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第136話 もう一つの我が家

 零夜たちはクローバールから離れ、久しぶりに我が家へと帰り着いた。二階建ての大きな一軒家は、地球に帰還する前と変わらぬ姿を保っていた。


「考えてみれば、この家に帰るのも久しぶりね」

「初めての人もいるけどね。さあ、中に入りましょう!」


 ベルの合図で全員が扉をくぐると、懐かしい光景が広がった。しかし、長期間無人だったので埃が積もり、掃除を始めとするやるべきことが山積みだった。


「まずは掃除からだね。カルアとメイルの部屋も増設しないと」

「かなり大仕事になりそう。客室も広くする必要があるわ」

「そうと決まれば、さっそく取り掛かろう!」

「ちょっと、待ってよ!」


 零夜は素早く掃除道具を取りに走り出し、倫子たちもその後に続く。一ヶ月ほど使われていなかった家は、至るところに埃が溜まっていた。隅々まで丁寧に掃除しなければ、完璧とは言えないだろう。


(やれやれ……綺麗好きはいいけど、そこまで本気になる必要はあるのか……?)


 この光景を眺めていたヤツフサは呆れた様子で、埃を避けるように安全な場所へ移動し始めた。彼は自身の安全を確保しつつ、密かに別の作業に取り掛かろうとしていた。


 ※


 零夜はエヴァ、メイルと共に各部屋の掃除を終えた。掃除機をかけ、丁寧に拭き掃除をした結果、部屋は眩しいほどピカピカに輝いていた。


「ふう……これでバッチリだな」

「綺麗にするのはいいけど、眩しいってのはちょっと……ね」


 零夜は汗を拭いながら満足げに呟くが、エヴァは苦笑いを浮かべ、やり過ぎ感を漂わせていた。掃除は綺麗にするのが目的だが、眩しいほど磨き上げるのは少し加減が必要かもしれない。それでも、人それぞれのこだわりがある。


「後は他のみんなが上手くやってるかしら……」


 メイルが辺りを見回しながら呟くと、倫子と日和が笑顔で駆け寄ってきた。その様子から、問題なく終わらせたようだ。


「こっちは終わったよ! リビングとキッチンはバッチリ!」

「食料品の整理も完了。賞味期限切れのものはなかったよ」

「そうか。じゃあ、後はマツリたちだな……」


 倫子と日和の報告に、零夜は納得の表情で頷く。マツリたちの進捗が気になり、彼女たちの元へ向かおうとしたその時、マツリたちが現れ、駆け寄ってきた。どうやら掃除は終わったようで、満面の笑みを浮かべている。


「風呂掃除、完了! ピカピカになってるぜ」

「花壇の整備もバッチリよ! 果物の樹も新しく植えたわ」


 マツリ、トワ、エイリーン、カルアの四人は風呂掃除を担当し、風呂桶の垢や洗い場を完璧に清掃。アイリン、ヒカリ、椿、りんちゃむ、ベルの五人は花壇を整備し、花だけでなく果物の樹を植えることで、食料自給率を大幅に向上させた。


「私の新スキル『果樹栽培』を使ったの。ゴールデンアップル、アップル、ニホンカキ、マジカルチェリーの4種類を植えたわ」

「ゴールデンアップル!? それって金のリンゴだよね!?」

「そんなの植えて大丈夫なの!?」


 ベルの説明に倫子と日和は驚きを隠せず、慌てて詰め寄る。他の皆も一斉に驚きの表情を見せた。

 金のリンゴは神の食べ物であり、不死の源ともされる特別な果物。誰もが欲しがる一方、自宅に植えるのは異例中の異例で、奪い合いによる大騒動は必至だった。


「心配しないで。ゴールデンアップルは、敵や悪意ある者が食べると即死するけど、私たちのような心の清い者が食べれば不老不死の効果があるのよ」

「なるほど……でも、それはいらないから!」

「はーい……」


 ベルの説明に日和は納得しつつも、ゴールデンアップルは不要と断言。騒動を防ぐため早めに処理すべきだと判断したのだろう。

 ベルは渋々頷き、中庭へ急ぐと、ゴールデンアップルの樹をミカンの樹に変えた。ミカンは日本でもハルヴァスでも馴染み深い果物だ。


「とりあえず、なんとかなったみたいね」

「でも、ヤツフサは何してるんだろう?」


 日和がヤツフサの不在に気付き、倫子たちも同様に疑問を抱く。掃除が始まってから、ヤツフサは独自に動き出していた。何か企んでいるに違いない。


「こっそり何かしてるんじゃないでしょうか?」

「その可能性はあるわね。すぐに探しに行きましょう!」


 エイリーンは真剣な表情でヤツフサが何かを隠していると察し、トワも同意して皆で探しに行くことを提案。皆が頷いたその瞬間、ヤツフサが突然現れた。


「誰を探してるんだ?」

「「「うわ(きゃ)っ!」」」


 ヤツフサの声に、零夜たちは一斉に驚き、倫子たちは尻餅をついて服を汚してしまった。いきなり現れたら、ビックリするのは当然だ。


「いきなり驚かさないでよ! で、何してたの?」

「ちょっとした仕掛けを作ってた。あそこだ」


 アイリンの質問に、ヤツフサは視線をある場所に向ける。そこには小さな石の台座があり、地面には魔法陣が刻まれていた。おそらく転移魔術の仕掛けだろう。


「これは地球への転移が可能な特殊魔方陣だ。中央のスイッチを押せば、一瞬で地球の我が家に移動できる」

「なるほど! 魔法陣を出さなくても移動できるなんて便利じゃない!」


 ヤツフサの簡単な説明に、ヒカリたちは納得の表情を見せる。魔術で魔法陣を発動させずとも、スイッチ一つで誰でも簡単に移動できる、まさに便利な仕組みだ。ただし、ヒカリ、椿、りんちゃむは別行動の際、自身で魔法陣を発動させるのが主となる。すると、椿があることに気付き、質問した。


「でも、悪用される恐れもあるわよね? その対策は?」

「そこに関しては、魔法陣に防犯対策を施してる」


 椿の質問に、りんちゃむたちも真剣な表情で頷く。敵がこの魔法陣に気付けば、地球への侵入も可能になり、ハルヴァスと地球が支配される危険性すらある。


「この魔法陣はブレイブエイトとその仲間、関係者にしか発動しない。それ以外の者が使えば発動せず、敵なら即死効果が発動する」

「即死効果……なんか人気だけど、良いのかな……」


 ヤツフサの説明を聞いたりんちゃむは、呆れつつも一部納得した様子。ゴールデンアップルに続き、魔法陣にも即死効果が施されているのは驚きだが、そこまでするのはどうかと思う。


「とにかく、地球とハルヴァスの行き来が楽になったし、次は果物の収穫に入りましょう!」

「そうね。考えるより、さっそく取り掛かりましょう!」


 エヴァが果物の収穫を提案し、零夜たちも同意して準備を始める。りんちゃむは即死効果について考えるのを一旦脇に置き、エヴァの提案に苦笑いしながら収穫作業に取り掛かった。


 ※


 夕食後、零夜たちは居間で今後のことについて話し合いを始めた。議題はヒカリたちの今後について。彼女たちは自らの力で立ち向かうと決意していた。零夜たちに支えられてばかりではいけないと判断し、自ら決断を下して伝えているのだ。


「本当に大丈夫でしょうか? ハルヴァスにはまだ知らない部分も沢山ありますし、危険なモンスターも沢山います。そうなるとサポートが必要なのではないでしょうか?」


 零夜は心配そうな表情でヒカリたち三人に質問する。彼女たちが危険に晒されたら、何が起こるか分からない。下手に死なせてしまったら関係者に迷惑をかけるし、零夜自身も彼女たちに死んで欲しくないと思っているだろう。

 すると、ヒカリが零夜の頭に手を置き、優しく撫で始めた。


「大丈夫。私たちは零夜君たちの支えがあったからこそ、ここにいるの。それに、私たちはあなたたちがいたからこそ、ここまで強くなれた。今度は自らの力で羽ばたきたいの」


 ヒカリの優しい笑みと同時に、椿やりんちゃむも同意する。彼女たちもヒカリと同じく、いつまでも零夜たちに頼るのは良くないと考えているのだ。


「私たちのことは大丈夫だから。あなたたちは自分たちの役目を果たして」

「ピンチになった時は必ず助けに向かうから」


 椿とりんちゃむの笑みに、零夜たちも頷きながら同意する。彼女たちの決意を聞いた以上、ここは同意するしかないと判断しているのだ。


「となると、メリアに頼んでナビキャラを用意する必要があるわね。明日、私の方から頼んでおくわ」

「じゃあ、お願いね」


 アイリンがヒカリたちのナビキャラを頼むことを提案し、ヒカリたちも了承しながらお願いする。この後はテレビを見ながら談笑したりと、それぞれの時間を過ごしたのだった。

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