零夜と裕二の戦いは後半に突入し、もはや一進一退の極限状態へと突き進んでいた。村雨と蛍丸が激しくぶつかり合い、金属の悲鳴とともに火花がバチバチと飛び散る。空気が熱を帯び、汗と血の匂いが混じり合い、二人の息づかいは荒々しく響き合っていた。
「なるほど。やはり武器を変えても、一筋縄ではいかないと言う事だな」
「当たり前だ! 俺はこの程度でやられてたまるかよ!」
裕二の声は低く、鋭い眼光が零夜を射抜く。対する彼も歯を食いしばり、吼えるように返す。その声には負けられない覚悟が滲んでいた。
二人は一瞬にして間合いを取り、互いを睨みつける。瞳には殺意と警戒が交錯し、わずかな隙も許されない緊張感が漂う。どちらも相手の実力を認めていた。零夜はGブロック基地を仲間と共に壊滅させ、その名に恥じぬ強さを持つ。一方、裕二は依頼を完遂する執念に燃える戦士であふ。下手に動けば即座に命を落としかねない状況で、二人の頭脳と本能は極限まで研ぎ澄まされていた。
(あの東という男、短期間でGブロックを潰した実績は伊達じゃない。こいつはとんでもなく強い……だが、俺だって依頼を投げ出すわけにはいかねえ!)
裕二の内心は葛藤と決意で渦巻く。零夜を睨みながら、蛍丸を握る手に力がこもる。そして、次の瞬間――彼は迷いを振り払い、全力で零夜へと突進した。
「最初から攻めに行かせてもらう!
蛍丸が唸りを上げ、振り下ろされた刃から灼熱の波動が迸る。炎が空気を焼き尽くし、地面を焦がしながら零夜へと迫る。
「しまっ……うわっ!」
零夜は反応するも間に合わず、波動の直撃を食らう。衝撃で身体が吹き飛び、床を転がりながら激しく叩きつけられた。肺が圧迫されて息が詰まるが、彼は倒れない。即座に立ち上がり、血まみれの顔で戦闘態勢を整える。倫子たちが自分を心配している以上、ここで終わるわけにはいかない。その信念が彼を突き動かしていた。
「なるほど。この技を喰らっても倒れないとは驚いたな……。なら、連続で攻めるのみだ! 覚悟しろ!」
裕二の瞳が燃え上がり、次の攻撃を仕掛ける。風の竜巻が突如現れ、蛍丸の刀身に絡みつき、風の力を宿す。刀身に竜巻の模様が浮かび、鋭い風のオーラがほとばしる。
「この攻撃を喰らってもらおうか!
横一閃。風の刃が空間を切り裂き、爆音とともに零夜へと襲い掛かる。
「あらよっと!」
だが零夜は咄嗟に跳躍し、紙一重で回避。波動は壁に激突し、大爆発を巻き起こす。轟音と共に壁が崩れ落ち、焦げた破片が宙を舞う。その威力はサイバーガンを遥かに超え、一撃で命を奪いかねない破壊力だった。
「危なかった……あれを喰らってたらどうなってたか……けど、今は冷静に動くしかない!」
零夜は額に浮かんだ冷や汗を拭い、息を整える。だが、裕二は容赦しない。蛍丸を構え直し、零夜が怯んだ一瞬の隙を見逃さず襲い掛かる。
「覚悟しろ、東!」
「チッ、攻めてくるとはな!」
裕二の突進は猛獣の如く。だが零夜は体を捻り、間一髪で躱すと同時にカウンターを繰り出す。村雨が水の軌跡を描き、鋭い斬撃が裕二を捉えた。水属性の刃が肉を裂き、裕二の動きが鈍る。
村雨の力は恐るべきものだ。敵には致命的なダメージを与え、味方には恵みの雨として癒しをもたらす。その一振りは、まさに両極端の力を秘めていた。
「くっ……まさかカウンターの斬撃を繰り出してくれるとは……やってくれるな……」
裕二は傷口を押さえ、血に濡れた手を見ながら零夜を睨む。ここで退けば任務は失敗し、八犬士たちの勢いを加速させるだけだ。そんな屈辱は耐えられない。
「裕二、カウンターを喰らってもまだやる気なのか?」
「当たり前だ! 俺はここで倒れない男! 依頼された任務は必ず果たすのみだ!」
裕二は右手に炎を召喚し、蛍丸に新たな力を与える。刀身に炎の紋様が刻まれ、赤く輝き出す。風から炎へ――属性を切り替えた蛍丸が、再び戦場を支配しようとしていた。
「今度は炎か……! だが、それが逆効果だという事を知らないのか?」
零夜がニヤリと笑う。裕二は眉をひそめ、僅かに動揺する。相手がピンチとなっているのにも関わらず、ニヤリと笑うのには違和感がある。何か裏があるかもしれない。
「どういう事だ?」
裕二が疑問に感じて首を傾げた直後、隙を突いて零夜は一気に加速。村雨を振りかざし、渾身の斬撃を放つ。裕二は咄嗟に蛍丸で受け止めるが――次の瞬間、異変が起きた。
「どうだ! この程度なら問題ない……な!?」
裕二の余裕の笑みが凍りつく。蛍丸の刀身に亀裂が走り、ガキンッと鈍い音が響く。高熱の刀身に水の斬撃がぶつかり、熱と冷の衝突が刀を脆くしたのだ。
「熱は水に弱い。今の斬撃で蛍丸は弱体化した。風から炎に変えたのが失策だったな!」
「くっ……! 村雨の属性を忘れていたとは……不覚だったか……!」
裕二は言葉を失う。まさか自身の属性変化によって、一気にピンチを招き入れてしまったりあの時別の属性を選んでいれば――だが、今更悔やんでも遅い。
「さて、覚悟はできているか? ここから先は……、俺のターンだ!」
零夜の声が戦場に響き渡る。村雨の刀身に水のオーラが渦巻き、激流のような勢いで膨張する。その威力は最大級――全てを呑み込む水龍の咆哮だった。
「そこだ!
「ぐほっ!」
水の奔流が裕二を直撃。蛍丸ごと吹き飛び、強烈な衝撃が彼を打ちのめす。刀身の亀裂が広がり、遂にポキリと折れてしまった。蛍丸は機能を失い、使い物にならない残骸と化した。
これ以上はこの刀で戦うことは不可能である。
「バカな……! 俺の蛍丸が……折れてしまうとは……!」
裕二は呆然と立ち尽くし、折れた刀を見つめる。だが諦めきれず、粒子化させてバングルに収めると同時に立ち上がる。零夜もまた村雨を収め、素手で構えを取る。
「おい、裕二。ここからは格闘技で勝負だ。お前はプロレスというのを知っているか?」
「プロレス……。聞いた事はあるが、そういうのは習っていないからな。だから……、俺なりの格闘術であるオールファイトで行かせてもらう!」
裕二は独自の構えを取る。かつて世界を渡り歩き、自衛隊格闘術からマーシャルアーツまでを融合させた「オールファイト」。その経験が、彼の拳に宿っていた。
「良いぜ。オールファイトは初めて聞くが、異種格闘対決も面白いかもな!」
「お前がその気なら、俺は容赦なく倒しに行く。後悔はするなよ?」
零夜は目を輝かせ、内心の興奮を抑えきれなかった。プロレスで培った異種格闘の夢が、今現実となる。
かつて異種格闘技戦ではプロレスのリングで行われていたが、今ではまったく行われていない。しかしこの戦いによって、今、復活を遂げようとしているのだ。
「では、行くぞ! お前を必ず始末してくれる!」
「ああ! ここから先は……本気で行かせてもらう! 行くぞ!」
二人は距離を取り、壁際まで下がる。そして一気に駆け出し、拳を交えるその瞬間――
「そこまでだよ~」
「「!?」」
突如、幼い声が響き、二人は動きを止める。視線の先には、小学6年生ほどの少女が宙に浮かび、白いTシャツとデニムのハーフパンツ姿でゆっくりと降り立つ。黒いミディアムヘアが風に揺れていた。
「まさかお前がここに来るとはな……、パルル!」
裕二が険しい表情で睨むと、彼女――パルルは無邪気な笑顔を浮かべて応えた。