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第68話 最大奥義、自来也

 零夜たちはゼルクスから命からがら逃げ切り、ついに目的地である要塞の前にたどり着いた。アイリンたちも無事に合流し、一行は一息つく間もなく眼前の光景に目を奪われる。

 要塞は西洋の古城を思わせる威容を誇っていたが、その周囲には禍々しいオーラが漂い、空気を重くしている。危険がすぐそこに潜んでいることを、全員が肌で感じ取っていた。


「あれがFブロック基地のアジト……見た目だけでも怖そうな雰囲気ね……」

「そうね。あと、黒服の男の正体が分かったわ!」

「本当なの!?」


 アイリンの呟きに対し、ルイザが手を叩きながらある事を伝えようとする。倫子が驚きの声を上げてしまい、全員がルイザに視線を移していく。ルイザは一瞬たじろぎながらも、すぐに冷静さを取り戻して説明を始めた。


「彼らはゼルクス。オートマタメカの進化形で、機械人間の一種よ。黒服とサングラスなのは謎だけど……」 


 エヴァたちは納得したように頷くが、零夜、倫子、日和の「地球組」三人は首を傾げていた。正体が分かったのはいいが、あの奇妙な格好には何か理由があるはずだと、彼らは感じていた。


「恐らく俺達の世界に『逃走ロワイアル』って番組があったから、それを見たんじゃないのか?」


 零夜が真剣な表情で推測すると、倫子と日和も納得したように頷く。

 ゲルガーが地球の文化に触れ、テレビでその番組を見てインスピレーションを得た可能性は高い。そうでなければ、ゼルクスがあんな姿をしている説明がつかない。


「確かにあり得るかもね。そうでなかったら、ゼルクスがこんな格好してるわけないし」

「そうそう。戦いの準備してる時に、わざわざ私達の世界の番組を見る人なんていないですからね」

(((どんな番組なの……?)))  


 倫子と日和が意見を交わす一方、エヴァたちはますます混乱していた。地球を知らない彼女たちにとって、この会話はまるで異国の謎かけのようだった。


「ともかく、さっさとこの要塞の中に入ればゴールインよ! すぐに入らないと!」

「おい、アイリン!」  


 マツリの制止を無視し、アイリンが勢いよく要塞へ駆け出した。だがその瞬間、地面が唸りを上げ、巨大な壁が突如として出現。彼女の行く手を完全に塞いでしまった。あまりにも唐突な展開に、アイリンは目を丸くする。


「壁!? どういう事よ!」  


 アイリンが怒りを爆発させた直後、空にウインドウが浮かび上がり、そこにはゲルガーの余裕たっぷりの笑顔が映し出されていた。彼は既に対策を施していて、このぐらいは大丈夫だと感じているのだろう。


『ガハハハハ! そう簡単に行かせてたまるかよ! ここで突破されたらゲームが面白くねぇからな!』 


 ゲルガーが指を鳴らすと同時に、インプ、ゾンビ、ゴブリン、ノームヒューマン、そして悪魔の軍勢が一斉に現れる。さらに黒服の兵士たちまでが姿を現し、圧倒的な数の敵が零夜たちを取り囲んだ。


『ここからは制限時間制だ。多くの敵を倒すか、この壁を破壊か乗り越えられたらクリアだ。但し……十分経ったらゼルクスがお前達を捕らえに行くからな……』 


 ゲルガーが不敵な笑みを浮かべた瞬間、ウインドウが消える。零夜たちは即座に戦闘態勢を整え、襲い来るモンスターたちに立ち向かい始める。こうなった以上は一歩も引かずに戦うしかなく、ペンデュラスを救う為にも諦める理由にはいかない。


「よし! 突撃開始!」

「「「おう!」」」  


 ヤツフサの号令一下、全員が一斉に突撃。モンスターたちを次々と薙ぎ払っていく。敵の数は膨大だが、倒せば金、経験値、素材が手に入るため、戦いは損得ゼロの綱引き状態だった。

 だが、倒しても倒しても新たな敵が湧き出てくる。このままでは時間切れで全滅するのは目に見えていた。  


「倒してもまだ出てくるなんて!」

「残り時間が半分! このままだと捕まるのも時間の問題だ!」

「「「!?」」」  


 エヴァが焦りを露わに叫び、ヤツフサが冷静に状況を報告する。倫子たちは驚愕し、冷や汗を流しながらピンチを自覚した。


(終わってしまうのか……? 誰も救えないまま……)


 その中でも零夜は心の中で呟き、冷や汗を流しながら動きが止めてしまう。すると、過去の記憶が鮮やかに蘇ってきた。  


 ※  


「うう……」


 それは『逃走ロワイアル』の収録後。零夜は人気タレント・橘ヒカリに抱かれ、涙を流していた。彼女をハンティングマンの手から救えなかったことが心残りで、使命を果たせなかった自分を悔やんでいた。

 当時のヒカリは、茶色いカーゴパンツにピンクのロングシャツ、袖なしのベストという出で立ちだった。


「大丈夫。賞金は山分けしてくれたから。それに零夜君にはさらなる可能性があるし、もしかすると秘めたる力を発揮するんじゃないかな?」

「秘めたる……力……?」


 ヒカリの優しい笑顔に零夜が呆然とする中、空から白い鳩の羽が舞い落ちてくる。彼女がそれを手に取ると、零夜の額にそっと押し当てた。


「うん。零夜君は仲間を守る性格だからこそ、限界を超えて皆を助ける事ができる筈だよ。だからメソメソしないで、精一杯頑張ってね」

「……はい!」  


 ヒカリの励ましを受けた零夜は涙を拭い、力強く応えた。彼女は彼の頭を撫でながら微笑み、二人は仲間たちが待つ場所へと歩き出した。  


 ※  


(いや! ヒカリさんは皆を助ける力を信じてくれた! だからこそその力を……発揮してみせる!)  


 零夜は心の底から決意を固め、真剣な眼差しで前を向く。集中力を極限まで高め、拳にオーラを宿らせ始めた。過去の記憶が蘇った今だからこそ、発動するなら今しかないと覚悟を決めている。


「零夜君の拳にオーラが!」

「いったい何をするの!?」

「もしかすると何か考えがあるのでしょうか?」

「そこまでは分からないわね……」  


 倫子、日和、エイリーン、ベルの四人が、零夜の行動を見守りながら推測を重ねる。

 すると零夜は高く跳躍し、拳に全力を込めて地面へ急降下。拳を叩き込んだ瞬間、眩い光が辺りを包み込んだ。  


「最大奥義、自来也じらいや!」  


 光は敵味方関係なく全てを飲み込み、ペンデュラスの街で大爆発が巻き起こった。  


※  


「まさかここまでやるとは想定外だな……」


 ヤツフサは自らバリアを張り、爆発を免れていたが、目の前の光景に呆然とするしかなかった。

 街並みは奇跡的に無事だったが、モンスターとゼルクスは全滅し、金貨の山と化していた。倫子たちは爆発に巻き込まれたものの命は無事で、服に焦げ跡が残る程度ですんだ。  


「ウチ等まで殺す気か、アホンダラ!!」

「すいません……敵を倒す事で我を忘れてしまって……」

「やり過ぎにも程があるでしょ!」 


 倫子たちが怒鳴り散らし、零夜は頭を下げて謝罪する。仲間を守るための奥義が仲間まで傷つけてしまっては本末転倒。今回は明らかに彼のミスだった。

 ヤツフサはため息をつき、トコトコと零夜に近づく。


「仲間まで巻き込ませないように。それだけだ」

「はい……」  


 項垂れる零夜を尻目に、要塞を塞いでいた壁が塵となって消え、進路が開く。同時に、第一ステージも見事クリアする事に成功したのだ。


「先に進める様になったけど、油断は禁物よ。まだ要塞の内部に敵がいるだけでなく、ゲルガーもいるわ。むしろここからが本番であり、さらに気を引き締めていきましょう!」  


 ベルの真剣な忠告に、全員が頷く。ゲルガーを倒さなければ街の解放は叶わず、自分たちが動かなければ誰がやるのか——その覚悟が全員の胸にあった。


「何れにしてもゲルガーは何かを仕掛けてくるし、油断ならないと言った方が良いわね」

「幸い敵の情報を見たけど、要塞の内部にゼルクスはいないみたい。これなら思う存分動けるし、逃げまくる必要もないからね」  


 ルイザが戦況を分析し、アイリンが索敵能力で内部を確認する。ゼルクスがいなければ、逃亡に追われる心配はない。


「よし! 敵のデータも分かった事で、すぐに要塞の内部に向かうぞ!」

「「「おう!」」」


 ヤツフサの合図と共に、零夜たちは要塞へと突入。ペンデュラスを巡る戦いは、新たな局面へと突き進んだのだった。

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