マツリとブラックファントムの試合は、すでに後半戦に突入。両者は汗と疲労で息を荒げ、身体には無数の打撲痕が刻まれているが、まだ血は流れていない。リングマットには有刺鉄線バット、竹刀、蛍光灯が散乱し、凶器の金属とガラスが照明を反射して禍々しく光る。リングサイドでは零夜たち仲間だけが固唾を呑み、緊張感が漂う。
マツリは有刺鉄線バットを拾い上げ、ブラックファントムは竹刀を握りながら戦闘態勢に入る。後半戦の重い空気の中、マツリが突進する。
「こいつが! 調子に乗るのもいい加減にしろ!」
マツリが有刺鉄線バットを振り下ろすが、ブラックファントムは竹刀で受け止めて火花を散らす。反撃の竹刀がマツリの脇腹を狙うが、彼女は疲れた身体をひねって回避してしまった。
「この程度は問題ねえぜ! 喰らいやがれ!」
マツリは強烈なハイキックを繰り出し、ブーツがブラックファントムの側頭部に直撃。その衝撃で彼の黒いマスクがずれてしまった。
マスクの縁がリングに散乱していた有刺鉄線に引っかかり、仮面の下の額が裂けて血が流れ出す。ブラックファントムはマスクを直しながら唸り、血がマスクの隙間から滴り落ちる。最初に流血したのはブラックファントムで、リングは血の匂いで満たされる。
「ぐお……!」
ブラックファントムはよろめき、血に濡れたリングマットに片膝をつく。血がマスクの目元を覆い、視界を霞ませる。マツリの執念を甘く見た代償だった。無観客の会場は静寂に包まれ、リングサイドの仲間たちの声だけが響く。
「あのブラックファントムが膝をつくなんて……!?」
「鋼の肉体を鍛えても、頭部は脆い。プロレスラーだろうが、人間である以上は同じだ」
アイリンは血が滴るリングとブラックファントムの血まみれのマスクに目を奪われ、声を震わせる。零夜は冷静に解説するが、彼の声にも緊張が滲む。デスマッチのリングは、血と痛みが戦いの現実を突きつける。
「プロレスラーは傷だらけで立ち向かう姿が象徴的だが、肉体だけでなく精神の忍耐も求められる。覚悟が中途半端なら、リングで命を落とすぞ……」
「う、うん……」
ヤツフサの重い言葉に、アイリンたちはゴクリと唾を呑む。リング上の凶器と血は、デスマッチが命を賭けた戦いであることを物語っていた。
「起きろー!」
「ぐお……!」
マツリはブラックファントムを強引に立たせると、相手の両腕を背後で「く」の字にねじり上げ、血に濡れた腕で締め上げる。彼女は疲労で震える脚を踏ん張り、全身のバネを使って巨体のブラックファントムを高々と持ち上げた。次の瞬間、背面からリングに叩きつけるダブルアーム・スープレックスが炸裂。リングが軋み、衝撃で散乱していた蛍光灯が砕け、ガラス片がマツリの背中に突き刺さる。彼女の背中から血が流れ、リングマットがさらに赤く染まる。ブラックファントムもリングに叩きつけられた衝撃でマスクの傷口が開き、血が滝のように流れる。
「ダブルアーム・スープレックス!あの威力はリングを破壊するレベルだ!」
「マツリ、最高よ!そのままぶっ潰しちゃえ!」
(やってくれるじゃねえか……だが、俺だってまだ終わらねえ!)
トワは拳を振り上げて叫び、エヴァはマツリにグッドサインでエールを送る。だが、ブラックファントムは血だらけのマスクを押さえながらリング外に転がり落ち、リングに落ちていた別の蛍光灯を掴む。ガラスが不気味に光り、血に濡れた黒いマスクと相まって凶悪な雰囲気を漂わせる。リングサイドの仲間たちの顔が強張る。
「あれは蛍光灯!奴、マツリを血の海に沈める気だ!」
「ええっ!? 蛍光灯って、そんなにヤバいの!?」
「デスマッチの定番だ。一撃で皮膚が裂け、破片が肉に突き刺さる。出血は避けられない」
零夜の説明に、エイリーンは恐怖で顔を青ざめる。マツリとブラックファントムが血だらけになりながらも戦い続ける姿に、彼女の身体は震え上がる。血に染まったブラックファントムのマスクは、まるで悪魔の仮面のようだ。
「もしマツリがあれを喰らったら……」
「血まみれでリングに沈む可能性が高いわね……」
日和の怯えた質問に、トワは冷たく答える。日和は恐怖でガタガタ震え、顔から血の気が引く。リング上の血とガラスの輝きが、彼女の心を締め付ける。
「さあ、死ぬ覚悟はできてるか? お前を血祭りにしてやる……!」
リング上では、ブラックファントムが血に濡れたマスクの下で唸りながら蛍光灯を振り上げ、マツリに襲いかかる。彼女は血で滑るリングマットを踏みしめ、真剣な表情で相手の動きを読み切る。無観客の静寂の中、リング上の音だけが響く。
(まさか蛍光灯を繰り出すとは考えたな……こうなると……そうだ!)
マツリの脳裏に閃きが走る。ブラックファントムが蛍光灯を振り下ろす瞬間、彼女は血だらけの身体を猫のようにひねり、サイドステップで回避。攻撃を躱し、リング外に滑り込む。リングサイドの仲間たちが息を呑む中、彼女は零夜の元に駆け寄り、彼の手を掴んだ。
「へ? マツリ?」
「零夜、力を貸せ!有刺鉄線ボードを用意しろ!」
「分かった!お前に策があるなら、俺も全力で乗るぜ!」
零夜はマツリの覚悟に呼応し、リング下から有刺鉄線ボードを引きずり出す。棘がリングの照明を反射し、禍々しい光を放つ。一方、マツリはリングに戻り、血でべとつく有刺鉄線バットを拾い上げる。彼女の手に握られたバットは、彼女の闘志を具現化したかのようだった。
「こいつが!」
ブラックファントムが蛍光灯を振り回すが、マツリは血で視界が霞む中、軽やかなステップで全てを回避。逆に彼女は有刺鉄線バットをフルスイングし、ブラックファントムの右腕に強烈な一撃を叩き込む。棘が肉を抉り、血が噴き出す。ブラックファントムのマスクに新たな血が染み、腕が震えて蛍光灯がリングに落下。リング上のガラス片が彼の足に刺さり、さらに血が流れ出す。
「ぐわっ!」
「有刺鉄線バットが炸裂した! 蛍光灯を持ってる右腕を狙ったわね!」
ベルの鋭い観察に、リングサイドの仲間たちがどよめく。すかさず零夜が落ちた蛍光灯を奪い取り、高く跳躍しながら振り下ろす。
「蛍光灯を持ったのが仇になったな!くらえ!」
零夜の振り下ろした蛍光灯がブラックファントムの頭部に直撃。ガラスが爆発的に砕け、破片がリング中に飛び散る。ブラックファントムのマスクにガラス片が突き刺さり、血が滝のように流れる。リングはガラスの海と化し、リングサイドの仲間たちの顔が恐怖で歪む。
「ぐおっ……!」
マツリは間髪入れず、血だらけのブラックファントムの巨体を持ち上げる。彼女の筋肉が軋み、傷口から血が滴るが、彼女の闘志は揺らがない。零夜は有刺鉄線ボードをコーナーに設置し、リングサイドに退避。仲間たちは息を呑み、次の展開を見守る。
「そらよ!」
マツリは咆哮と共にブラックファントムを投げ飛ばす。彼の巨体が有刺鉄線ボードに激突し、ボードが粉々に砕ける。有刺鉄線の棘が彼の背中に深々と突き刺さり、鮮血がリングを赤く染める。血に濡れた黒いマスクが苦痛に歪む。
「ぐわああああああ!!」
ブラックファントムは有刺鉄線の激痛に絶叫する。デスマッチの猛者である彼でも、このダメージは耐え難い。リング上は血とガラスの地獄絵図と化す。マツリは息を荒げながらも、すかさずブラックファントムの右手を掴み、彼をリング中央に引きずる。彼女はコーナーポストに素早く登り、リングサイドの仲間たちの叫び声を背に後方へのジャンプを準備する。
「これで終わりだ、ブラックファントム!」
マツリの宣言が無観客の会場に響き渡る。彼女はコーナーポストから後方回転し、倒れているブラックファントムにムーンサルトプレスを叩き込む。彼女の全身が彼の胸部に激突し、リングが揺れるほどの衝撃が走る。ブラックファントムは血を吐き、動かなくなる。
「ムーンサルトプレス……まさかマツリもこんな大技を!?」
「そうか……俺は……こんな奴に……負けて死ぬのか……俺とした事が……」
ブラックファントムは呻き声を漏らし、そのまま光の粒となって消滅。リングには血溜まりと札束だけが残された。金額は二十万。リングサイドの仲間たちが勝利の叫びを上げる。
「よし! 無事にブラックファントムを撃破!」
マツリは血に染まった手で札束を手に取り、血まみれの笑顔で仲間たちを見やる。次の部屋への扉が軋みながら開き、零夜たちは先に進む準備を始める。
「まさかマツリがこの策略を思いつくとは驚いたぜ……蛍光灯の攻撃を防ぐ為に有刺鉄線バットを上手く使い、俺を使って蛍光灯攻撃を仕掛けるとは……」
零夜は笑みを浮かべ、彼女の知略と勇気を称賛する。あの連携がなければ、ブラックファントムとの戦いは長期戦になっていただろう。
「奴はヒールレスラーであり、悪の心を持っているからな。けど、この様な試合はまたやりたいぜ!」
マツリは有刺鉄線バットを掲げ、血と汗にまみれた笑顔で応える。デスマッチの興奮は彼女の心を燃え上がらせ、さらなる戦いを求めるほどだった。だが、倫子、日和、アイリン、ベル、ヒカリ、椿、りんちゃむの七人は、凄惨な試合の光景に耐えきれず、恐怖で後ずさる。
「なんで後退しているんだ?」
「デスマッチが苦手だから、そうなるのも無理ないだろうな……」
マツリの疑問に、ヤツフサは冷や汗を流しながら答える。血に濡れたリングとブラックファントムのマスクに刻まれた傷は、彼女たちにとってあまりに衝撃的だった。
これで二人目の刺客を撃破したが、彼らはまだ知らなかった。この遺跡の攻略には、時間制限が設けられているという事実を……。