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第133話 あるパーティーの危機

 零夜たちはベヒーモスを仲間にしてクエストを終了したので、バッテリ鉱山を後にして帰路についていた。今回のクエストは迅速かつ容易に終えられただけでなく、ベヒーモスやカーバンクルたちを仲間に加えるという大きな成果を上げていた。

 なお、カーバンクルたちのパートナーは倫子ではなく、精霊と声を通わせる能力を持つトワだった。ジャスミンは零夜のバングルの中に移動し、ワンダーエデンでゆったりと休息を取っている。


「今回の任務は楽勝だったし、大型モンスターも無事に仲間に成功する事ができたからね!」

「倫子は流石としか言えないわね。私も負けない様にしっかりしないと!」

「だが、今回は運が良かっただけだ。今後はそう簡単にはいかない事を覚えておけ」

「分かってるって」


 倫子は満面の笑みを浮かべ、ベヒーモスを仲間にした喜びに浸っていた。ヒカリも彼女の実力を心から認め、追いつくために努力を重ねる決意を新たにしていた。ヤツフサはそんな二人に真剣な眼差しで忠告し、倫子たちはその言葉に頷きながら応えた。


「それにしても、倫子があのベヒーモスを仲間にするなんてね。いくらなんでも想定外と言えるわ」

「普通の召喚士でさえ、モンスターを仲間にできるのは中級ぐらい。オールラウンダーでさえもそのぐらいなのに、倫子の予想外はアタイらの想像を遥かに超えているな……」


 エヴァは苦笑しながら倫子をちらりと見て、マツリも同意するように相槌を打った。

 大型モンスターは通常、召喚士やオールラウンダーでも手に負えず、戦うしか選択肢がない存在だ。しかし、倫子は見事にベヒーモスを従えた。その実績は、まさに誰もが予想だにしない偉業だった。


「八犬士としての能力が少しずつ開花したからこそ、倫子の能力が向上したからね。私も素早い格闘能力を駆使しているし、八犬士としての完全開花に近づいているかもね」

「そうだな。ブレイブエイトは普通の人達とは違い、様々な能力が解放されていく。しかし多くの経験を積まなければ、その能力は解放できない仕組みとなっているが」

「なるほど……って、いくら何でも差別過ぎるわよ! ズルいとしか思えないわ!」

「「むーっ!」」


 アイリンとヤツフサの説明にヒカリは納得しつつも、ついツッコミを入れてしまう。椿とりんちゃむも不満げに頬を膨らませ、「不公平だ!」とばかりにプクーっとした表情を見せた。

 アイリンたちに備わった特別な力は、確かに自分たちにはないもの。納得できないのも無理はない。


「なんかごめんね……ん?」

「爆発の音ね……何かあったのかしら……?」


 アイリンが苦笑しながらヒカリたちに謝ったその瞬間、遠くから轟く爆発音が響き渡った。空気が震え、地面が微かに揺れるほどの衝撃。明らかに近くで激しい戦闘が起きている。トワは即座に千里眼を駆使し、遠くの状況を探った。


「何か分かりましたか?」

「数キロ先の別の場所で、トロールがラッセルたちを追い詰めているわ! パーティーが全滅するのも時間の問題よ!」

「何!?」


 トワの報告に、零夜たちは息を呑んだ。ラッセル、ケイト、レントは確かに問題の多い人物たちで、助ける価値はないと感じる向きもあった。しかし、良心的なバクトラがその場にいるとなれば、見ず知らずのまま放置するわけにはいかない。


「すぐに急ぎましょう! これ以上犠牲者を出す理由にはいけませんからね!」

「何れにしても困っている人は放っておけないし、全滅だけは防がないと!」


 エイリーンと日和の言葉に、零夜たちは一斉に頷き、決意を固めた。彼らは一気にスピードを上げ、バクトラたちが戦う戦闘エリアへ急行した。


「私たちも急ぎましょう! 困っている人達を放っておく理由にはいきません!」

「そうね。私たちも援護しておかないと!」

「私も参ります!」

「あっ、待ってください!」

「なんかヤバい事になったみたいね……」


 メイル、ヒカリ、カルア、椿、りんちゃむもまた、助けに向かうことを決意。零夜たちの背を追い、自身の役目を果たすべく全速力で駆け出した。


 ※


 バッテリ鉱山の奥深く、岩と闇に閉ざされた一角。そこでは凄まじい戦闘が繰り広げられていた。


「ぐはっ!」

「レント!」


 レントが黒いトロールの鉄拳に叩き飛ばされ、岩壁に叩きつけられた。身体が宙を舞い、回転しながら地面に激突。背中から不時着した衝撃で、地面に亀裂が走る。トロールのパンチはまるで鉄槌の如く強烈で、一撃で命を奪うほどの威力を持っていた。A級、S級クエストの対象となるのも納得の脅威だった。


「あが……!」

「ケイト、すぐに回復を!」

「ええ! ホーリーキュア!」


 ケイトは震える手で杖を握り、その先端をレントに向けた。緑色の光が放たれ、彼の傷を癒していく。しかし、トロールの赤い目がケイトを捉えた瞬間、巨体が動く。巨大な手が彼女を鷲づかみにし、骨が軋む音とともに握り潰し始めた。


「きゃああああああ!!」

「ケイト! クソッ!」


 ラッセルは剣を振り上げ、トロールに斬りかかろうと身構えた。だが、トロールの反応は速かった。振り下ろされた拳がラッセルを直撃し、爆風のような衝撃で彼を吹き飛ばす。剣が手から離れ、地面を転がる。ラッセルは頭から地面に叩きつけられ、身体が光の粒となって砕け散った。


(まさかラッセルがやられるとは……トロールを甘く見たのが原因だが、このままでは……)


 バクトラは冷や汗を流しながら、トロールの巨体を睨んだ。ケイトは握り潰され、レントは瀕死、自身も体力は三分の一にまで落ち込んでいる。絶望が重くのしかかる中、トロールの眼光はさらに鋭さを増していた。


「くっそー……ここで俺がやられてたまるかよ!」

「レント、無茶をするな!」


 レントは血を吐きながらも根性で立ち上がり、トロールに向かって突進した。バクトラの制止も虚しく、彼の耳には届かない。トロールは無慈悲にも両手を振り上げ、レントとケイトを同時に握り潰した。


「「ぐはっ!」」


 二人の身体が圧縮される音が響き、鮮血が地面に滴る。そのまま光の粒となって消滅し、戦場にはバクトラただ一人だけが残された。


(残るは俺一人か……このままでは……)


 バクトラは震える足で立ち尽くし、トロールの冷酷な視線に耐えた。体力は尽きかけ、反撃する力すら残っていない。トロールがゆっくりと歩み寄り、拳を振り上げる。絶体絶命の瞬間、地面が震え、空気が裂けた。


「グオオオオオ!」


 突然、茂みから雷鳴のような咆哮が轟き、ベヒーモスが猛然と突進してきた。その巨体がトロールに激突し、巨獣同士の衝突は爆発のような衝撃波を巻き起こす。トロールは地面を滑り、岩を砕きながら倒れ込んだ。バクトラは呆然とその光景を見つめた。


「バクトラ、大丈夫か!?」

「その声……もしや!」


 バクトラが声の方向を見上げると、ベヒーモスの背に零夜たちの姿があった。彼らは希望の光を携え、戦場に降り立った。零夜の笑顔が、バクトラの絶望を打ち砕くかのように輝いていた。

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