リング内ではマツリの猛攻が炸裂し、雷鳴のような打撃技が次々と繰り出される。拳が空気を切り裂き、衝撃波が無人の観客席まで響く。しかし、ブラックファントムは鋼鉄の肉体を誇る怪物だ。その巨体はまるで動く要塞の如く、マツリの攻撃をものともしない。
「くっ! アタイの打撃がまるで効かねえのか! こいつ、ただの手強いじゃ済まねえぜ……!」
マツリは額に滲む冷や汗を拭い、鋭い眼光でブラックファントムを睨みつける。プロレスラーとしての鍛え抜かれた肉体は、並の攻撃ではビクともしない鉄壁の防御を誇っていた。
「その通りだ! プロレスラーは鍛え上げた鋼の肉体を持つ。たとえ八犬士だろうが、この俺を倒すことなどできん!」
ブラックファントムは哄笑を響かせ、リング下へ滑り降りる。倫子たちのどよめきの中、彼はパイプ椅子を手に掴むと、獣のような敏捷さでリングに転がり戻った。金属の軋む音が場内に響き、パイプ椅子がリングに叩きつけられる。
「マツリ、パイプ椅子が来るわ! 早く回避して!」
「今さらアドバイスされても遅え! 叩きのめしてやる!」
エヴァの叫びがリングサイドから響くが、ブラックファントムは既にパイプ椅子を両手で振り上げ、マツリに襲いかかる。空気を切り裂く凶器の軌跡は、回避の隙を与えないほどの速度だ。
「そんな攻撃、お見通しだ!」
だが、マツリは電光石火の反応で動く。パイプ椅子を片手で受け止め、金属の衝突音が火花を散らす。次の瞬間、彼女の右足が雷鳴のような前蹴りを放ち、ブラックファントムの巨体を直撃。衝撃はリングを震わせ、彼の巨躯が後方へと吹き飛ぶ。
「ぐおっ……(あの女、こんな力を秘めていたとは……! 舐めていた俺のミスだ……!)」
ブラックファントムはロープに叩きつけられ、反動で弾き飛ばされる。巨体が場外へ向けて放物線を描くが、彼は咄嗟にロープを掴み、空中で身を捻る。華麗な跳躍でリング外に着地すると、素早く竹串の束を手に取った。そして、獣のような咆哮を上げながらリングに滑り込む。
「まずい! あれは竹串だ! 喰らったら流血は確実だぞ!」
「「「ええっ!?」」」
零夜の警告に、エヴァたちが驚愕の声を上げる。竹串の恐ろしさを知らない彼女たちにとって、その光景はただただ異様だった。
料理道具として使われる竹串は、ハードコアプロレスでは凶器として恐れられる。鋭利な先端は皮膚を容易に貫き、血を流させるのだ。
「貴様は竹串で血まみれになる! 大人しく覚悟しろ!」
ブラックファントムは不気味な笑みを浮かべ、竹串を握り潰す勢いでマツリに襲いかかる。彼女を掴み、前方のロープへと勢いよく投げ飛ばす。しかし、マツリはロープに触れた瞬間、鳥のように跳躍。ロープの上に軽やかに着地し、倫子たちの歓声が爆発する。
「なんだと!? あれだけの勢いで飛ばしたのに……!」
ブラックファントムが目を剥く中、マツリはニヤリと笑い、彼を見下ろす。
マツリはレッドドラゴン――ドラゴンと人間の二つの姿を持つ戦士だ。頑丈な肉体、圧倒的なパワー、飛行能力を兼ね備え、スピードと刀剣・盾の扱いに優れる。プロレスでは凶器攻撃を操る特殊な存在として知られている。
「そう簡単には倒せねえぞ! ミサイルキック!」
「ゲボラッ!」
マツリはロープから跳び上がり、両足を揃えたミサイルキックを繰り出す。雷鳴のような衝撃がブラックファントムの顔面を直撃し、巨体がリングを滑るように吹き飛ぶ。竹串の束が空中に散乱し、その数本が勢いよく零夜の頭に突き刺さる。
「いっ……でェェェェェェェ!!」
零夜は痛みに絶叫し、リングサイドで跳ね上がる。竹串を勢いよく引き抜くと、頭部から鮮血が滴るが、彼の自動回復術が即座に傷を癒す。
「零夜君、大丈夫? 竹串が刺さってたけど……」
「ええ、なんとか回復しました……だが、俺に竹串を刺すとはいい度胸だな……!」
倫子の心配そうな声に、零夜は怒りの表情で応える。ブラックファントムを睨みつけ、背後には鬼のオーラが立ち上る。
彼はリングサイドに駆け寄り、床に転がる有刺鉄線バットを手に取る。リングに上がった瞬間、その眼光はまるで般若の如く鋭い。
「おい、ブラックファントム……メンバーチェンジだ。次は俺が相手だ……!」
「零夜? カンカンに怒ってるけど……」
マツリが疑問の声を上げる中、ブラックファントムはよろめきながら立ち上がり、零夜を睨み返す。零夜の背後には鬼のオーラが渦巻き、リング全体が殺気に包まれる。
「メンバーチェンジか……いいだろう、正々堂々かかってこい!」
「言われなくてもそのつもりだ!」
ブラックファントムの宣言に、零夜は有刺鉄線バットを剣のように構える。戦士の覚悟を宿したその姿に、倫子たちが沸き立つ。だが、マツリが零夜の肩を掴み、彼の顔にそっと近づく。
「マツリ?」
「アンタの怒りはよく分かる。けど、試合に乱入するのは良くねえ。ここはアタイに任せてくれねえか?」
マツリは零夜の頭を優しく撫で、穏やかな声で語る。有刺鉄線バットを彼から受け取ると、ブラックファントムへ鋭い視線を向ける。
「ブラックファントムに傷つけられたことは、アタイが倍にして返す。心配すんな、大丈夫だ」
「分かった。だが……絶対に死なないでくれ」
「当然だ!」
零夜の願いに、マツリは笑顔でグッドサインを返す。彼がリングを降りると、マツリは有刺鉄線バットを握りしめ、ブラックファントムを睨みつける。彼女の瞳は怒りに燃え、大切な仲間を傷つけた相手を許さない。
「テメェ、よくも零夜を竹串で傷つけてくれたな……試合再開だ、ぶっ潰してやる!」
「いいだろう! だが、有刺鉄線バットごときでこの俺に勝てると思うな!」
「それはどうかな? くらえ!」
ブラックファントムの挑発に、マツリは有刺鉄線バットを振り上げる。雷鳴のような一撃が彼の顔面を直撃し、衝撃波がリングを揺らす。
「ぐおっ!」
ブラックファントムはリング外へ吹き飛び、パイプ椅子の山に叩きつけられる。金属の破砕音が響き、倫子たちが興奮していく。だが、マツリの怒りは収まらない。ギラリと光る瞳で倒れた彼を睨みつける。
「こんなもんで済むと思うなよ。この戦いはどちらかが倒れるまで続く……終わらせねえ!」
「こ、こいつ……俺を舐めるな! 俺はデスマッチファイターだ、負けるはずがねえ!」
ブラックファントムは息を荒げながら立ち上がり、竹刀を握りしめてリングに戻る。マツリは有刺鉄線バットを構え、その先端を彼に突きつける。
「地獄に落ちるのはアンタだけだ……今からその現実を叩き込んでやる!」
マツリの宣言と共に、戦いは後半戦へと突入する。リングサイドの零夜たちは、固唾を飲んでその行方を見守っていた。