「やっと終わったか……」
「もう疲れた……」
午後11時15分、質問攻めをようやく切り抜けた零夜たちは、幕張ネオンモールの前にへたり込んでいた。リッジたちとの戦闘に加え、記者たちの猛攻を受けたのだから、ヘロヘロになるのも無理はない。
「刈谷の両親からの伝言だけど、『息子は最後の最後まで、八犬士たちの活躍を心から応援していました。彼の分まで生きてください……』だったわね」
「うん……私たちは彼の分まで生きなきゃいけない。この先何があっても、悪鬼を滅ぼす必要があるから……ここで立ち止まるわけにはいかないし、ウチらがしっかりせなあかん!」
トワの言葉に、倫子は力強く頷きながら同意した。直後、彼女は勢いよく立ち上がり、新たな決意を胸に拳を握りしめる。刈谷を失った責任は自分たちにもある。だが、両親からのメッセージを受け取った以上、立ち止まる理由などどこにもないのだ。
「そうですね。私たちが一致団結して、悪鬼に立ち向かうしかありません!」
「ここでへこんでたら、みんなが心配するからね!」
「私も皆と一緒なら、不安なんて吹き飛ぶから!」
「アタイとしたことが情けないぜ! やるからにはバチバチで行くしかねえ!」
「私も孤児たちの仇を取るため、頑張ります!」
「私もここで気を引き締めないとね!」
日和、アイリン、エヴァ、エイリーン、トワの五人は立ち上がり、ガッツポーズで気合を入れる。マツリは両拳を打ち合わせ、闘志を燃やしていた。倫子の宣言を聞き、自分たちが落ち込む理由などないと確信したのだ。
「私も精一杯頑張らないと! サポートするって決めたんだから!」
「私も皆様に助けられた身。ベル様と皆様の役に立たせてもらいます!」
「私も力を手に入れた以上、零夜くんたちをサポートするわ!」
「私も日和の役に立って、精一杯頑張らないと!」
「ウチもここまで来た以上、やるしかないからね!」
ベル、カルア、ヒカリ、椿、りんちゃむも零夜たちを支えるため、立ち上がって気合を入れ直す。八犬士たちの戦いに加わった以上、最後までサポートする覚悟が心の底から湧き上がっていた。
その様子を見た零夜も立ち上がり、倫子たちに視線を向ける。彼の瞳には迷いがなく、揺るぎない決意が宿っていた。
「その通りです。今後の戦いはさらに厳しくなりますが、皆で力を合わせて乗り越えましょう! 地球とハルヴァス、二つの世界を守るため、悪鬼を倒しましょう!」
「「「おう!」」」
零夜の宣言に呼応し、倫子たちは拳を突き上げ、一斉に応える。彼女たちの決意は本物で、その真っ直ぐな瞳が何よりの証拠だった。
(彼らに心配は無用だ。だが、今後の戦いはさらに厳しくなる。引き続きサポートを続けなければ)
この光景を眺めていたヤツフサは、真剣な表情でそう心に誓った。悪鬼との戦いはまだ序盤に過ぎない。彼らがまだ知らない、敵の真の恐ろしさが待ち受けている。だからこそ、サポートを怠るわけにはいかない。
「さてと……まだ時間はあるし、新年に向けてやり残したことを終わらせないと!」
「そうね。おせち料理も完成したし、お雑煮も事前に作ったからね」
エヴァが時刻を確認し、新年を迎える前の準備に気合を入れ始める。ベルたちも頷きながら、事前に済ませた作業を振り返る。おせちもお雑煮も準備万端。あとは年越しそばを食べるだけだが、それには屋敷に戻る必要がある。
「じゃあ、お台場の屋敷に戻るけど、みんなも行く?」
「もちろん行かせてもらうわ。私たちも零夜くんたちと年越ししたいからね」
アイリンの問いに、ヒカリたちは即答で同行を決める。零夜たちの屋敷に興味があるのはもちろんだが、彼らと一緒に新年を迎えなければ後悔すると感じていたのだろう。
その様子を見たヤツフサは、新年を迎える準備を思い出す。
「俺からも提案がある。だがその前に、ここから屋敷へ転移しよう」
「分かりました。モタモタしてると、新年を迎える前に食べそびれますからね」
ヤツフサの提案を待つ前に、まずは移動だ。彼は足元に魔法陣を展開し、零夜たちもその周りに集まる。
「では、行くぞ!」
ヤツフサの合図とともに、魔法陣から光が放たれ、一瞬にして全員が転移する。光が収まると、そこに彼らの姿は消えていた。
※
零夜たちがお台場にある屋敷前に転移すると、そこには一人の女性が立っていた。袖なしブラウスに青緑色のオーバーオールという出で立ちだが、なぜかメイド手袋、メイド靴、メイドカチューシャ、そしてメイドエプロンを身に着けている。
「あれ? 誰かしら、この女性?」
「なんで屋敷前にいるんだろう?」
倫子たちがざわつく中、零夜は驚愕の表情を浮かべていた。冷や汗が流れ、身体が小刻みに震えている。
「め、メイルさん!?」
「零夜坊ちゃま! やっと会えました!」
零夜が叫んだ瞬間、メイルと呼ばれた女性は満面の笑みを浮かべ、彼に駆け寄るとムギュッと強く抱きしめた。余程彼と再会した事が、とても嬉しかったのだろう。
「異世界に飛ばされたときは不安でしたが、無事で何よりです! 本当に良かった……!」
「心配かけてごめんな……」
メイルは涙を流しながら、零夜の無事を心から喜ぶ。彼は少し寂しげな笑みを浮かべ、彼女の頭を優しく撫で始めた。
「ねえ、零夜くん。その女性は誰なの?」
「仲が良いみたいだけど?」
「どんな関係なのかな……?」
倫子、エヴァ、ヒカリの三人は背後からどす黒いオーラを漂わせ、ギロリと零夜を睨みつける。それを見た日和たちは怯えて後ずさる。彼女たちの怒りの眼光に、誰だって震え上がるだろう。
「ああ……彼女はメイル。俺の家の元メイドロボです……」
「「「元メイドロボ!?」」」
零夜の説明に、倫子たちは驚きを隠せない。零夜の家にメイドロボがいたなんて、初耳以外の何ものでもないからだ。
「零夜くんの家にメイドロボがいたなんて……いつからの話なの?」
「俺が九歳の頃に出会って、そのときは俺の面倒をよく見てくれました。けど、高校卒業後に東京で一人暮らしを始めることになって、そのときメイルも役目を終えて去ったのです」
倫子の質問に、零夜は過去を正確に語り始める。山口県で育った幼少期、いつもメイルに世話をされていた彼。高校卒業後、東京で独り立ちする際、メイルは彼の成長を見届けて家を去ったのだ。
「私はその後、サーカスで大道芸の修行をして、ついさっきまで孤児院で働いていました。坊ちゃまが行方不明になったときは心配でしたが、地球に戻ってきたニュースを見て決意したのです」
「それで今に至るってわけね。でも、孤児たちにはちゃんと伝えたの?」
メイルの説明にエヴァは納得しつつ、孤児院の子供たちのことが気になって尋ねる。もし黙って出て行ったなら、子供たちが悲しむ姿が目に浮かぶ。
「院長には伝えてあります。子供たちにはビデオレターを残しました」
「考えたな……けど、バレたら大騒ぎになるぞ……」
メイルの答えに、零夜は冷や汗を流しながら危機感を覚える。孤児たちがメイルを連れ戻そうと動き出す可能性もある。そうなれば、説得するしか道はない。
「ご心配なく。邪魔をしたら大道魔術でお仕置きすると伝えてあります」
「子供たちにトラウマを与えたらダメだからね!」
メイルの言葉に、ベルはすかさずツッコミを入れる。子供たちに危害を加える者には容赦しないのが彼女の性格だ。
倫子たちも呆然とし、メイルの大胆さに言葉を失う。ここまでやるのは、さすがに度を越していると誰もが思うだろう。
「ともかく、家に入りましょう。年越しそばを食べないと!」
「そうだった! 早く入らないと!」
零夜の合図とともに、倫子たちは彼と屋敷の中へ急ぐ。新年を迎える準備が、今、始まったのだった。