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第四章 ハイランダーランドの非常な罠

第121話 初めての遊園地

 東京都多摩市にある孤児院。その庭先に、一人の小学六年生の少女が空を見上げ、黄昏の光に身を委ねていた。彼女の名前は小宮梨里こみやりり。小学四年生の時に両親を事故で失い、この孤児院にやってきたのだ。


「メイル先生……なんで行っちゃったの……?」


 梨里は目に涙を浮かべ、去ってしまったメイルのことを思い返していた。

 メイルは二年前からこの孤児院で働き始め、梨里と出会った。それ以来、梨里にとってメイルは特別な存在となり、他の子どもたちにとっても大切な人だった。しかし、大晦日の前夜、衝撃的な知らせが飛び込んできた。夜更けにメイルがビデオメッセージを残し、姿を消したのだ。彼女は大切な人のもとへ向かうため、何も告げずに孤児院を去った。その事実を知った子どもたちは深い悲しみに暮れ、梨里もまた涙を流しながらショックを受けていた。

 あれから一週間。メイルの不在は子どもたちの心に重くのしかかり、落ち込む子が後を絶たなかった。梨里もその一人だった。


「会いたいよ……メイル先生に会いたいよ……」


 涙をこぼしながら呟く梨里。その様子を、近くの木の上から一人の少年が見下ろしていた。少年はニヤリと笑みを浮かべ、指を鳴らすと同時に魔術を発動したのだった……。


 ※


「遊園地?」


 翌日、お台場の屋敷では、倫子が零夜たちを集めて話をしていた。彼女の提案に、零夜、日和、メイルは疑問の表情を浮かべ、エヴァ、アイリン、マツリ、ヤツフサ、エイリーン、トワ、ベル、カルアの異世界出身の面々も頭にハテナマークを浮かべながら首をかしげた。

 エヴァたちは日本に来て間もないため、遊園地という言葉に馴染みがなかったのも無理はない。


「ええ。エヴァたちは日本の文化を学んでいる最中だし、たまにはみんなで遊園地に行って楽しむのもいいと思うの。純粋に楽しむだけでなく、日本文化を学ぶ機会にもなるでしょ?」


 倫子の提案に、零夜たちは互いに顔を見合わせた。だが、その内容に誰もが笑みを浮かべ、賛同の意を示す。こんな経験は滅多にない。断る理由など見当たらなかった。


「だったら皆で行きましょう! せっかくの機会だし、みんなで楽しんだ方が絶対にいいよね!」

「アタイも遊園地には興味あるからな」

「いろんなアトラクションがあるし、乗りたいものがいっぱいあるわ!」

「私、コーヒーカップに乗りたいです!」

「私もアトラクションが気になるからね。思う存分楽しまないと!」


 エヴァ、マツリ、トワ、エイリーン、ベルが次々に意見を出し、遊園地への期待を膨らませる。アイリンやカルアも頷きながら賛同し、自身も行きたい気持ちを隠さなかった。


「なら、決定ね。今度の日曜日に、みんなで東京ワンダーランドへ行きましょう!」

「東京駅の近くにある遊園地ですね。あそこはいろんなアトラクションがあって、家族連れやカップルにも人気見たいです」

「そうですね。決まったなら、早速スケジュールを確認しないと!」


 倫子の提案した目的地は、東京駅近くの東京ワンダーランド。ジェットコースター、観覧車、コーヒーカップ、メリーゴーランド、ゴーカート、空中ブランコ、巨大クライミングなど、多彩なアトラクションが揃う場所だ。日和たちも即座に賛同し、スケジュールを確認。幸い、その日は全員が仕事の休みで、問題はなさそうだった。


「私たちは大丈夫です!」

「なら安心やね。あ、でも、この遊園地は動物の立ち入り禁止なんだって」

「じゃあ、ヤツフサさんはお留守番ですね……」


 倫子の言葉に、カルアがヤツフサに視線を向けた。彼は部屋の隅で俯きながら、しょんぼりと座っていた。フェンリルであるヤツフサは動物に分類されるため、遊園地に興味があっても入場できないのだ。


「何故俺が仲間外れにされるんだ……」

「なんかごめんね……でも、ヤツフサが人間に変身できれば入れるんじゃないかな?」


 倫子は申し訳なさそうに謝りつつ、変身できれば入場可能かもしれないと提案した。それを聞いたヤツフサは何か閃いたように顔を上げ、皆に視線を向けた。


「それなら俺も変身できるぞ。こう見えても、変身能力は持ってるからな」

「本当なのですか⁉」


 ヤツフサの言葉に、零夜たちは驚きを隠せなかった。彼にそんな能力があるとは知らなかったのも無理はない。皆が興味津々の視線を向ける。


「今から見せてやる。はっ!」


 ヤツフサが身体から煙を放つと、みるみるうちに姿が変わり始めた。煙が晴れた瞬間、彼は狼の獣人へと変身していた。だが、顔は完全な狼のまま。これがどう判断されるかは未知数だった。


「獣人に変身したけど、頭が完全に狼ね……」

「本当にこれで大丈夫か、ちょっと心配です……」


 アイリンとエイリーンはヤツフサの姿に唖然とし、日和たちも同じく頷く。獣人に変身できたとしても、頭が動物のままでは入場を断られる可能性が高い。


「まあ、これが俺の限界だ。あとは上手く通れるかどうかだな」

「そうするしかなさそうですね……」


 ヤツフサの言葉にメイルは苦笑いを浮かべ、この話は一旦保留に。チケットの手配など準備は山積みだが、ヤツフサが入場できることを祈るしかなかった。


 ※


 そして日曜日。零夜たちは私服に身を包み、お台場の駅に集まっていた。ヤツフサも日和が用意したカジュアルな服を着こなし、皆が揃っているか確認していた。


「まさか俺みたいな獣人でも遊園地に入れるとはな……正直、不安だったが……」

「エルフやドワーフ、獣人も人間に含まれるようになったからね。その分お金はかかるけど」


 ヤツフサは自身の姿で入場できることに安堵しつつ、驚きを隠せなかった。トワが苦笑いしながら補足すると、エイリーンも同様に頷く。

 エヴァたちが地球に来て以来、国全体で異世界人の扱いを議論した結果、人間に準ずる種族は同等の権利を持つと定められた。それにより、彼らも人間と同じ行動が認められているのだ。


「まあ、それは仕方ないですけどね。そろそろ電車が来ますよ」


 エイリーンが指差す先で、東京ワンダーランド行きの電車が姿を現した。いよいよ旅の始まりに、皆の期待が高まる。


「あっ、電車が来た……って、ええっ⁉」

「何この電車⁉」

「怖いです……」


 ところが、現れた電車の正面は般若の顔だった。倫子たちは驚愕し、エイリーンは涙目になる。この電車を子どもが見たら、怖がって逃げ出すのは間違いない。


「般若の電車……こんなことするのは誰なのか……」


 零夜が原因を考え始めた瞬間、電車から子どもたちが姿を現した。メイルはその姿に驚き、冷や汗を流してしまう。


「あなたたち! どうしてここに!?」

「へ? もしかしてメイルさんの孤児院の!?」


 子どもたちはメイルの孤児院の子どもたちだった。彼女が驚くのも無理はないが、零夜たちも同様に目を丸くした。まさか彼らがこんな電車を用意するとは、予想外と言えるだろう。


「僕たちはメイル先生を連れ戻しに来た! 抵抗するなら容赦しないぞ!」

「だからと言って、こんな電車を用意するなー!!」

「「「あじゃぱーっ!!」」」


 子どもたちの言葉に零夜が反応し、強烈なツッコミアッパーを繰り出した。子どもたちはその一撃で駅から吹っ飛び、あっという間にお星様に。

 一般人である彼らが、零夜率いるブレイブエイトに殴られれば、こうなるのは必然。下手すれば死は免れないだろう。


「しまった……ツッコミの条件反射で……」

「だからって子どもを殴り飛ばすのは駄目!」

「すいません……」


 零夜は冷や汗を流し、自身の行動を後悔する。ベルは母親のような口調で注意し、零夜は縮こまって謝罪した。その様子を見た倫子たちは苦笑いしてしまい、メイルも同様となっていた。


「まあまあ。とりあえず電車に乗ろうよ。こういうストレスは遊園地で発散すればいいよ!」

「そうだな……時間も惜しいし、さっさと乗って楽しもうぜ!」


 エヴァが苦笑いしながら場を収め、遊園地でのストレス発散を提案。零夜も同意し、皆で般若の電車に乗り込んだ。

 しかし、この時、彼らはまだ知らなかった。遊園地で思いがけない事件に巻き込まれ、それが新たな戦いの幕開けとなることを……。

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