山梨県富士吉田市、ハイランダーランド。雄大な富士山を背景に、色とりどりのアトラクションが輝く人気のテーマパーク。家族連れや観光客の笑い声が響き合い、華やかな喧騒が絶えないこの場所は、日本を代表する楽園の一つとして名高い。
だが、その地表の輝きの裏、地下深くに潜む闇の存在を、誰も知る由もない。そこには冷たく湿ったコンクリートの壁に囲まれた、邪悪な野望が蠢く領域。それこそ悪鬼の地下基地である。ハイランダーランドの無垢な笑顔の下で、密かに新たな戦いの火種がくすぶっているのだ。
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悪鬼の地下基地にある玉座の間。薄暗い部屋の中心に、冷ややかな光沢を放つ黒曜石の玉座が鎮座している。そこに君臨するのは、パニグレ――悪鬼Bブロックの部隊長にして、四天王の新候補と噂される少年。その眼光は鋭く、口元には常に不敵な笑みが浮かぶ。まるで獲物を弄ぶ猛獣のような存在感だ。
ある日、重々しい足音が石の床を叩き、部下が玉座の前に跪く。
「申し上げます。四月にこのハイランダーランドで、撮影が行われるとの事です」
「ほう……どんな撮影だ?」
パニグレの声は低く、まるで闇そのものが響くようだ。彼の瞳には、策略を巡らせる悪意の光が宿っている。新たな玩具、新たな破壊の機会――この撮影は、彼にとって絶好の「遊び場」となる予感があった。
「以前行われた『逃走ロワイアル』をリニューアルした『マネーダッシュ』なる番組です。逃走ロワイアルを惜しむ声が続出しているため、急遽復活したとの事です」
「参加者は?」
「こちらとなります」
部下が差し出した紙には、参加者名簿が記されていた。女性五人、男性九人、子供六人――合計二十人。パニグレはそのリストを一瞥し、口の端を歪ませる。まるで獲物を値踏みする悪魔のような笑みだ。
「ふん……やるなら作戦を立てるのみだ。子供六人は撮影終了後、一斉に捕獲しろ。すぐに基地へ連行だ。残りの連中は放っておけ」
「賞金に関しては?」
「強奪しろ。後はこちらで処理する。それと……ブレイブエイトが現れたら、全戦力で叩き潰すぞ」
「はっ!」
部下はパニグレの命令に一礼し、踵を返して闇の回廊へと消えた。
「さて……今は一月。四月まであと数ヶ月か。しばらくは大人しくしていようか……」
パニグレは玉座に身を沈め、天井を見上げながら低く嗤う。その頭の中では、既に孤児たちを捕らえて「改造」し、新たな戦力とする計画が渦巻いている。悪戯を仕掛ける誘惑もあったが、今は静かに機を待つのが最善と判断していた。
その時、バングルから甲高い着信音が鳴り響く。パニグレは即座にボタンを押すと、目の前にホログラムのウィンドウが浮かび上がり、二人の女の姿が映し出された。
「あっ、ベティとメディじゃないか」
そう、彼女たちはベティとメディ――かつてアイリンの仲間だったが、その正体は悪鬼Aブロックの隊長。冷酷無比な策略でゴドムを死に追いやり、アイリンを絶望の淵に突き落とした悪女たちだ。
『パニグレ。伝えたい事があって連絡したわ。悪鬼の基地はCブロックまで壊滅させられた。残る上位ブロックは私たちだけよ』
『次は貴方たちBブロックが標的となります。覚悟はできていますか?』
パニグレは玉座にふんぞり返り、ウィンドウの二人を睨みつける。その目は猛獣の如く鋭く、口元には不敵な笑みが浮かんでいる。
「覚悟? 僕たちBブロックを舐めるなよ、ベティ、メディ」
『舐めてなんかないわ、パニグレ。ブレイブエイトが本気で動き出したの。あの忌々しい正義の使者どもが、Cブロックを壊滅させた勢いでこちらへ向かってくるわ』
ベティの声は冷静だが、その裏には微かな焦りが滲む。ブレイブエイトは八犬士が揃い、ベル、カルア、メイルのサポートも加わった最強の軍団だ。もはや簡単には倒せない存在である。
メディが横から口を挟み、妖艶な笑みを浮かべながら丁寧に語り始める。
『特にアイリン様は、ゴドムの死によって完全に激昂していらっしゃいます。復讐の鬼と化していますし、止めようとしても返り討ちに遭うかと存じます。Bブロックを潰す前に、私たちのAブロックを狙っている可能性もございます』
「アイリン、か……」
パニグレは低く唸り、玉座の肘掛けを指で叩く。その仕草は冷静だが、頭の中では既に次の策が巡り始めている。
「あの小娘がどれだけ強くなろうが、僕の策の前じゃ無力だ。ブレイブエイトが来るなら、まとめて叩き潰してやる。それに……ハイランダーランドのあの撮影を利用すれば、奴らを一網打尽にする絶好の機会だ。スタッフもいる、参加者もいる――混乱に乗じてブレイブエイトを誘い込み、まとめて葬る。どうだ?」
パニグレの冷酷な提案に、ベティとメディは画面越しに顔を見合わせ、互いに頷く。その表情は、策略の成功を確信した悪女のものだ。
『悪くないわ、パニグレ。あの「マネーダッシュ」の撮影はカオスそのもの。参加者が賞金を巡って右往左往する中、ブレイブエイトが介入すれば、混乱はさらに増す。そこで仕掛ければ……完璧な罠になるわね』
ベティの声には、邪悪な期待が滲む。メディもまた、丁寧かつ冷たく続ける。
『ですが、パニグレ様、失敗は許されません。私たちAブロックが後ろで支えておりますが、Cブロックの者たちのような失態は避けてくださいませ』
「心配するな。僕の作戦は完璧だ」
パニグレは自信満々に言い放ち、玉座から身を乗り出す。その目は、まるで全てを見透かす闇の支配者のようだ。
「子供たちを捕らえた後、奴らを改造して新たな戦力に仕立て上げる。ブレイブエイトが来る頃には、俺の強化兵団が奴らを粉砕するだろうよ」
『承知いたしました。では、健闘をお祈りいたします』
メディの言葉と共に通信が切れ、ウィンドウが消える。パニグレは再び天井を見上げ、静かに嗤う。
「ブレイブエイト……アイリン……そしてマツリ……来るなら来い。ハイランダーランドが、お前たちの墓場になるからな……」
パニグレは玉座から立ち上がり、闇の回廊へと足を踏み出す。その目的は一つ――新たな改造人間を生み出し、完全なる破壊の軍団を築くことだ。
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陽光に照らされたハイランダーランドでは、観光客たちが無邪気に笑い、アトラクションの歓声が響き合う。富士山の荘厳な姿を背景に、家族連れが写真を撮り、幸せな時間が流れる。だが、彼らの足元、地下深くでは、邪悪な計画が着々と進行していた。
運命の四月まで、残りわずか三ヶ月。ブレイブエイトとパニグレの激突――その結末は、戦いの炎の中でしか明らかにならないだろう。