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第67話 逃走ゲームの始まり

 零夜たちは要塞を目指して駆け出していたが、一塊のままでいれば敵にあっという間に捕まってしまう状況だった。ここは個人で行動するのが賢明だと誰もが理解していたが、エヴァと倫子だけはそう簡単には納得しなかった。

 エヴァと倫子は零夜にしがみついたまま離れようとしない。二人の零夜を心配する気持ちが、その行動から丸分かりだった。


「二人共、ここは個人で行動するので離れてくれませんか? 捕まる可能性もあり得ますので」

「嫌! 離れたくない!」

「だって零夜から離れたら、何かが起ころうとするんだもん!」

「それってどういう事だ!?」  


 零夜が懸命に説得を試みても、エヴァと倫子の決意は固く、なかなか離れてくれない。この様子に日和たちは苦笑いを浮かべるしかなかった。

 だが、猫の獣人アイリンは違った。彼女のツンデレ気質が爆発寸前で、猫耳がピクピク動き、イライラが溜まっているのが見て取れた。こんな光景が続けば、捕まるのも時間の問題だろう。


「まったく……こうなったらグループに分かれて行動よ。それしか方法は無いわ」

「そうだな。それなら分散して行動するのが効率的だし、二人の為を考えればその方が合うかもな」  


 アイリンは呆れながらも真剣に提案し、マツリも賛同しながら頷く。彼女の頭に生えた角がわずかに揺れ、姉御肌らしい落ち着いた声が響く。こうして、グループに分けて行動する方針が即座に決まり、メンバーは次のように分かれた。  


・零夜、倫子、エヴァ、日和、ベル

・アイリン、ルイザ、マツリ、エイリーン、ヤツフサ  


零夜のグループには、倫子、エヴァ、日和、ベルの四人。アイリンのグループにはマツリ、ヤツフサ、エイリーン、ルイザが名を連ねた。  


「これで良し。後は全員が無事に集結する事を忘れるな。直ぐに行動開始だ!」

「「「了解!」」」  


 ヤツフサの鋭い吠え声が合図となり、二つのグループは蜘蛛の子を散らすように別々の方向へ駆け出した。お互いの無事を心から誓いながら、彼らは要塞へと続く道を進み始めた。


 ※


 零夜のグループは敵の気配を探りながら、慎重に進んでいた。黒服の男たちがいつ現れてもおかしくない状況で、捕まれば牢獄行きは確実だ。  


「手強い敵に遭遇したら大変な事になりそうね……」

「うん……手強いモンスターが出なければ良いけど」  

「そうですね。離れない様に密着した方が好ましいと思います。気を付けてください」


 ベルの心配そうな声に、倫子も同意しながら頷く。零夜のアドバイス通り、皆が互いに距離を詰めて進む中、突然インプの軍勢が姿を現した。数はおよそ五十。見た目は小柄だが、舐めてかかれば痛い目にあう厄介な相手だ。  


「まさかいきなり出てくるとはね……、用心して戦わないと!」

「ああ。インプの戦い方は熟知しているからな!行くぞ!」  


 零夜の掛け声とともに、一同は一斉に飛び出した。インプたちも集団で襲いかかってきたが、零夜たちの連携した攻撃に圧倒され、次第に数が減っていく。相手を間違えたのが彼らの敗因だった。  


「アンタ達はこれでも喰らいなさい! アイアンストライク!」  


 倫子が手元に鉄球を召喚し、次々とインプたちへ投げつける。鉄球は顔や腹に直撃し、インプたちが怯んだ隙を逃さず、零夜とエヴァが素早く動いた。  


「そこだ! 苦無乱れ投げ!」

「ウルフスラッシュ!」

「アクアバレット!」

「アックススラッシュ!」  


 零夜の投げた苦無が風を切り、エヴァのガントレットが鋭い爪痕を残す。日和の放った水の魔法弾がインプを貫き、ベルのロングアックスが力強く振り下ろされると、インプたちは次々と消滅していった。最後の一匹が倒れ、残されたのは素材となるインプの角と金貨だけだった。  


「まずはインプ達を撃破。しかし、黒服の男達が来るので要注意だ。すぐに隠れるぞ!」  


 零夜の指示に従い、倫子たちは樽や木箱の陰に身を潜めた。すると間もなく、黒服の男が姿を現す。スーツにサングラス、特殊マスクを着けたその姿は異様で、冷静に周囲を見回しながら歩いていた。だが、零夜たちの隠れ場所には気づかず、そのまま別の方向へ去っていく。  


「今の男……逃走ロワイアルのハンティングマンにそっくりだった様な……」

「偶然かも知れないし、歩き方も機械その物だった……もしかすると水攻撃なら倒せるかも……」

「用心しないと駄目ですね。背後から攻撃が良いと思います」

(ハンティングマンって何だろう? 零夜達の世界って一体どうなっているのかしら……)

(さあ……)  


 零夜、倫子、日和は黒服の男を思い出しながら、その倒し方を話し合った。彼らは地球出身なので、「逃走ロワイアル」という番組を耳にした事がある。番組に出ているハンティングマンについても、行動パターンをよく見ているので問題ない。

 しかしハルヴァス出身のエヴァとベルは、ハンティングマンや逃走ロワイアルについては全然知らない。その様な番組など見た事ないからだ。彼女たちは内心で疑問を抱きつつも、仲間と共に移動を再開するのだった。


 ※


 一方、アイリン、ルイザ、マツリ、エイリーン、そしてヤツフサのグループは、敵の動きを警戒しながら進んでいた。特にアイリンとルイザは敵の正体を見抜くスキルを持ち、エイリーンのドワーフらしい機械知識と合わせ、チームの大きな力となっていた。  


「ここから先は用心しないとね。黒服の男達が……、来たわ!」  


 アイリンが鋭く叫ぶと同時に、全員が物陰に隠れた。直後、黒服の男が現れ、ゆっくりと歩きながら周囲を捜索する。しかし、ここに獲物はいないと判断したのか、別の場所へ向かおうとする。  


「しめた! ここはこいつで!」  


 ルイザが素早く飛び出し、懐から小型爆弾を取り出した。狙いを定めて投げると、爆弾は黒服の男の後頭部に命中。


「ナイスヒット!」  


 ルイザが指を鳴らすと、爆弾が大爆発を起こし、黒服の男は倒れて動かなくなった。首から煙が上がり、バチバチと電流が走る様子に、異様な雰囲気を感じ取る。


「動かなくなったわ。早速正体を調べましょう!」 


 ルイザの合図で一同が近づくと、男は完全に機能を停止していた。彼女たちは大丈夫だと確認したと同時に、男を見ながらじっくりと観察し始める。


「これって……機械人間だよな?」

「いわゆるロボットと言っても良いぐらいですし、念入りに調べてみます。こう見えても機械には強いので」  


 マツリの疑問に、エイリーンが自信満々に答える。同時にエイリーンは男の体に触れ、データを読み取り始める。 すると彼女の脳内にデータが流れ込み、正体が判明した。  


「分かりました! サーチ型ハンティングロボ。ゼルクスです!」

「ゼルクス……聞いた事がある!」  


 ヤツフサが反応し、小型フェンリルの鋭い目で仲間を見回す。その様子だと何か知っているらしく、エイリーンたちも気になる表情で彼に視線を合わせる。


「知っているの?」

「奴らは悪鬼の戦闘兵器と言われていて、多くの女性たちを回収する役目を持っている。捕まってしまえば奴隷となるのは確定だ!」

「「「ええっ!?」」」  


 ヤツフサの説明に、エイリーンたちは驚愕した。特にアイリンは両手で口を押さえ、衝撃を隠しきれずにいた。

 ゼルクスはタマズサの命令で作られた戦闘兵器であり、各基地の隊長の指示で動く。A級以上の冒険者でない限り、倒すのはほぼ不可能な存在だ。  


「ともかくこの事については、皆に伝えないと! 衝撃の事実が分かった以上、放って置く理由にはいかないからね!」

「ええ。皆で無事にこのステージを突破する為にも!」  


 アイリンの決意に、ルイザたちも力強く頷いた。彼女たちはその場を離れ、目的地である要塞に向けて走り去る。停止したゼルクスは盛大な爆発を起こし、残されたのは一本のネジだけだった。


 ※


 街の外れにある避難所では、住民たちが零夜たちの活躍を窓越しに見つめ、期待の表情を浮かべていた。ギルドのメンバーやマスターのフェルネもそこにいた。

 老人ながら最強クラスの魔術師であるフェルネは、零夜やルイザに大きな期待を寄せている。彼らの活躍はフェルネの耳にも届いており、そこから興味を持つようになっていた。


(あのルイザがこの街を救う為に頑張っているとは……もしかすると……あの八犬士達との出会いが変えたのかも知れないな……)  


 フェルネは心の中で呟き、ウインドウに視線を戻す。零夜とルイザなら必ず街を救ってくれると信じていた。

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