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第119話 メイドのメイル

「やっと終わったか……」

「もう疲れた……」


 午後11時15分、質問攻めをようやく切り抜けた零夜たちは、幕張ネオンモールの前にへたり込んでいた。リッジたちとの戦闘に加え、記者たちの猛攻を受けたのだから、ヘロヘロになるのも無理はない。


「刈谷の両親からの伝言だけど、『息子は最後の最後まで、八犬士たちの活躍を心から応援していました。彼の分まで生きてください……』だったわね」

「うん……私たちは彼の分まで生きなきゃいけない。この先何があっても、悪鬼を滅ぼす必要があるから……ここで立ち止まるわけにはいかないし、ウチらがしっかりせなあかん!」


 トワの言葉に、倫子は力強く頷きながら同意した。直後、彼女は勢いよく立ち上がり、新たな決意を胸に拳を握りしめる。刈谷を失った責任は自分たちにもある。だが、両親からのメッセージを受け取った以上、立ち止まる理由などどこにもないのだ。


「そうですね。私たちが一致団結して、悪鬼に立ち向かうしかありません!」

「ここでへこんでたら、みんなが心配するからね!」

「私も皆と一緒なら、不安なんて吹き飛ぶから!」

「アタイとしたことが情けないぜ! やるからにはバチバチで行くしかねえ!」

「私も孤児たちの仇を取るため、頑張ります!」

「私もここで気を引き締めないとね!」


 日和、アイリン、エヴァ、エイリーン、トワの五人は立ち上がり、ガッツポーズで気合を入れる。マツリは両拳を打ち合わせ、闘志を燃やしていた。倫子の宣言を聞き、自分たちが落ち込む理由などないと確信したのだ。


「私も精一杯頑張らないと! サポートするって決めたんだから!」

「私も皆様に助けられた身。ベル様と皆様の役に立たせてもらいます!」

「私も力を手に入れた以上、零夜くんたちをサポートするわ!」

「私も日和の役に立って、精一杯頑張らないと!」

「ウチもここまで来た以上、やるしかないからね!」


 ベル、カルア、ヒカリ、椿、りんちゃむも零夜たちを支えるため、立ち上がって気合を入れ直す。八犬士たちの戦いに加わった以上、最後までサポートする覚悟が心の底から湧き上がっていた。

 その様子を見た零夜も立ち上がり、倫子たちに視線を向ける。彼の瞳には迷いがなく、揺るぎない決意が宿っていた。


「その通りです。今後の戦いはさらに厳しくなりますが、皆で力を合わせて乗り越えましょう! 地球とハルヴァス、二つの世界を守るため、悪鬼を倒しましょう!」

「「「おう!」」」


 零夜の宣言に呼応し、倫子たちは拳を突き上げ、一斉に応える。彼女たちの決意は本物で、その真っ直ぐな瞳が何よりの証拠だった。


(彼らに心配は無用だ。だが、今後の戦いはさらに厳しくなる。引き続きサポートを続けなければ)


 この光景を眺めていたヤツフサは、真剣な表情でそう心に誓った。悪鬼との戦いはまだ序盤に過ぎない。彼らがまだ知らない、敵の真の恐ろしさが待ち受けている。だからこそ、サポートを怠るわけにはいかない。


「さてと……まだ時間はあるし、新年に向けてやり残したことを終わらせないと!」

「そうね。おせち料理も完成したし、お雑煮も事前に作ったからね」


 エヴァが時刻を確認し、新年を迎える前の準備に気合を入れ始める。ベルたちも頷きながら、事前に済ませた作業を振り返る。おせちもお雑煮も準備万端。あとは年越しそばを食べるだけだが、それには屋敷に戻る必要がある。


「じゃあ、お台場の屋敷に戻るけど、みんなも行く?」

「もちろん行かせてもらうわ。私たちも零夜くんたちと年越ししたいからね」


 アイリンの問いに、ヒカリたちは即答で同行を決める。零夜たちの屋敷に興味があるのはもちろんだが、彼らと一緒に新年を迎えなければ後悔すると感じていたのだろう。

 その様子を見たヤツフサは、新年を迎える準備を思い出す。


「俺からも提案がある。だがその前に、ここから屋敷へ転移しよう」

「分かりました。モタモタしてると、新年を迎える前に食べそびれますからね」


 ヤツフサの提案を待つ前に、まずは移動だ。彼は足元に魔法陣を展開し、零夜たちもその周りに集まる。


「では、行くぞ!」


 ヤツフサの合図とともに、魔法陣から光が放たれ、一瞬にして全員が転移する。光が収まると、そこに彼らの姿は消えていた。


 ※


 零夜たちがお台場にある屋敷前に転移すると、そこには一人の女性が立っていた。袖なしブラウスに青緑色のオーバーオールという出で立ちだが、なぜかメイド手袋、メイド靴、メイドカチューシャ、そしてメイドエプロンを身に着けている。


「あれ? 誰かしら、この女性?」

「なんで屋敷前にいるんだろう?」


 倫子たちがざわつく中、零夜は驚愕の表情を浮かべていた。冷や汗が流れ、身体が小刻みに震えている。


「め、メイルさん!?」

「零夜坊ちゃま! やっと会えました!」


 零夜が叫んだ瞬間、メイルと呼ばれた女性は満面の笑みを浮かべ、彼に駆け寄るとムギュッと強く抱きしめた。余程彼と再会した事が、とても嬉しかったのだろう。


「異世界に飛ばされたときは不安でしたが、無事で何よりです! 本当に良かった……!」

「心配かけてごめんな……」


 メイルは涙を流しながら、零夜の無事を心から喜ぶ。彼は少し寂しげな笑みを浮かべ、彼女の頭を優しく撫で始めた。


「ねえ、零夜くん。その女性は誰なの?」

「仲が良いみたいだけど?」

「どんな関係なのかな……?」


 倫子、エヴァ、ヒカリの三人は背後からどす黒いオーラを漂わせ、ギロリと零夜を睨みつける。それを見た日和たちは怯えて後ずさる。彼女たちの怒りの眼光に、誰だって震え上がるだろう。


「ああ……彼女はメイル。俺の家の元メイドロボです……」

「「「元メイドロボ!?」」」


 零夜の説明に、倫子たちは驚きを隠せない。零夜の家にメイドロボがいたなんて、初耳以外の何ものでもないからだ。


「零夜くんの家にメイドロボがいたなんて……いつからの話なの?」

「俺が九歳の頃に出会って、そのときは俺の面倒をよく見てくれました。けど、高校卒業後に東京で一人暮らしを始めることになって、そのときメイルも役目を終えて去ったのです」


 倫子の質問に、零夜は過去を正確に語り始める。山口県で育った幼少期、いつもメイルに世話をされていた彼。高校卒業後、東京で独り立ちする際、メイルは彼の成長を見届けて家を去ったのだ。


「私はその後、サーカスで大道芸の修行をして、ついさっきまで孤児院で働いていました。坊ちゃまが行方不明になったときは心配でしたが、地球に戻ってきたニュースを見て決意したのです」

「それで今に至るってわけね。でも、孤児たちにはちゃんと伝えたの?」


 メイルの説明にエヴァは納得しつつ、孤児院の子供たちのことが気になって尋ねる。もし黙って出て行ったなら、子供たちが悲しむ姿が目に浮かぶ。


「院長には伝えてあります。子供たちにはビデオレターを残しました」

「考えたな……けど、バレたら大騒ぎになるぞ……」


 メイルの答えに、零夜は冷や汗を流しながら危機感を覚える。孤児たちがメイルを連れ戻そうと動き出す可能性もある。そうなれば、説得するしか道はない。


「ご心配なく。邪魔をしたら大道魔術でお仕置きすると伝えてあります」

「子供たちにトラウマを与えたらダメだからね!」


 メイルの言葉に、ベルはすかさずツッコミを入れる。子供たちに危害を加える者には容赦しないのが彼女の性格だ。

 倫子たちも呆然とし、メイルの大胆さに言葉を失う。ここまでやるのは、さすがに度を越していると誰もが思うだろう。


「ともかく、家に入りましょう。年越しそばを食べないと!」

「そうだった! 早く入らないと!」


 零夜の合図とともに、倫子たちは彼と屋敷の中へ急ぐ。新年を迎える準備が、今、始まったのだった。

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