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第100話 真の八犬士へ

 零夜たちは次の部屋を目指し、薄暗い通路を慎重に進んでいた。冷たい石壁に囲まれ、足音だけが不気味に反響する。モンスターの気配はないが、どこか空気が重く、予期せぬ危険が潜んでいるような緊張感が漂う。

 フランケンは一時的に倫子のバングルに収められているが、椿には後でモンスターバングルを手配する予定だ。


「この辺りはいないから大丈夫だけど、何時何が起こるか分からないからね」

「そうだが……何時になったら離してくれるんだ?」


 エヴァの鋭い忠告に零夜は頷くが、いつの間にか彼女にくっつかれていた。冷や汗を流しながら周囲を見渡すと、仲間たちの視線が刺さる。こんな状況で笑いものになるのは、耐え難い屈辱だ。


「良いじゃない。これが私にとって幸せだから」

「あのな……」


 エヴァは無邪気な笑顔で答えるが、零夜は顔を赤らめ、呆れたため息をつく。彼女の好意は分かるが、この過剰なスキンシップは明らかにやりすぎだ。


「はーい。二人共そこまでにしましょうね」

「うわっ!」


 突然、倫子の声が通路に鋭く響き、彼女が猛スピードで二人に接近。零夜の腰を掴むと、エヴァの手から強引に引き剥がした。倫子の目は嫉妬の炎で燃え、頬は怒りで紅潮している。


「せっかくいいところだったのに……」

「やり過ぎにも程があるんじゃゴラ。零夜君はウチの大切な人なの!」


 エヴァは唇を尖らせ、悔しそうに頬を膨らませる。一方、倫子は零夜をぎゅっと抱きしめ、エヴァを牽制するようにガルルと睨みつける。零夜は彼女にとってかけがえのない存在だ。誰かに奪われるなんて、絶対に許せない。


「それなら私だって権利があるわ! 少しぐらい抱き締めても良いじゃない!」

「あっ! ウチの承諾なしに抱き着かないでよ!」


 そこへヒカリが飛び込んできて、零夜に抱きついた。瞬間、三人の少女による零夜争奪戦が火蓋を切った。通路に響く叫び声と喧騒。もはや収拾がつかない状況に、零夜はただただ狼狽える。


「さっさと離してよ! 私に権利があっても良いじゃない!」

「駄目ー!」

「私の大切な人なんだからー!」

「いでででで!助けてくれー!」


 零夜の悲鳴が石壁に反響し、日和、アイリン、マツリ、エイリーン、トワ、椿、りんちゃむは一斉に深いため息をつく。ベルだけは苦笑いを浮かべていたが、彼女の目にも呆れが滲んでいる。倫子、エヴァ、ヒカリのこの変わりようは、紛れもなく零夜の影響だ。


「全く……お前達は八犬士としての自覚を持て。こんな事では何時まで経っても真の力を発揮できないぞ」

「八犬士たちの本来の珠の文字が刻まれているのは、エヴァのみ。それに比べて俺たちはまだまだですね……」


 ヤツフサの重々しい声が場を切り裂く。零夜は彼の言葉にハッとし、俯きながら呟いた。倫子、日和、アイリン、マツリ、エイリーン、トワも神妙な顔で頷き、自分たちの未熟さを痛感する。


「伝説の八犬士達の珠は、仁義礼智忠信孝悌という仁義八行という文字が刻まれている。その文字こそ八犬士達の真の力を解放できる証でもあるのだ」


 ヤツフサの声はさらに厳しさを増す。倫子たちは涙を拭い、彼の言葉を一言一句逃さず聞き入る。この話は自分たちの運命を左右するものだ。聞き逃せば、取り返しのつかない後悔が待っている。


「彼らはその名に含まれる一文字の浮き出た玉を一つずつ持っている。最高の徳である「仁」は犬江親兵衛、正義の「義」は犬川荘介、礼儀の「礼」は犬村大角、智慧の「智」は犬坂毛野、主君に対する忠誠の「忠」は犬山道節、真実や信頼の「信」は犬飼現八、孝行の「孝」は犬塚信乃、兄弟の敬愛の「悌」は犬田小文吾だ」


 ヤツフサの説明に、誰もが息を呑む。伝説の八犬士は、珠の力でタマズサを打ち倒した。いずれ自分たちの珠にも、同じ文字が刻まれる日が来るはずだ。


「じゃあ、私達の珠にもその文字が刻まれたら、タマズサを倒す事ができるの?」

「それだけでは駄目だ。彼等は牡丹の形の痣を身体のどこかに持っている。お前達の身体にも共通する紋章が浮かべられたら、真の八犬士として覚醒するだろう」


 日和の質問に、ヤツフサは首を振って答える。その言葉に、零夜たちは納得しつつも、背筋に冷たいものが走る。真の八犬士への道は、あまりにも険しい。


「そうだったのね……でも、皆が真の八犬士になる方法が分かっただけでも良いとしましょう」

「仁義八行の文字が刻まれている珠。アタイらの身体にある共通の紋章。その二つを揃えなければ、真の八犬士とは言えないからな」


 エヴァは決意を込めて頷き、マツリも力強く同意する。目標が明確になった今、珠の進化と紋章の発見が急務だ。


「それにしても……気になるのはタマズサね。彼女は何者かによって転生されたのは聞いたけど、一体誰がこの様な事を……」


 トワの声は低く、猜疑心に満ちている。タマズサがハルヴァスとして蘇った原因は何か。フセヒメたちも調査を進めているが、手がかりは未だに見つかっていない。


「それについては未だに不明な部分もありますからね。けど、タマズサってどんな人なのでしょうか?」


 エイリーンの問いに、日和たちも興味津々の視線をヤツフサへ向ける。すると、零夜が手を挙げ、歴史好きの知識を披露し始めた。


「タマズサについてですが、山下定包やましたさだかねを夫とし、彼と共に国政を欲しいままにしていました。それによって罪なき人々が苦しめられていましたからね……」

「生前でも酷い事をしていたなんて……本当に許せないわ!」


 アイリンは拳を握り、怒りに震える。タマズサの転生によって、仲間ゴドムが死に、仲間たちの心には深い傷が刻まれている。ベルたちもまた、過去に大切な人を失った者として、彼女への憎しみを共有していた。


「風雲児、里見義実さとみよしざねが彼女を討ち果たそうと決意すると、民衆も彼を次々と支持して一揆を起こし、見事玉梓を捕らえることに成功しました。山下は逃げ延びる最中に山中で討死してしまい、タマズサは安房の城で処刑されたのです」

「ところがタマズサは怨霊となって復活したが、伝説の八犬士によって倒されてしまった。そして彼女は今度こそ滅んだかと思われたが……」

「何者かに転生して今に至ると言うことか……」


 零夜とヤツフサの言葉に、りんちゃむは真剣な表情で頷く。タマズサの復活は、零夜たち八犬士とベル、九人の肩に重い使命を課す。二つの世界を救うため、彼らはどんな試練にも立ち向かう覚悟を固める。


「何れにしても、日和たちは彼女と戦うことになるし、私たちは私たちでできる事をしましょう!」

「そうね。けど、今は秘宝を巡る戦いに決着をつけないと。一刻も早く秘宝を手に入れましょう!」


 椿とヒカリの掛け声に、全員が力強く頷く。秘宝の部屋へ向かう足取りは、決意と緊張に満ちていた。


 ※


 その頃、幕張ネオンモールの前では、リッジがインプたちから報告を受けていた。ドクターバースとブラックファントムが零夜たちに倒されたと聞き、彼の顔は怒りで歪み、拳が震える。


「そうか……奴らが倒れたとなると、ここは三人の戦士を出すとしよう。彼等なら八犬士たちを倒す事が可能だからな……」


 リッジは冷たく言い放ち、指を鳴らす。瞬間、闇の中から重い足音が響き、三つの人影が現れる。元勇者のハイン、黒いローブに身を包む謎の男、そしてメイド服のオートマタの女性。空気が凍りつくような威圧感が辺りを包む。


「か、彼らが最強の戦士たちなのですか?」

「そうだ。元勇者、最強魔道士、封印されていたオートマタ。戦士たちを倒すには、このぐらいしておかないとな!」


 リッジの宣言と共に、強風が吹き荒れる。インプたちは息を呑み、戦慄する。三人の戦士は無言で頷き、地下迷宮へと続く幕張ネオンモールの中へ消えていった。彼らの足音は、まるで死の鼓動のように響き続ける。

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