「失敗か……さらに戦力も減らされるとは……クソッ!」
Fブロック基地要塞の最上階。薄暗い部屋に響くゲルガーの苛立った声が、壁に反響した。彼は拳を握り潰すように締め、歯軋りしながら第一ステージの突破を許した事実を呪う。ゼルクスが使い物にならなくなった今、戦力は壊滅的に削がれていた。
「まあいい。次の手については考えてある。奴等と決着を着ける方法はいくらでもあるからな……」
ゲルガーは唇を歪め、不気味な笑みを浮かべる。一度の策略が破られたくらいで挫ける男ではない。彼の頭脳は既に次の罠を編み始めていた。
※
一方、零夜たちは要塞内部に突入し、息を切らしながら最上階を目指していた。ゲルガーを倒し、ペンデュラスを救うため、時間は一秒たりとも無駄にできない。焦りと緊張が彼らの胸を締め付けるが、誰も口には出さない。
「次のステージはどんなのか気になるが、何れにしても油断は禁物だ!」
「そうね。敵もゲルガー以外多くいるし、用心して進まないと!」
ヤツフサが鋭い牙を覗かせ、低く唸る。それにアイリンが尻尾をピンと立て、ツンとした態度で頷く。だがその瞳は真剣そのものだ。
その時、日和が突然足を止め、目の前の通路に目を向けた。そこには「この先二階への通路」と書かれた看板が不自然に立っている。
「恐らくこれは罠である可能性が高いわ。ゲルガーならこんな事を仕出かすだろうし、入ろうとしても何1つないからね」
「そうだな。他に2階へ続く道がないか見てみようぜ」
マツリが頭の角を揺らし、姉御らしい口調で全員に指示を出す。日和の冷静な分析に誰もが頷き、別のルートを探し始めた。
だがその瞬間、後方から戦闘員たちが現れ、銃口を揃えて一斉に構える。前には罠の扉、後ろには銃を持った敵。完全に挟み撃ちだ。
「やっぱりこうなると思ったわね……」
「そっちがその気なら! アラウンドバリア!」
ルイザのため息の直後、倫子の手から光が迸り、仲間全員を包む半透明のバリアが展開。戦闘員が発砲した銃弾が次々と弾かれ、金属音が響き渡る。
「バリアタックル!」
「「「がはっ!」」」
倫子がバリアを押し出し、強烈なタックルで戦闘員たちを吹き飛ばす。彼らは壁に叩きつけられ、金貨と化して彼女のバングルに吸い込まれた。
倫子が繰り出すバリアは、攻撃と防御に優れた威力を持っている。オールラウンダーである彼女だからこそ、この様なバリアを出す事も可能であるのだ。因みにレベルMAXであるベルの方がとても威力が高く、完全無敵の強さを誇っている。
「よし。早く別の道を探しましょう」
倫子の声に全員が動き出そうとしたその時、罠の扉が軋みながら開き、黒い触手が飛び出してきた。ぬめり光る異形の腕が空気を切り裂き、零夜たちを襲う。
「扉の向こうから触手が出てくるなんて……」
「捕まったら何をされるか分からないからね。ここは逃げないと!」
エイリーンが呆然と呟く中、エヴァが尻尾を震わせて即座に跳び退く。 倫子たちも逃げようとしたが、触手が零夜の足を絡め取り、扉の奥へと引きずり込む。
「うわああああああ!」
「「「零夜(君)!」」」
扉がバタンと閉まり、零夜の叫びが途絶えた。倫子とエヴァは膝をつき、涙が溢れる。大切な人が連れ去られたショックは、とても大きすぎたのだろう。
「零夜君が……触手に捕まった……うう……」
「ヒック……どうしてこんな事に……うえ~ん……」
その様子を見たベルが、泣きじゃくる二人の肩にそっと手を置き始める。そのまま彼女たちを母親のような温かさで抱き寄せ、優しく背中を撫で始める。
「大丈夫。零夜はこんなところで倒れる輩じゃない。彼には諦めの悪さがある事を、皆は知っているでしょ?」
「「あ……」」
倫子とエヴァはハッと顔を上げる。第一ステージを突破できたのは、零夜の執念と守りたい気持ちがあったからこそだ。しかし自来也によって味方を巻き込んだのは良くないが。
「そうだった……零夜君がいたからこそ、今のウチ等が此処におる……」
「となると、泣いている場合じゃないみたいね。このままだと零夜に心配されてしまうし」
二人は涙を拭い、真剣な眼差しで立ち上がる。ここで立ち止まってしまえば零夜に心配されるのは勿論、ペンデュラスでさえ救う事はできないのだ。
「零夜君は大丈夫。私達は私達で頑張るしかあらへんよ」
「それに私達は彼に頼り過ぎている部分もあるし、今度は私達の手で彼を助けるわよ!」
「「「おう!」」」
倫子とエヴァの決意に対し、ルイザたちも拳を掲げて力強く応える。全員が決意を新たに、次のルートを探し始めた。
※
触手に引きずり込まれた零夜は、薄暗い部屋に放り出された。触手は彼を解放すると同時にスルリと消え去る。
「ここは一体……」
零夜が辺りを見回すと、広大で殺風景な部屋が広がっていた。柱もなく、壁は無機質。だがその単純さが逆に不気味さを増す。
「ともかく今はこの部屋を出ないと。もしかすると仕掛けが何処かにある筈だ……」
零夜が慎重に歩き出した瞬間、何処からか低い声が響いた。
「八犬士の東零夜か……」
「ん?」
振り返ると、魔法陣が光を放ち、一人の男が現れる。迷彩服に身を包み、両手にガントレットを装着した男が、冷たい目で零夜を睨む。
「あなたは?」
「俺の名前は神田裕二。さすらいの傭兵だ」
「神田裕二……俺と同じ日本人じゃないか!」
零夜が驚きに目を丸くしてしまい、裕二に視線を移していく。まさか自分たち以外にも同じ日本人がいるとは、予想外だと感じているのだ。
しかし裕二は表情を変えず淡々と続ける。
「俺はあるお方の依頼で、お前を始末しに来たからな。今の触手も……俺が召喚したんだよ」
「じゃあ、あの二階に進む看板も、おまえが書いたという事なのか!」
裕二は無言で頷き、両手に三本ずつ、計六本のダガーを構える。その鋭い刃が薄暗い光を反射し、殺意が零夜に突き刺さる。
「その通りだ。東だけでなく他の八犬士が五人もいるが、特に要注意なのはお前なのでね!」
「だろうな……まあ、そう言ってくれるのであれば、ここで死ぬ理由にはいかないからな!」
零夜は忍者刀を両手に召喚し、刃を握り潰す勢いで構える。室内戦に適したその武器が、彼の決意を象徴していた。
「俺と戦うつもりか? 下手したら無様に死ぬことになるぞ?」
「俺がそんな脅しに通じると思うか? 俺は仲間を見捨てて死ぬ理由にはいかないからな。甘く見るのはアンタの方だよ!」
零夜の言葉に、裕二の目が一瞬細まる。同時にニヤリとあくどい笑みを浮かべ、目の前にいる敵を睨みつけてきた。
「そうかそうか……無様に殺される覚悟は出来ているのか……なら、徹底的に殺すのみだ!」
裕二が殺気を爆発させ、六本のダガーを手に零夜へ突進する。その動きは獣のように荒々しく、一撃で仕留める気迫に満ちていた。
「おっと!」
零夜は素早く身を翻し、忍者刀を構え直す。裕二の目が爛々と輝き、殺意が空気を切り裂く。
(こいつ、ただの傭兵じゃない……経験者だ。だが俺はこんなところで仲間を裏切らない!)
零夜は心の中で決意を固め、忍者刀を握り直す。仲間との再会を信じ、裕二との死闘に身を投じた。