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第101話 リッジの降臨

 零夜たちが薄暗い通路を進む中、ヒカリはスマホを手に取り、現在の時刻を確認する。午後10時。新年の瞬間まで、残りわずか二時間だ。炎のランプが揺らめく光は、通路を不気味なオレンジ色に染め、モンスターの襲撃がいつ訪れるかわからない緊張感を一層強くしていた。


「あと二時間で新年か……それまでに終わらせないとね……」

「はい……けど、秘宝に辿り着くのはいつになるのかな……」


 ヒカリの言葉に、りんちゃむは小さく頷くが、秘宝への道のりが果てしなく感じられ、不安が胸を締め付ける。

 トワの的確な案内で迷宮を進んでいるものの、この迷宮の全貌は誰にもわからない。幕張ネオンモールに突入してからすでに一時間が経過し、ここからが正真正銘の正念場だ。


「できるだけ早く急がないと、皆心配してるからね」

「つばきんの言う通りです。それに……ん?」


 椿の言葉に同意していた日和が、突然足を止め、鋭い視線を前方へと向ける。そこには広大な部屋が広がり、壁に掲げられた看板には「秘宝の部屋」と刻まれていた。


「あった! 間違いなく秘宝の場所よ!」

「看板にも書いてありますし、間違いありません。すぐに入りましょう!」


 日和の叫びにエイリーンも力強く頷き、彼女の合図とともに全員が一斉に部屋へと足を踏み入れる。そこは、想像を遥かに超えた壮麗な空間だった。広大な面積を誇る部屋は、白い大理石の壁が光を反射し、まるで神殿のような荘厳さを放っている。零夜たちはその光景に息を呑み、圧倒されて立ち尽くす。


「凄い! こんな場所があるなんて! 写真撮っちゃおう!」

「こんな景色があったなんて……」

「私、ここに来て良かったかも……」


 りんちゃむは興奮を抑えきれず、スマホを取り出し部屋の全景を撮影し始める。ヒカリたちも、まるで別世界のような光景に目を奪われ、感嘆の声を漏らす。しかし、零夜、トワ、ヤツフサの三人は、感傷に浸る余裕などない。鋭い眼光で周囲を警戒し、敵の気配を逃すまいと神経を研ぎ澄ませていた。


「来るとしたらそろそろだ。身構えた方がいい」

「ええ。リッジも必ずこの場所に現れます。奴との戦いを終わらせなければ、秘宝は奪われてしまいますし、仇討ちも失敗に終わります」


 ヤツフサの警告に、零夜は重々しく頷く。

 トワもまた、復讐の炎を胸に宿し、リッジへの憎悪を静かに燃やしていた。ネムラスの民を奪った過去、刈谷を陽炎に殺された怒り――零夜たちのリッジへの感情は、単なる敵意を遥かに超えていた。


「そうね。来るとしたら……そろそろよ」


 トワの声は低く、鋭い。彼女の視線は出入口の扉に固定され、ヤツフサもまた戦闘態勢に入る。次の瞬間、コツコツと響く足音が聞こえ、すぐにそれは重々しい地響きのような音へと変わった。


「な、何?」

「この足音って……」


 倫子たちが驚きに振り向いた瞬間、入口からリッジとその一団が姿を現した。リッジの顔には不気味な笑みが浮かび、インプたちは下卑た哄笑を漏らす。一方、ハイン、ローブの男、メイドロボは無表情で、冷酷な殺意だけが漂っていた。


「まさかここで会うとはな……八犬士ども」

「リッジ……!」


 トワはリッジを目にした瞬間、瞳に燃えるような憎悪を宿し、彼を睨みつける。ネムラスの民を奪った怒りは、彼女の全身を震わせるほどだ。倒すだけでは足りず、完全に始末しなければ、彼女の復讐は果たされない。


「俺たちも秘宝を狙いに来たが、解き放った刺客たちは次々と潰された。残るはこいつらだ。容赦なく叩き潰す!」


 リッジは両手にナイフを握り、鋭い眼光で零夜たちを射抜く。インプたちは牙を剥き、ハイン、ローブの男、メイドロボも一斉に戦闘態勢へ。空気が一瞬にして張り詰め、戦いの火蓋が切られようとしていた。


「ハイン……脱獄したとニュースで聞いたけど、まさか本格的に悪鬼の戦士になるなんて……」


 エヴァは変わり果てたハインを見つめ、悲しみと怒りが交錯する表情で彼を睨む。

 ハインはかつてエヴァを追放した張本人だったが、ギルドのプロレスバトルで決着をつけ、多くの余罪で投獄されていた。しかし、以前倒したはずの相手が、悪鬼の戦士として再び立ちはだかるとは想定外だ。


「その通りだ。隣の男に連れ去られ、悪鬼のCブロック基地に監禁された。だが、俺はエヴァを倒すまで死ねない。自ら悪鬼の戦士を選んだんだ」


 ハインは自ら決意を述べたと同時に、両手に装着されているクローで戦闘態勢に入る。同時に異様なオーラが彼の背中から溢れ出し、エヴァを殺そうと睨みつけていた。


「それがあなたの覚悟なら……私の手で終わらせる! これ以上の因縁はもうたくさんよ!」


 エヴァはハインを指差し、断固たる決意を宣言。ガントレットを装着した拳を打ち合わせ、格闘技の構えを取る。その姿は、まるでリングの戦士そのものだった。


「隣の男は危険な匂いがするね。なら、ウチが相手や!」


 倫子は双剣を召喚し、鋭い眼光でローブの男を捉える。相手が誰であろうとも、絶対に負けられない気持ちで立ち向かおうとしているのだ。

 男はニヤリと笑うと、ローブを勢いよく脱ぎ捨てた。現れたのは茶髪の青年。魔道士の衣装に身を包み、両手にガントレットグローブを装着した異様な姿――クラスはマジカルファイターと呼ぶべきだろう。


「俺の名はヴァール。闇のマジカルファイターとして、お前を葬る!」


 ヴァールは倫子を指差し、宣言と同時に疾風のようなスピードで襲い掛かる。しかし、倫子は鋭い反応で身を翻し、双剣を振り抜く。鋭い斬撃が空気を切り裂き、ヴァールの胸を浅く切り裂いた。


「ぐおっ!」


 ヴァールは苦悶の声を漏らし、後退するが、すぐに体勢を立て直す。相手を侮った自分を戒め、冷静に間合いを測りながら次の攻撃を準備する。


「戦いが始まったか! 俺はメイドロボを相手にする!」


 零夜がメイドロボに向かおうとしたその瞬間、ベルが一歩前に進み出た。彼女の右手には巨大なロングアックスが握られ、その瞳は揺るぎない決意に満ちている。


「ベル!」

「ここは私がいくわ。零夜ばかりに負担をかけるわけにはいかない。私が彼女を解放する!」


 ベルは振り返り、零夜に強い意志を伝える。いつも零夜に頼るばかりでは成長できない。メイドロボの闇を自らの手で払う――その覚悟は、彼女の全身から溢れ出ていた。零夜は一瞬言葉を失うが、すぐに頷き、彼女の決意を尊重する。


「分かった。だが、無理はするな」

「大丈夫!」


 ベルは笑顔で応え、ロングアックスを両手で構える。メイドロボを睨みつけるその瞳は、まるで獲物を狩る獣のようだった。


「戦闘態勢に入ります。標的を排除」


 メイドロボは無機質な声で告げ、デッキブラシを武器として構える。その一見滑稽な武器は、実は驚異的な破壊力を秘めている。メイドを侮れば、命取りになるのだ。


「リッジは俺とトワでいく! 残りはインプたちを!」

「「「了解!」」」


 零夜の号令とともに、戦士たちは一斉に動き出す。零夜とトワはリッジへ。日和、アイリン、マツリ、エイリーンはインプたちへ。ヒカリ、椿、りんちゃむ、ヤツフサは物陰に身を隠し、戦いの行方を見守る。


「面白い。俺たちと戦うとは、いい度胸だ! 全員まとめて叩き潰す!」

「悪いがそれは無理だ! やられるのはお前らだ!」


 リッジと零夜の叫びが交錯した瞬間、両軍が激突。大晦日での最後の戦いが、幕を切って落とされた。

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