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第97話 黒き覆面レスラー

 第二の刺客、ブラックファントムと対峙した零夜たちは、鋭い眼光で相手を睨みつけ、全身に緊張をみなぎらせながら戦闘態勢に入っていた。まさか相手がヒールレスラーとは予想外で、この異色の敵をどう打ち倒すのか、誰もが息を呑んで見守っていた。


「まさか相手がレスラーだとはな……で、アンタを倒せば先に進めるってことか?」


 零夜は鋭い声でブラックファントムに問いかけ、鋭く睨みつける。ブラックファントムは無言でコクリと頷き、その冷徹な態度から戦闘が不可避であることは明白だった。戦わなければ先に進めない――その事実が、場に重い空気を漂わせる。


「その通りだ。だが、戦うルールは……こうだ!」


 ブラックファントムが不敵に笑い、指を高らかに鳴らす。すると、地面が轟音とともに震え、突如として巨大なプロレスリングが床から出現した。鉄のフレームが軋み、ロープが張り巡らされたそのリングは、紛れもなく本物の戦場だった。


「プロレスリング……! このリングが戦いの場なら、俺が行く!」


 零夜は即座に決意を固め、闘志を燃やしてリングへと歩を進める。しかし、倫子、日和、アイリン、エヴァ、マツリ、エイリーン、トワ、ベルも一斉に反応し、リングへ上がろうと動き始めた。

 参加するのは八犬士とベルのみで、ヒカリ、椿、りんちゃむ、フランケン、ヤツフサはこの戦いに加わっていない。


「え? 倫子さんたちも参戦するんですか?」

「当然よ! このリングに上がったら、私たちも戦う覚悟はできてる! ここまで来たんだから、みんなでぶっ倒しましょう!」


 倫子はウインクを飛ばし、自信たっぷりに笑う。日和たちも力強く頷き、仲間としての結束を見せる。

 倫子と日和はプロレスラーとしての経験を持ち、エヴァたちも東京BGPの下でプロレスの技を習得している。リングの存在に、彼女たちのプロレスラー魂が疼き、戦わずにはいられない衝動が爆発していた。


(やれやれ、プロレスラーとしての血が騒いじゃったか……まあ、それが俺たち八犬士の絆だ!)


 零夜は内心で苦笑しつつ、倫子たちと共にリングに上がる。プロレスという共通の魂が彼らを結びつけ、九人での戦いはまさに無敵の布陣だった。


「おい、待て! お前ら……ここは一騎打ちの流れだろ!」


 ブラックファントムは呆れ果てた表情で、零夜たちにツッコミを入れる。普通なら代表者を選ぶ場面で、いきなり八人で挑むのはあまりにも無謀だ。戦いたい気持ちは理解できるが、さすがに節制が必要だろう。


「私たちだってプロレスラーよ。このリングに上がったら、戦わずにはいられないの!」

「プロレスの特訓を積んだ以上、黙って見てるなんてできないわ。この勝負、私たちも本気よ!」


 倫子とトワの熱い言葉に、ブラックファントムは盛大にため息をつく。しかし、すぐにその表情は一変し、口元に悪辣な笑みが浮かんだ。


「フン、八人でかかってくるなら……この試合、凶器ありのルールでも文句はないな?」

「おい! それってまさか……!」


 ブラックファントムの不気味な笑みに、零夜は瞬時に危険を察知する。その言葉の意味を叫ぼうとした瞬間、ブラックファントムが再び指を鳴らした。

 すると、壁がガコンと音を立てて開き、戦慄の光景が広がった。パイプ椅子、竹刀、蛍光灯、タライ、竹串、トラバサミ、有刺鉄線バット、有刺鉄線付きボード、自転車、そして無数の画鋲が詰まった袋がリング周辺に散乱した。倫子と日和は冷や汗を流し、エヴァたちはその異常な光景に首を傾げる。


「凶器の山……これはハードコアマッチってことか!」

「その通り! 俺はデスマッチファイターだ! このリングは血と痛みで染める舞台だ。凶器を使えば、俺は百人力なんだよ!」


 ブラックファントムは哄笑し、デスマッチファイターとしての本性を剥き出しにする。

 プロレスのハードコアマッチは、凶器の使用や反則が許される無法地帯だ。リング内外どこでも決着がつくルールは、観客に極端なスリルを提供する。

 デスマッチはさらに危険度が高く、命を賭けた戦いが繰り広げられる。まさに地獄のリングである事に間違いはない。


「このルールなら、凶器を握った者が勝つ! 全員、戦闘態勢――って、あれ?」


 零夜が号令をかけようとした瞬間、リング上にはエヴァ、マツリ、エイリーン、トワの四人しか残っていなかった。倫子、日和、アイリン、ベルはリングの外でガタガタと震え、戦意を失っていた。デスマッチの過激さに慣れていない彼女たちは、恐怖に飲まれてしまったのだ。


「デスマッチって、こんな怖いものだったのね……」

「だって、針とか痛いのは絶対嫌よ!」

「アイドルとして傷つくわけにはいかないし!」

「こんなの、慣れてないから無理よ!」


 倫子たちの本音に、零夜は呆れ顔。その様子にエヴァたちは苦笑いを浮かべる。血と痛みを伴うデスマッチは、確かに全員に受け入れられるものではない。


「仕方ねえ。俺たちだけでやるか。彼女たちの安全を考えれば、これがベストだ」

「そうだな。けど、相手は一人……ここはアタイがぶちのめす!」


 マツリが一歩前に踏み出し、ブラックファントムを真っ向から睨みつける。ハードコアマッチなら、自身も同じ土俵で戦える。彼女の眼中には、勝利への執念だけが燃えていた。


「お前か。デスマッチを舐めるなよ? このリングは地獄だぜ」

「舐めてるのはアンタの方だ! どんなルールでも、アタイは受けて立つ!」


 マツリは不敵に笑い、格闘技の構えを取る。彼女の頭の竜の角が、光に反射されて輝いていた。

 ブラックファントムもノーガードで仁王立ちし、獰猛な気迫を放つ。リングに漂う空気は、まるで爆発寸前の火薬庫のようだった。


「マツリ、気をつけろ! ヒールレスラーは手段を選ばねえ。勝つためならどんな汚い手でも使うぞ!」

「分かってる! 悪鬼だろうが何だろうが、ブッ倒すだけだ!」


 零夜の警告に、マツリは力強く頷く。次の瞬間、ゴングが鳴り響き、戦いの幕が切って落とされた。

 マツリは一気に距離を詰め、ブラックファントムとロックアップで激しく組み合う。巨漢のブラックファントムのパワーが圧倒的で、マツリはリングのコーナーまで押し込まれる。だが、マツリはニヤリと笑い、膝を曲げて重心を下げると、ブラックファントムの脇腹に強烈なミドルキックを叩き込んだ。


「グハッ!」

「まだまだいくぜ!」


 ブラックファントムが怯んだ隙に、マツリはロープにダッシュ。ロープを背に反転し、反動を利用した高速のドロップキックをブラックファントムの胸板に炸裂させた。鈍い衝撃音がリングに響き、巨漢の身体が大きくよろめく。


「ナイス、マツリ! ドロップキックを出すなんてやるじゃない!」

「この調子で攻めまくって! ダメージを重ねて倒せばこっちの物!」


 倫子が興奮して叫び、エヴァが冷静に指示を飛ばす。マツリは頷き、さらなる追撃を仕掛けようとしたその瞬間、ブラックファントムが素早く復帰。マツリの両腕を鷲掴みにし、怪物のような力で彼女を高々と持ち上げた。


「よくもやってくれたな! くらえ、俺の「お仕置き」だ!」

「うわっ!」


 ブラックファントムはマツリの両脚を掴み、強引に反転させると、彼女の股間を観客の前に晒すような恥ずかしい体勢に持ち込む。「男の願望」と名付けたその技に、零夜たちは顔を覆い、赤面しながら叫んだ。


「何よその技! ただの変態行為でしょ!」

「プロレスにこんな技があるなんて、反則よ!」


 トワとアイリンが怒りを込めて抗議するが、ブラックファントムは不敵に笑うばかり。このような挑発的な技は、ヒールレスラーらしい観客を煽る戦術だった。


(よくも恥をかかせてくれたな……! 絶対に倍返しだ!)


 マツリは怒りに燃え、右肘を振り上げ、ブラックファントムの側頭部に強烈なエルボースマッシュを叩き込む。ゴツンという鈍い音が響き、ブラックファントムは脳震盪を起こしたようにフラつく。マツリはその隙に彼の拘束から脱出し、リングに着地。だが、ここで終わらない。


「舐めるな、テメェ!」


 マツリはリング脇に転がるパイプ椅子を手に取り、振り上げてブラックファントムの背中に全力で叩きつけた。金属の衝撃音が会場に響き、ブラックファントムが膝をつく。観客席からどよめきが上がる中、マツリはさらに椅子を振り回し、連続で打撃を浴びせる。


「これがアタイのデスマッチだ!」

「まだだ!」


 だが、ブラックファントムは突然立ち上がり、有刺鉄線バットを手に不気味に笑う。そのまま咆哮したと同時に、マツリにバットを振り下ろす。

 マツリは咄嗟にロープに飛びつき、バットを回避。ロープの反動を利用し、空中で身体を回転させ、ブラックファントムの顔面にフライング・ニーアタックを叩き込んだ。バットがリングに落ち、観客は熱狂の渦に包まれる。


「凄いです! マツリさん、カッコ良いです!」

「気を抜くな! まだ勝負は始まったばかりだ!」


 エイリーンの声援とヤツフサのアドバイスを受け、マツリはさらに闘志を燃やす。リングには凶器が散乱し、血と汗が飛び散るデスマッチの舞台が本格化していた。

 ブラックファントムの次の行動は? マツリの反撃は続くのか? 戦いはまだ、始まったばかりだ。

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