角を傾けながら突破策を模索し始めた。登れば弓矢に狙われ、破壊するには硬すぎて時間がかかる。状況は明らかに不利である事に変わりはない。


「こうなると入口を探す必要があるな。すぐに周囲を探して……どうした?」

「静かにして。敵がいるわ」  


 零夜が周囲を見回そうとした瞬間、アイリンが鋭く制した。猫耳がピクリと動き、視線の先には入口が。そしてそこには、ゾンビの衛兵二人が不気味に立ち塞がっている。奴らを倒さなければ、先に進めないのだ。


「入口は見つけたが、ゾンビの衛兵がいるな」

「それなら私に任せて!」  


 零夜が冷静に状況を分析すると、ルイザが勢いよく飛び出していく。軽快に跳躍し、両手にナイフを構える姿はまるで狩人のよう。しかし彼女の本業は盗賊なので、このやり方はお手の物だ。


「爆発ナイフ投げ!」  


 ルイザが投げ放った二本のナイフがゾンビに直撃し、爆発。衛兵はボロ布と金貨の山に変わり果てた。ルイザは余裕の表情でボロ布と金貨の山を回収し、自身のバングルの中に収めておく。


「これで敵は倒したわ。後は扉を開くだけよ」

「それなら私に任せて!」  


 ベルが前に進み、ミノタウロスの力を込めた左手を扉に押し当てた。念を込めると、ガチャリと鍵が外れる音が響く。  


「これでよし。中に入るわよ!」  


 ベルの合図で全員が城壁内に突入すると、そこは意外にも普通の街並みだった。ゲルガーが住民を襲わず、飴と鞭の政策で平穏を装わせているらしい。  


「何も変わってない……ゲルガーは何を考えているのでしょうか……」

「さあ……」  


 エイリーンの質問に対してエヴァが首を振ると、突然、目の前にウインドウが浮かび上がった。画面にはゲルガーの姿が映り、零夜たちは一斉に身構える。  


『よく来たな。八犬士達よ。一部部外者もいるが』

「おい! その部外者は私かゴラァ!」  


 ルイザが画面に向かって吠えると、エヴァとエイリーンが慌てて彼女を抑えた。部外者扱いに怒るのも無理はないが、八犬士でない彼女がカウントされないのも事実だ。因みにベルも該当しているが。


『そう怒るな。ルイザもいるが、エヴァとエイリーンが八犬士の一人とは想定外だった。だが、ここからが戦いの始まりだ!』 


 ゲルガーの言葉と同時に、街中にモンスターが溢れ出した。住民は彼の計らいで避難済みらしく、戦場は整っている。


『ファーストステージの説明だ。モンスターたちを倒して誰か一人がこの要塞に辿り着けば、ステージクリア。しかし、黒服の男達がいるので、捕まったら牢獄に転移される。注意しろ』  

(要するに俺達の世界でやってた逃走ロワイアルみたいなもんか……あの番組は嫌な思い出しかないな……)  


 ゲルガーのルールを聞いた零夜は、過去の記憶を思い出した。

 かつて一般枠で出場したテレビ番組「逃走ロワイアル」で賞金を勝ち取ったが、好きな女性タレントが捕まったショックで落ち込み、皆から慰められる羽目に。今では黒歴史であり、思い出すと恥ずかしがる事もある。


(まあいい。誰かが逃げ切ればそれで十分だ! やるなら勝つ!)  


 零夜が心の中で気合を入れ直し、確実に逃げようと意気込みを入れる。あの時の黒歴史を思い起こさぬ為にも、ここで負ける理由にはいかない。


「では、試合開始だ!」  


 ゲルガーの合図で、一行はFブロック基地の要塞を目指し、一斉に駆け出した。モンスターの咆哮と黒服の足音が迫る中、緊迫した戦いが幕を開けたのだった。  

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