目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第94話 第一の刺客

 ウインドウに映し出されたリッジの姿に、零夜たちの心臓は一瞬にして凍りついた。まさか彼がここに映るとは――それは、リッジが迷宮の深部をすでに突破した可能性を示す不吉な前兆だった。


「迷宮のゴールにはまだ到達していない。だが、お前たちの行動を監視し、転移魔術で一気にそこへ向かうつもりだ」

「つまり、俺たちの動きを逐一見て転移するってことか! なんて卑劣な奴だ……!」


 リッジの言葉に、零夜は額に冷や汗を浮かべ、真剣な眼差しで拳を握りしめる。倫子、日和、アイリン、エヴァ、マツリ、トワ、エイリーン、ベル、ヒカリ、椿、りんちゃむもまた、息を呑みながらスクリーンに視線を釘付けにしていた。

 リッジはこれまで戦ったどの敵とも異なる――策略に長けた狡猾な存在。その一手一手が、零夜たちを追い詰める罠であることは明白だった。戦いは避けられず、苦戦は必至だ。


「それに、俺はこれから様々な刺客を送り込む予定だ。陽炎を放ったのは、お前たちの実力を測るための一手だった」

「実力を測るだと!? ふざけるな!」


 リッジの不敵な笑みに、零夜は怒りを抑えきれず声を荒げる。陽炎の襲撃によって、刈谷は瀕死の重傷を負い、今も病院で生死の境を彷徨っている。死の淵に追いやられた少年の顔が、零夜の脳裏を焼き付ける。


「お前のせいで……一人の少年の命が奪われかけているんだぞ! それだけじゃない、罪なき人々を無数に殺した! その罪をどう償うつもりだ!」


 零夜はスクリーンに映るリッジへ怒りを爆発させるが、リッジは冷酷な笑みを浮かべ、まるでその言葉を嘲笑うかのように平然としている。無数の命が失われても、彼の心には一片の悔いもない。外道――いや、悪鬼そのものだ。


「ふん! そんな貴様らには刺客を用意してやる。そいつを倒せば先に進めるがな」


 リッジの宣言が響いた瞬間、ウインドウは不気味な光を放ちながら転移し、消滅した。直後、零夜たちの周囲に濃密な煙が立ち込め、視界を奪う。煙の中から、鈍い足音とともに一つの影がゆっくりと姿を現す。

 煙が晴れた瞬間、異様な光景が現れた。老人――だが、その姿は尋常ではない。機械の装甲に身を包み、ロボットのような巨大なマシンに乗り込んだ男が、冷たく零夜たちを見下ろしていた。


「よく来たのう。わしはドクターバース! お前たちを始末するため、このアーマーロボを駆るのじゃ!」

「アンタが最初の刺客か。どんな勝負を仕掛けてくるつもりだ?」


 零夜は鋭い眼光でドクターバースを睨みつけ、言葉を投げかける。その瞬間、ドクターバースは不気味にニヤリと笑い、操縦席のスイッチを押した。

 すると空間が歪み、突如として巨大なワームホールが開く。そこから無数のクレーンが現れ、鋭いアームが倫子たち女性陣を瞬時に捕らえた。彼女たちは悲鳴を上げながら宙に吊り上げられる。


「ちょっと! 何これ!?」

「離して! 何する気よ!?」

「どういう事!?」


 倫子たちが必死に抵抗するが、クレーンのアームは鉄の意志のごとく彼女たちを離さない。そのままアームは指定された地点へ移動し、ゆっくりと下降。彼女たちを冷たく硬い鉄の牢屋へと放り込んだ。


「降ろされたけど……これって……」

「逃走ロワイアルの鉄の牢屋じゃない!」


 そう、倫子たちが閉じ込められたのは、逃走ロワイアルのルールで使われる鉄の牢屋だった。人間の胸の高さに調整された檻は、まるで彼女たちを嘲笑うかのようにそびえている。


「その通りじゃ。お前たちはこの戦いが終わるまでそこから出られん。わしの相手はこの男じゃ!」

「「「むーっ!!」」」

「まあまあ、落ち着いて」


 ドクターバースは零夜を指差し、哄笑する。倫子たちは頬を膨らませて不満を露わにするが、ベルは母親の様な穏やかな笑みで彼女たちをなだめる。

 その時、マツリが突然翼を広げ、軽やかに空へと舞い上がった。一瞬にして牢屋を飛び越え、彼女は自由の身となる。


「アタイ、空飛べるけど?」

「な……そこまでは計算していなかった……!」


 マツリの余裕ある笑みに、ドクターバースは呆然と口を開ける。空を飛べる存在がいることを見落としていた自分を、愚かとしか言いようがない。


「バカじゃないのか? こんな牢屋、最初から無意味だったろ」


 零夜は牢屋を指さし、皮肉げに笑う。その言葉に、ドクターバースの額に怒りの青筋が浮かぶ。彼は「バカ」と言われると我を失う癖があり、怒りが爆発した。


「わしをバカだと!? いい度胸じゃ! こうなれば、しりとり電流爆破バトルで決着じゃ!」

「しりとり電流爆破バトル!?」


 ドクターバースの怒りの宣言に、零夜は驚きと困惑を隠せない。プロレスの電流爆破は知っているが、こんな異様なルールは聞いたこともない。むしろ初めてとしか言いようがないだろう。

 周囲の数名は、狂気じみたドクターバースをジト目で見つめる。こんなバカなルールを考える事に、呆れて物が言えないからだ。


「ルールはしりとりと同じ。だが、『ん』がついた瞬間、または変な言葉を言った瞬間、自分の場で電流爆破が炸裂する! そしてお前たちの場合、その牢屋が爆破の舞台じゃ!」

「「「へ!?」」」


 ドクターバースの説明に、倫子たちは慌てて牢屋を調べ始める。トワが千里眼で確認すると、牢屋には確かに電流爆破の装置が仕込まれていることが判明した。


「やっぱり……! 私たちは電流爆破の餌食としてこの牢屋に閉じ込められたのよ!」

「ええっ!? どうすればいいの!?」


 トワの報告に、りんちゃむが慌てて叫ぶ。トワは無言で首を振るしかなく、皆は不安に震えながら零夜とマツリを見つめる。  


「零夜とマツリがミスれば、牢屋全体が電流爆破に巻き込まれる。こうなったら、彼らに全てを託すしかない……」


 エヴァは厳しい表情で二人に視線を向ける。脱出の手段がない今、応援することしかできない。そう考えると何もできない自分に悔しさを感じるだけでなく、電流爆破の餌食になってしまうのは当然である。

 その時、倫子が閃いたようにバングルを掲げる。彼女の決意が、場に新たな希望を灯す。


「ここは私に任せて! スライム召喚!」


 バングルから無数のスライムが飛び出し、倫子の前に集結。彼女が指を鳴らすと、スライムは一つに融合し、巨大なビッグスライムへと変貌した。


「さあ、みんな! スライムの上にジャンプして!」

「どうするつもりですか?」


 日和が疑問を投げかける中、エヴァがビッグスライムに飛び乗る。瞬間、トランポリンのように弾かれ、彼女は天井を越えて牢屋の外へ飛び出した。


「牢屋を飛び越えた!」

「よっと!」

「何!?」


 エヴァは宙を舞い、華麗に着地。脱出成功に、ドクターバースは唖然とする。まさかスライムを使っての脱出方法は、いくら何でも想定外。これには唖然とするのも無理なかった。


「なるほど! 私たちもやるわ!」

「最初からそれ出せばよかったじゃん!」

「ごめん! じゃあ、脱出開始!」


 倫子たちは次々とビッグスライムに飛び乗り、トランポリンのように高く跳躍。見事、全員が牢屋から脱出を果たした。  


「お疲れ、みんな!」


 スライムは分裂し、スピリットとなって倫子のバングルに戻る。しかも彼らは倫子の役に立った事で、笑顔の表情をしていた。


「こら! ルールを守らんか!」

「そんな牢屋、絶対嫌だから!」

「「「べーだ!」」」

「こら、女の子がそんなことしちゃダメよ」


 ドクターバースが喚くが、トワはそっぽを向き、倫子たちはアカンベーで応戦。ベルは優しくたしなめるが、場の空気は一気に熱を帯びる。

 ドクターバースの怒りは頂点を超え、機関車のように頭から湯気を噴き出した。


「おのれ! こうなれば全員参加だ! しりとり電流爆破バトル改め、しりとりドッカンバトルの開幕じゃ!」


 ドクターバースの怒りの咆哮とともに、しりとりドッカンバトルが始まった。果たして、零夜たちの運命は――!?

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?