「そのような事態だったとは……予想外の展開ですね……」
ギルドに帰還した零夜たちは、真剣な面持ちでメリアに事の顛末を報告する。彼女の顔には驚愕の色が広がり、周囲の冒険者たちもざわめきを抑えきれず、部屋は一瞬にして重い緊張に包まれる。
S級のラッセル、ケイト、レントが黒いトロールによって命を落とした――その衝撃的な事実は、まるで雷鳴のようにギルド内に響き渡る。戦力の喪失は重苦しい沈黙を呼び、誰もが言葉を失う。S級戦士の育成は急務だが、その道のりは果てしなく険しく、希望の光は遠く霞んで見える。
「では、三人の遺品は貴方方に預けます。黒いトロールの調査については、こちらで進めますので、しばらくお待ちください」
メリアの落ち着いた言葉に、零夜は遺品を手に重い足取りで近くのテーブルに腰を下ろす。黒いトロールの調査には時間がかかるだろう。仲間たちは戦いの記憶を振り返り、口々に分析を始めるが、誰もが胸に刺さる深い痛みを抱えていた。
「今回の戦いは悪くなかった。だが、敵の気配を捉えるのが遅れたせいで犠牲者を出した。それが課題だ」
「ええ……私の千里眼も反応が遅れてしまった。もう少し早く気づけていれば、こんなことには……」
ヤツフサの冷静な指摘が響く中、トワは目に涙を溜め、震える声で呟く。彼女の言葉は途切れ、悔恨の波が心を飲み込む。
ラッセル、ケイト、レント――三人の死はトワの心に重くのしかかり、頬を伝う涙を堪えるのがやっとだ。助けられなかった後悔が彼女を締め付け、泣き崩れそうになるのも無理はない。
その姿を見たバクトラは、そっとトワの頭を優しく撫でる。
「いや、お前は悪くない。俺たちも敵を甘く見た結果だ。自分を責めるな」
「うん……」
バクトラの温かな言葉に、トワは寂しげな笑みを浮かべ、涙を必死に堪える。彼の優しさが、彼女の心に僅かな安堵を灯す。
「あの黒いトロール、どこから現れたのか、さっぱりわからないわね。」
「バッテリ山付近で反応があったのは確かだが……うーん……」
エヴァとマツリが口を開くと、零夜たちの表情はさらに険しくなる。バッテリ山に黒いトロールの拠点がある可能性は高いが、正確な位置がわからない以上、突撃するのは無謀だ。重い空気が漂い、誰もが次の行動を見出せずにいた。
「まあ、詳しいことはメリアさんに任せて、ひとまず待つしかないですね」
「そうね。じゃあ、ジュースでも……」
零夜の提案に皆が頷き、倫子がジュースを注文しようとしたその瞬間、メリアが血相を変えて駆け寄ってくる。彼女の目は切迫感に満ち、一刻を争う事態であることを物語っていた。
「調査の結果が出ました! 黒いトロールは、Bブロック基地のボス、パニグレが召喚したものです!」
「パニグレだと!? まさかアイツが関わっていたなんて……」
マツリは衝撃に目を見開き、怒りで拳を震わせる。パニグレ――彼女の因縁の敵の名に、ギルド内に不穏なざわめきが広がる。黒いトロールの背後にあの男がいたとは、誰もが予想だにしなかった展開だ。
元凶がBブロックのパニグレと確定した今、彼を倒す必要がある。しかし、黒いモンスターが他にも潜んでいる可能性を考えれば、戦いは一筋縄ではいかない。
「元凶のパニグレを倒さねばなりませんが、居場所がどこなのか……それが問題ですね。」
「ええ。そこさえわかれば……」
カルアとエイリーンの言葉に、零夜たちは厳しい表情で頷く。パニグレの居場所は依然として不明。手がかりがないままでは動けない――焦燥感が漂う中、ヒカリが突然声を上げる。
「そういえば、関係者から聞いたんだけど……山梨県富士吉田市のハイランダーランドで、新番組『マネーダッシュ』の撮影が四月に行われるらしいわ。『逃走ロワイアル』の後継番組として、リスタートするって。」
「なるほど。『逃走ロワイアル』が打ち切りになった後で、すぐに新番組……待てよ? まさか悪鬼の基地がそこにあるんじゃ……」
ヒカリの情報に、零夜の目が鋭く光る。
大晦日の幕張ネオンモールでの『逃走ロワイアル』では、逃走者の刈谷が陽炎に殺される事件が起き、番組は打ち切られた。そのタイミングで後継番組が始まるのは、あまりにも不自然だ。パニグレが『マネーダッシュ』を隠れ蓑に何かを企んでいる可能性が高い。もしそうなら、『逃走ロワイアル』の悲劇が再び繰り返されるかもしれない――そんな恐怖が全員の胸をよぎる。
「いずれにせよ、その可能性は高い。だが、念入りに調査する必要があります。油断は禁物です。パニグレはさらに黒いモンスターを従えている可能性があります。それを『ダークモンスター』と呼ぶことにしますが、異論は?」
「もちろん大丈夫。そっちの方がわかりやすいし」
メリアの忠告と提案に、倫子が即座に賛同する。黒いモンスターを「ダークモンスター」と名付けるのは、敵を明確に定義し、混乱を避けるのに最適だ。闇モンスターなどと曖昧に呼べば、誤解を招く危険もある。
「分かりました。では、今後ダークモンスターの出現やBブロック基地の情報が入り次第、報告します。あと、メイルさん、カルアさん、ヒカリさん、椿さん、りんちゃむさんのランクですが、S級モンスターを軽々と倒した功績により、Sランクに昇格します!」
「「「やった!」」」
メリアの発表に、メイルたちは歓喜の声を上げ、抱き合って喜びを分かち合う。努力が実り、最高の結果を掴んだ瞬間だ。こんな喜びは他にない。
周囲では、新たなSランクの誕生にざわめきが止まらない。一発でSランクに昇格するとは予想外で、他の冒険者たちも負けじと奮起するのは確実だ。
「では、以上です。これにて失礼します」
メリアは一礼し、忙しそうに受付カウンターへと戻る。残された零夜たちは、静かな決意を胸に、次の行動を模索し始める。
「いずれにせよ、ダークモンスターはパニグレを倒さない限り湧き続けるだろう。それを阻止できるのは、八犬士とベル、ヤツフサ、カルア、メイルの十二名だけだ」
「私たちじゃダークモンスターには足手まといかもしれないけど、できる限りのサポートは絶対にするわ。必ずドノグラーの野望を打ち砕きましょう!」
バクトラの言葉に椿が力強く応じ、零夜たちはその決意に笑みを浮かべ、一斉に頷き合う。
パニグレとダークモンスターを倒す重責は、八犬士とその仲間たちにしか果たせない。だが、彼らはその覚悟を胸に秘め、決して屈しないのだ。
※
その後、バクトラはギルドに残り、零夜たちは彼と別れてギルドを後にする。外に出ると、クローバールの変わらぬ日常が広がっていた。ブレイクバーガーの前には長蛇の列ができ、人々が笑顔で通りを行き交う。戦いの傷跡を忘れさせるような、平和な光景だ。
「クローバールが荒れ果てた時はどうなるかと思ったけど、こうやって元通りで良かったわ」
「そうですね。ひとまずハルヴァスの家に戻りましょう」
日和の安堵の声に、零夜が穏やかに応じる。仲間たちは頷き合い、懐かしい我が家へと足を踏み出す。だが、彼らの心には、迫りくるダークモンスターとの戦いへの緊張が、静かに燃え続けていた。