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第134話 トロールとの戦い

 零夜たちはバクトラのピンチを救った後、倫子を除く全員がベヒーモスから次々と降りていく。目の前に立ちはだかる黒いトロールは、突然の展開に一瞬怯んだように見えたが、すぐにその巨体を震わせ、禍々しい咆哮を上げながら立ち上がった。闇をまとったような漆黒の肌が、不気味に太陽の光を反射している。


「ベヒーモスの突進を喰らっても倒れないなんて……」

「身体の色も黒いし、明らかに普通のトロールとは違うみたいね。図鑑にもこのトロールについては記載していないけど、今はバクトラの傷を治しましょう」

「それなら私たちが向かうわ!」


 倫子とトワは、黒いトロールの禍々しい眼光に真っ向から対峙し、鋭い視線で睨みつける。初めて目にするこの異形のトロールは、モンスター図鑑にも記されていない未知の存在だ。だが、今は負傷者の命が最優先。アイリン、ベル、カルアが素早くバクトラの元へ駆け寄り、回復魔術の光をその傷口に注ぎ始めた。


「救援感謝する。だが、ラッセル達はもう……」

「そうですか……もう少し早く来ればこんな事には……」


 ラッセルの訃報を告げたカルアは、唇を噛み締め、悔しさに顔を歪ませて横を向く。S級冒険者であるラッセル、ケイト、レントの三人が死んだ事実は、誰にとっても予想外の衝撃だった。彼らの高慢な態度には反感もあったが、ギルドの仲間として支え合うべき存在だったのだ。


「けど、亡くなった人たちを悲しんでいても仕方がないわ! 私たちの目的はあのトロールを倒す事よ!」


 アイリンの声が戦場に響き渡る。彼女の視線は、怒りに燃えるトロールへと突き刺さる。トロールは攻撃を妨げられた怒りを露わにし、ギラギラと輝く瞳を彼女たちへと向け直した。その眼光は、まるで闇そのものが宿っているかのようだった。


「ヒカリ、りんちゃむ、椿はバクトラの護衛をお願い! 私たちはあのトロールを倒しに向かうわ!」

「分かったわ。けど、あまり無理はしないでね!」

「大丈夫!」


 アイリンはヒカリたちにバクトラの護衛を託すと、即座にトロールとの戦いへ突き進む。零夜たちもそれぞれの武器を握り締め、戦闘態勢を整える。トロールの重い足音が地面を震わせる中、彼らの目は決意に燃えていた。


「トロールには角が生えてない奴もいるけど、弱点は角となっている。そこを破壊すれば弱体化するわ!」

「それなら、連携攻撃で攻める必要があるな。すぐに行動開始だ!」

「「「おう!」」」


 トワの助言を受けた零夜は、連携攻撃を即座に指示。倫子たちは鋭い眼光で頷き、素早く配置に散った。戦場の空気が一瞬にして張り詰める。


「倫子さんはベヒーモスに乗り込み、突撃の用意を!」

「任せて。ベヒーモス、一気に突撃用意!」

「グオオオオオ!!」


 零夜の合図に倫子が力強く応え、ベヒーモスに突撃を命じる。巨獣は地響きを立てて咆哮し、凄まじい勢いでトロールへと突進を開始した。だが、トロールも負けじと動き出し、巨大な拳を振り上げ、ベヒーモスを粉砕せんと襲いかかる。その一撃は、まるで山を砕くような破壊力を秘めていた。


「いかん! 突撃すれば殴り飛ばされてしまうぞ!」


 バクトラが危機を察し、叫び声を上げる。だが、倫子の唇には不敵な笑みが浮かんでいた。彼女はエヴァに視線を向け、策略を共有する。


「エヴァ、準備はいい?」

「言われなくてもそのつもり! アイスラグーン!」

「!?」


 倫子の合図にエヴァがウインクで応え、地面から鋭い氷の柱を次々と召喚。凍てつく魔力が戦場を包み、トロールの巨体を氷の檻に閉じ込めた。トロールは身動きを封じられ、拳を振り上げることもできず、苦悶の咆哮を上げる。八犬士の絆が生んだ完璧な連携だった。

 バクトラは息を呑み、驚愕の表情でその光景を見つめた。


「今がチャンス!」


 倫子の叫びが戦場を切り裂く。ベヒーモスが轟音と共に突進し、トロールに強烈なタックルを叩き込む。衝撃でトロールは宙を舞い、氷の檻を粉々に砕きながら地面に叩きつけられた。


「氷で足止めして、突撃攻撃を喰らわせるとは……見事な連携としか言えないな……」


 バクトラは呆然と呟き、零夜たちの戦術に感嘆する。もし自分たちがこの連携を持っていたなら、仲間を失わずに済んだかもしれない。


「状態異常攻撃を!」

「了解! パラライズショット!」

「スタンアロー!」


 アイリンの号令と共に、日和が雷属性の回転式拳銃「スパーキー」から痺れ効果の魔法弾を放ち、トワが雷の弓矢「サンダーレイズ」で追撃。雷光がトロールを貫き、痺れ効果でその巨体を硬直させた。戦場に雷鳴が轟く。


「トロールが動けなくなったぞ! すぐに攻撃を!」

「「「了解!」」」


 エイリーンの肩にいるヤツフサの鋭い声が響き、零夜とマツリが一気に跳躍。トロールの硬直は今が最大の好機だ。


双牙破壊斬そうがはかいざん!」

炎魔斬えんまざん!」


 零夜は双剣・村雨と紅蓮丸を振り抜き、マツリは炎の剣「焔丸ほむらまる」を燃え上がらせ、トロールの角を一閃。雷鳴のような衝撃音と共に角が粉砕され、トロールの巨体は黒い霧をまき散らしながら縮小。人間サイズへと変貌した。


「トロールが小さくなって、人間サイズになっていくわ!」

「じゃあ、あの角が強化された原因となっていたのね。でも、どうやって角をつけられたのだろう……?」


 アイリンたちは驚愕の表情でその変貌を見つめ、ハユンは疑問を口にする。角は明らかに何者かによって強化の要因として付けられたもの。だが、その背後に潜む存在はまだ闇の中だ。縮小したトロールはなおも闘志を失わず、唸り声を上げて襲いかかってきた。


「そうはさせないわ!」

「これ以上暴れられたら困りますからね!」

「やるからには本気で行かせてもらいます!」


 アイリン、カルア、メイルが一斉に飛び出し、流れるような動きでトロールに迫る。三人のハイキックがトロールの顔面を同時に捉え、衝撃でその巨体がよろめく。すかさずエイリーンが背後に回り込み、トロールの腰をがっちりと掴んだ。


「終わりです!」


 エイリーンの叫びと共に、彼女はトロールを後方へ豪快に投げ飛ばす。ブリッジの姿勢で地面に叩きつけられたトロールは、ジャーマンスープレックスの衝撃に耐えきれず、黒い霧となって消滅した。戦場に重い静寂が訪れる。


「ふう……終わりましたね……ん?」


 エイリーンは地面から勢いよく跳ね起き、後方を振り返る。そこには大量の金貨、砕けたトロールの角、そして一つのエンブレムバッジが不気味に輝いていた。


「このエンブレムバッジ……悪鬼のです!」

「何!?」


 エイリーンがバッジを拾い上げ叫ぶと、零夜たちは彼女の周りに集まり、バッジを凝視する。それは紛れもなく悪鬼の紋章。トロールがその力を宿していた事実は、誰もが予期せぬ衝撃だった。


「俺たちが戦っていた黒いトロールは、悪鬼の者が放っていたという事なのか……もう少し早く気付けば良かったが、今は落ち込んでいる場合じゃないな」


 バクトラはバッジを睨みつけ、ゆっくりと立ち上がる。仲間を失った悲しみを押し殺し、新たな事実を前に決意を固める。


「すぐにギルドに戻って報告する! この戦いで起きた事だけでなく、悪鬼が仕掛けたモンスターについても!」

「分かった! 全員帰還するぞ!」

「「「おう!」」」


 バクトラの決断にヤツフサたちが力強く応え、一行は急いでギルドへと戻り始めた。戦場の残響が、彼らの背中に重くのしかかる。


 ※


「なるほど……トロールを倒すとはね……」


 悪鬼のBブロック基地。薄暗い玉座に座すパニグレは、モニターに映る零夜たちの戦いを冷ややかに見つめる。赤黒い瞳が邪悪に輝き、口元には嘲笑が浮かぶ。トロールを失った苛立ちを隠しながらも、彼らの活躍に不気味な興味を抱いている。ハルヴァスに無数のモンスターを解き放った元凶こそ、このパニグレなのだ。


「まあ良いや。暫くは決戦まで様子見とするか……」


 パニグレは低く笑い、闇に溶けるような邪悪な笑みを浮かべる。だが、その傲慢な判断が自らを破滅へと導くことを、彼はこの時まだ知らなかった……。

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