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第96話 突然の訃報

 零夜たちは薄暗い地下通路を進んでいた。湿った空気が肌にまとわりつき、足音だけが反響する。最初の通路と似た景色だが、慣れていれば迷うことはないはずだ。


「地下の通路って、なんだかジメジメしてる……気持ち悪いよ……」

「私、怖くて震えそう……こんなところ、早く抜けたい……」


 日和の声は震えていて、彼女は辺りをキョロキョロ見回す。椿も肩をすくめて怯えた様子で呟き、不安な表情をしていた。

 ヒカリや他の仲間たちも、言葉には出さずともその不安に共感していた。だが、エイリーンだけは平然と歩みを進め、暗闇にも動じない。  


「私はこういう雰囲気、へっちゃらです! 鉱山で働いてた頃を思い出して……キャッ!」


 エイリーンは明るく振り返った瞬間、濡れた床で滑り、尻もちをつく。笑顔が一瞬で苦笑いに変わる。りんちゃむは呆れたようにため息をつき、エイリーンのそばに駆け寄って手を差し伸べた。  


「よく転ぶけど、大丈夫? 怪我してない?」

「いつものことですから……へへ、ありがとう、りんちゃむ!」


 りんちゃむの声には心配が滲むが、エイリーンは苦笑いしながら立ち上がる。そのまま彼女はりんちゃむに支えられつつ歩き出し、零夜たちも後に続く。

 その時、突然、ヒカリのスマホが鋭い着信音を鳴らした。仲間たちの視線が一斉に彼女に集まる。


「あっ、確認するね。もしもし……」


 ヒカリはスマホを耳に当て、静かに話を聞く。だが、すぐに彼女の表情が凍りつき、目に見えて動揺が広がる。通話が終わり、スマホを握りしめたまま、ヒカリはゆっくりと顔を上げる。その瞳には涙が溢れ、今にも崩れ落ちそうだった。  


「皆……刈谷君だけど……病院に着いたけど……死んでしまったって……」  

「「「ええっ!?」」」  


 ヒカリの報告は、まるで通路の冷たい空気をさらに凍らせるかのようだった。その内容に仲間たちの驚愕の声が重なってしまう。

 誰もが信じられないという表情でヒカリを見つめるが、彼女は涙をこらえきれずに震える声で続ける。


「陽炎の攻撃で……重傷を負ってて……病院に運ばれたけど、間に合わなかったって……両親は、泣き崩れてたって……」


 零夜たちの間に重い沈黙が広がり、誰もがショック状態になってしまう。

 刈谷は念願の逃走ロワイアルに一般枠として出場していたが、陽炎の襲撃によって亡くなってしまった。享年11歳。早過ぎる死である事には間違いないだろう。


「そんな……そんなのって……信じたくない……」

「私も……うう……刈谷君……」

「二人共……」


 日和は声を詰まらせながら両手で顔を覆ち、椿は嗚咽を漏らしながら膝をつく。

 ベルは泣きじゃくる二人をそっと抱き寄せるが、彼女の目にも涙が光っていた。子供の命を救えなかった無力感が、母親の優しさを持つ彼女の心を締め付ける。 


「もう少し早く気付いていれば……クソッ!」


 マツリは拳を壁に叩きつけ、悔しさに歯を食いしばる。彼女の目から悔しさの涙がポロポロと流れていた。


「うう……ヒック……こんなの……」

「認めたくないです……」


 エイリーンとりんちゃむは互いに抱き合い、肩を震わせて泣いていた。認めたくない気持ちも強いが、現実と向き合わなければならないだろう。


「ヒック……ヒック……」

「うえーん……」

(俺が早く気付いていれば、こんな事にはならなかった……クソッ!)


 倫子とエヴァも涙を流し、零夜にしがみつく。零夜は二人を優しく抱き寄せて頭を撫でながらも、自身も唇を噛みしめていた。心の中では刈谷を救えなかった事を後悔していて、罪悪感が彼を締め付けていた。


「「……」」


 トワとアイリンは無言で俯き、涙を堪えるように拳を握る。ヤツフサは仲間たちの悲しみを目の当たりにし、深いため息をつく。通路全体が、まるで悲しみの霧に包まれたかのようだった。


「それと……逃走ロワイアルについてだけど、番組は続行するって。私たちはエリア外に出ちゃったから、失格だけど……」

「そうか……だが、後悔はしていないのか?」


 ヒカリが声を絞り出して報告を続けるが、ヤツフサは心配そうに仲間たちを見つめる。するとヒカリ、日和、椿は涙を拭い、互いに顔を見合わせると、力強く頷いた。  


「大丈夫。私達は後悔してないから」

「逃走ロワイアルなんかより、こっちの方がずっと大事だし、楽しいよね!」

「それに、日和が戦いで頑張ってるし、私たちはサポートをやり遂げるって決めたから!」

「そうか……なら、心配はいらないな」


 ヒカリたちの決意に、ヤツフサは静かに微笑む。彼女たちの決意は何よりも固い。どんな試練が待っていても、仲間と共に最後まで戦い抜く覚悟ができていた。

 だが、その瞬間――ズシン、ズシンと重い足音が通路の奥から響き始めた。空気が一変し、緊張が走る。大型のモンスターが近づいている合図だ。悲しみに沈んでいた零夜たちは、瞬時に戦闘態勢へと切り替える。


「モンスターが来ます! すぐに戦闘態勢を!」


 日和の鋭い声に、全員が武器を構える。暗闇の奥から、巨大な影が姿を現した。フランケン――身長二メートルを超える、圧倒的な存在感の怪物だ。


「あれがフランケン……めっちゃ大きい……!」

「下手をすればやられる……慎重に倒すしかないわ」


 倫子は冷や汗を流しながら呟き、アイリンも警戒心を露わにフランケンを睨む。

 フランケンが一歩踏み出すたび、地面が震え、緊迫感が高まる。戦うか、逃げるか――判断の猶予はほとんどない。  


「よし! 行くぞ!」

「「「おう!」」」


 零夜が叫び、仲間たちが一斉に動き出そうとしたその瞬間――  



「待って!」  

「「「?」」」



 椿の声が鋭く響き、零夜たちは驚いて振り返る。椿は一人、フランケンに向かってゆっくりと歩き始めたのだ。  


「つばきん! 危ない!」


 日和が叫ぶが、椿は動じない。彼女はフランケンの前に立ち、静かにその目を覗き込む。そして、優しい笑顔を浮かべ、彼に話しかけていた。


「大丈夫。私はあなたを攻撃なんかしないよ。あなた、見た目でみんなに怖がられてるだけなんでしょ?」  


 椿の言葉に、フランケンは動きを止め、静かに頷いた。その仕草に、零夜たちは息を呑む。あの恐ろしい怪物が、椿の優しさに反応しているのだ。


「私がそばにいるから、安心して。あなたは一人じゃないんだから」


 椿の笑顔にフランケンは再び頷き、彼女をそっと抱え上げて肩に乗せた。その瞬間、フランケンは敵ではなく、仲間となった。  


「す、すごい……あのフランケンを仲間にするなんて……!」

「私だって、やるときはやるのよ。それに、りんちゃむはエイリーンを支えてるし、ヒカリさんは零夜をしっかり見てくれてるでしょ?」  


 日和は目を丸くしながら驚くのも無理なく、椿は笑顔で応えている。彼女が指差す先では、りんちゃむがエイリーンの服の埃を丁寧に払い、ヒカリが零夜の頭を優しく撫でていた。仲間たちの支えがあるからこそ、彼らは立ち上がれるのだ。


「そうか……私も負けてられない! 八犬士の一人として、絶対に頑張る!」

「その意気よ! さあ、前に進みましょう!」


 日和は拳を握り、決意を新たにする。その様子を見た椿はウインクし、仲間たちと共に歩みを再開したのだ。


 ※


 フランケンを仲間に加えた零夜たちは、第二の部屋の入口にたどり着く。そこは一見平凡な空間だが、どこか異様な雰囲気が漂っていた。  


「この先に敵がいるみたいだ。すぐに向かおうぜ!」  


 マツリの合図で全員が部屋に踏み込む。だが、そこはただの四角い空間――何の装飾もなく、ただ静寂が支配する場所だった。  


「ここは一体……?」

「普通の空間って感じだけど……何か変よね。」

「罠とか、ないよね……?」


 倫子たちが辺りを警戒しながら見回す中、零夜は静かに目を閉じ、息を整える。そして、突然目を見開いた。


「この部屋の勝負のルール、わかったぜ……! プロレスでの勝負だろ?」


 その言葉が響いた瞬間、天井から黒い影が降り立つ。筋骨隆々の男が、黒い覆面を被り、威圧的なオーラを放ちながら現れた。  


「正解だ! 俺はCブロックのヒールレスラー、ブラックファントムだ!」


 ブラックファントムは哄笑し、ガッツポーズで決めポーズを取る。零夜は鋭い目で彼を睨みつけ、部屋は一気に緊迫感に包まれる。空気が張り詰め、次の瞬間、戦いの火蓋が切られる――。

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